第二十九話 椿油
「兵隊が欲しい」
羽豆崎に帰るなり秀さんに頼んだら心底嫌そうな顔で渋られた。
「こっちも猫の手も借りたいわ」
お、少しやつれたか?余裕なさそうだな?
現状九鬼の者は伊勢湾一体の海上警備、そして捕鯨にと忙しい。
陸では港の整備に鯨を解体する施設の建築ラッシュ、村は一つの家屋に数家族が纏まって入っているような有様だ。現状男手は蛸ほどあっても足りていない、そんな状況で兵に人員を割く余裕はないという事だ。
わかる!
だが俺もなんとかして兵を集めなければ松平に面目が立たない。
「家屋の建築を手伝わせるからなんとかおねがい!」
と(かわいく)食い下がり結局
千賀与八、元海賊のこいつ等は俺が策略を以て転封した一族だったがなんの縁かまた海に連れ戻す事になった奴等だ。
「いいかてめぇら!!季忠様に恩返しをする良い機会じゃ!気合い入れてけよ!!」
「へい!おかしら!!」
千賀与八の檄が飛ぶ、平時に扱いに困る連中を押し付けられた感がすごい。
とはいえ貴重な人材は大事に育てないといけない、現状数も練度も足りていない教養も無い、いざ戦となったら命令を無視して略奪に走るまである。
こいつらにあるスキルは体力、大声、銛の扱い、操舵術、海での方向感覚、あと遠目が利く、それと溢れるDQN精神。
無いものは知能、知識、弓、槍、刀、銃等の武器全般の扱い方、鎧の着付け、陸でのサバイバル技術、小声で喋る事、暑いからといってすぐ全裸にならない意志の強さ、最低限のモラル。
この無い無い尽くしの頭の痛い
◇ ◇ ◇
「で、これが兵の訓練か?」
木を切り出し揃った長さ大きさに加工する訓練を見て秀さんが漏らす。
「人が足りてないし建築用の木材も足りてないんだろ?」
「いやまぁ…正直助かる」
これには秀さんもニッコリの筈だ。
とはいえこれを兵の訓練といわれると疑問が残るだろう。俺が育てるのは武者ではなく工兵、今やっているのは決められた規格の木材を作り、決められた場所に設置して砦を築くプレハブの建築の訓練だ。倒れないように支柱の設置場所や角度、強度の確認をしていく。壁を設置する余裕はない、砦の手前に穴を掘り柱の隙間は必要な場所だけ盾で埋める。
その訓練の一環で家屋を建てる、事前に広さ、立てる柱の本数、間取り等を全員で共有し時間を測って建てる。
舟は二人で一組で俺を含んで八艘、それに積める資材の量に見合った大きさの砦を事前に計算し中州に簡易の砦を築く。
あとは舟と舟を繋いで橋にする訓練、それと工兵を育成するに当たって秀さんに確認したい事があった。
「秀さんさぁ、コンクリートって知らん?」
「こんくりぃと?なんじゃそりゃ?」
名前が違うのかな?コンクリが使えれば工兵にはとても役立つと思うんだが…
「こう…石灰岩を…砕いて?水で溶いて?纏めて焼く?」
「蕎麦か?」
俺も詳しいどころかよくわなんないんだって…ただ紀元前から人類が使っている技術だ、日本にも似たようなのあるんじゃないかとは思うが…似たような技術の名前がそもそもわからん。
「焼いたものを再度砕いて?水と砂を混ぜると固まって石ができる…そういう技術が南蛮に千年以上前からある……らしい」
「舶来の書物でみた」
わからんからそういう事にする。
「…そのようけわからん『らしい』モンを作れと?」
秀さんは呆れたような困った顔をしているが、イメージから工兵にとってコンクリート技術が有用であるかを理解してはいるようだ。
砦を築くにしても土台だけでもコンクリで固めれば相当堅固になる。
「そもそもせっかいがん?ってなんじゃ?」
わかる、俺もわからん。柔らかくて砕くと白い粉になる石?というわけで俺の知識という名の妄想半分を出来るだけ秀さんに伝えてみた。
運良くコンクリが使えるようになったらマンションとか建ててみたいものだ。
ちなみに季忠も部下の兵がいた事を思い出し、訓練等の記憶が無いか探ってみたがコイツ敵に突っ込む事しか考えていなかった…
心の隅に「大宮司だから大神の加護あるし大丈夫っしょ!」なんて甘い考えをしていてマジでなんで俺生きてるのか不思議なレベルで参考にならなかった。
「それにしてもあらかじめ木材を用意して砦を建てるか…」
うーんと唸る秀さん。
「見ていて何か改善点でもあるか?」
「いや、そういうワケじゃないんじゃがな」
何故か歯切れの悪い秀さんだった。
◇ ◇ ◇
家屋の建築に森の開墾、そして座学。
おおよそ兵の訓練とも思えない内容に血の気の多いDQN共も不満そうであったが千賀与八の目もあり、なんとかついてきてくれた。
元々体力も筋力もある連中だが、意外にも頭も悪くは無かった。自分達が何の為に学び、訓練をしているかを理解すると演習という名のプレハブ建築にも身が入るようになった。
だがそんな彼らのやる気とは裏腹に新年、熱田で富くじの神事をやる都合俺は熱田と羽豆崎と行ったり来たりしないといけない。
「俺が倒れたらどうせ副官()は秀さんだ、交流は必要だろう!」
俺の留守の間は秀さんに訓練の指揮を任せた、まぁ大丈夫だろう頼んだぞ!!
そうして家を建て鯨を解体し熱田と羽豆崎を往復