永禄五年(一五六二年)

第三十話 義元の野望・新生

永禄五年一月、松の内明け


伊勢に続き熱田でも富くじの祭事を催す。


会場は大入り、伊勢での噂を聞きつけたのか熱田では初めての祭事だというのに大入りだった。


「松の内開けだというのに正月がまた来たような賑わいじゃな…」


親父殿が驚きを露わにする。


「これからはこれも正月恒例の祭事として頂きたく」


「うむ…寄進も相当に集まった、やらぬ手はなかろう」


親父殿は正月がまた来たようなと言ったが盆も一緒に来てる賑わいだ。


おい後ろのヤツ!だから木に登るなって!


基本は伊勢でやったものと同じ流れだがこちらの責任者は全面的に熱田大宮司の俺だ。


「確認するが富くじを購入している者はいないか?」


神宮の者には言いつけておいたが家人から当選者が出るのは不味い。


「今後の催しの公正さに関わる、こっそり購入したことは咎めはしない、だが家人から当選者が出て裏方から壇上へ上がるのだけは避けてもらいたい」


「もし購入した者がいるのなら先に言ったように咎めることはない、一般の中にそっと混ざってくれ」


そういうとひとり、ふたりと一般の中へそっと混ざっていった。そうそう当たるものではないが、念には念をいれておかないとな。


◇ ◇ ◇


定刻になった、高らかに太鼓を打ち鳴らすと騒がしかった群衆がにわかに静かになる。


静かになった境内に透き通った厳かな笛の音が響く、熱田神宮での富くじの神事の始まりだ。


当初は一々祓詞を詠んでたらテンポ悪いと思ったが、こういう祭事感を出すのと賭け事のタメを作るのには必要かと思い直し、こちらでもくじを引くときに逐一祓詞を丁寧に詠む。


くじ引いて読み上げるだけなら一分で終わる、それではなんとも味気ない。年に一度の祭事だ、うやうやしく出来るだけゆっくり泰然と会場全体を焦らす。


ふと見ると広場の後ろに妙な連中がいるのを見つけた。ガタイの良い虚無僧それも三人、どっかの寺のまわしもんか?お寺さんでも富くじをやるつもりなのかね?


この時代特許とかそういう概念がないからパクり放題なのは仕方ないけれど一向宗テロリストの資金源になるのは勘弁だなぁ…まぁ邪魔しないならいいけどもう少し身元隠す努力しろよ?虚無僧スタイルじゃバレバレやんけ…


そんな事を思いながらうやうやしく祝詞を上げ、くじを引き、くじを会場に見せながらゆっくり番号を読み上げる。



「百の桁…七!」


会場はどよめき百の桁ともなると落胆する者が多くなるが、それに伴い残った者の緊張感は増していく。


虚無僧はガッツポーズをしている、なんだ楽しんでそうだな百の桁まで当てるとはなかなかやりおる。


だが今回は千の桁に「酉」「戌」まであって大当たりは二万分の一だ、寺の欲深な坊主に当てられるかな?


「千の桁…二!!」


俺の言葉が会場に響き会場はどよめく喧騒の中、虚無僧が膝から崩れ落ちた。


崩れ落ちた側で仲間の虚無僧が元気づけている、友情だな楽しそうで何よりだ。


俺は虚無僧共をしっかりわからせた事に満足し、熱田で初めての富くじの神事をつつがなく終わらせた。


◇ ◇ ◇


正月も明けいっぱしの武将なら今川大帝国の主に挨拶とか行ってるのだろうが俺は三河の松平に顔を出しただけだった。


直臣でもなく外様も外様だからそういう社交界には縁がない…そう思ってそろそろ羽豆崎に戻ろうかと思っていた矢先に義元の直臣、一宮宗是いちのみやむねこれが書状を持って突然熱田へ訪れた。


何かの偽物かと冗談かと疑ったが、今川大帝国では俺より圧倒的に偉い奴の来訪にとりあえず平伏し書状を受ける。


書状には茶を立てるので臨済寺まで来いと簡潔に記されていた。


義元の花押…初めて見た…


結局羽豆崎へ戻るのを見送り一宮宗是いちのみやむねこれと共に今川大帝国帝都、駿河の臨済寺へ行く運びになった。


寺には一宮宗是いちのみやむねこれ吉良義昭きらよしあき、松平元康となんだかよくわからん豪華なメンツが揃っていた。


外様の外様の俺がなんでこんなトコに呼ばれたのか分からない。


はぁ…もう便意が…



暫く便意を我慢していると廊下から小姓の声が響く


自部大輔じぶたいふ様のおなぁりぃ~」


平服して待つ。満を持して颯爽と自部大輔、今川義元が現れた


うんこもれそう…!


「皆の者、くるしゅうない面を上げよ」


桶狭間の後、この巨人が恐ろしくて仕方なかった。


海道一の弓取りと称される武勇を誇る駿河遠江三河を統べる今川帝国大総統、自部大輔、今川義元


俺は意を決して顔を上げる。


今川義元と目が合う、思わず泳ぎそうになる眼球を目に力を入れ気合で固定する…が目の焦点は少しぼかす、こわいからな!


しかしなんでこれだけメンツがいて俺なんかを見てるんですかね?


今川義元が俺に語る。


「実は先日そこな宗是むねこれと共に熱田に行ってな」


は?


「富くじ、大変に面白い催しであった」


何言ってんの?参加したんか?つーかあの人ごみの中で不用心過ぎねーすかね?


「百の桁までは当たったのだがな…」


悔しそうに話す義元、いやそこまで当たればなかなかのモンすよ?


「千の桁で外れた時は膝から崩れたわ」


はっはっはと笑う義元


あのわからせた虚無僧かよ!?なんと返事をしていいものやら、苦笑いを浮かべるしかない。


「そなたから贈られた羽豆崎の鯨も酒の香りが漂い実に美味であった」


「きょ…恐悦にございます…!」


好評なのはいいけどどいつもこいつも酒風味ばかりほめるな…


「伊勢では澄んだ酒も作らせていると聞く」


……え、やだこわ…あれはまだ全く発表もしてないのに…この人俺の事どこまで知ってるの…?


「新しい試みをし国を豊かにするその発想は貴重なものよ、あのような皆が喜ぶ催しを他にも出来ぬものか」


はー…なんか大事になってきたぞ?


「あわよくばワシも一枚噛みたい」


…義元意外におちゃめさんか?


期待に応えたい所ではあるがこの時代でもできる賭け事ってどんなのがある?


カードゲームやチンチロリンのような個人で出来る賭け事は同元になるのが難しい、もっと規模の大きな賭け事…宝くじはもうやってるし…パチンコは…あの台や玉を量産するのがもう無理だよなぁ。


スロットだって貨幣を作るコストを嫌がって未だに宋の時代に輸入した貨幣が流通してたりする、銅銭だって不足気味なのにメダルなんて作っている余裕はない。


競馬、競艇、自転車レース…人間が走ってのレースも良いのかもしれないけど足の速い奴を特定されたら賭けにならない。


無難なのは競馬…ただ大きな競技場が必要になるな


「…大きな競技の場を作り馬を走らせ競わせる競馬場を作りたく存じます」


「ほう?」


「治部大夫様のお抱えの武者と馬をご用意頂き走りを競わせ一等速い者を予想し賭けようかと」


「なるほど、なかなかに勇壮な催しじゃの…なら武器は槍かの?」


…穏便に弓は無しって言ってるのかもしれないけど刀や槍はアリって感覚がな…走っている最中に槍で小突きまくって落馬したら最悪死にますからね?


そんなん競馬に求めてねーよ…でもここであほちゃうかおめーって否定したら首飛びそうだし空気読んどこう。


「は!それがよろしいかと!」


俺空気読んでえらい!後で装備を出来るだけ軽くして足の早い馬が攻撃を避け常勝したとか書いて伝えればいい。


ただこういうのは実際に賭けてみないと醍醐味は伝わらない。


「馬の行き来を考えると…街道沿いがよいかの…」


今川帝国中心部に外様の施設の新設は無いだろう、出来れば熱田に近い三河の外れが俺的には運営し易くて助かるが…


「ふむ…ではこちら…」


義元が扇子で地図をなぞる、扇子は三河の岡崎を指す、やったぜ!その辺りなら俺も嬉しいぞ!


義元の指し示す扇子は岡崎から東海道を上り…境川を越え……え境川越えてって…三河出てますよ?


「この辺りなど熱田にも近い、競馬場とやらを作るがよかろう」



尾 張 国  鳴 海 宿



これ尾張…侵犯……


え…他国に勝手に施設を築くのは…いや俺が作る分には熱田だからギリギリアリなのかもしれないけどどう考えても義元の命令で作る以上政治的に問題が…


そっと、上目遣いで義元の目をうかがうが、義元の目は笑っていない。


そしてその場にいる者も皆義元の野望を垣間見て無表情で地図に視線を落としている。


「元康、力になってやれ」


「…ははっ!」


俺への助力を命じられた元康も顔を伏せながら渋い顔をしている。


お、おれは悪くねぇぞ!?

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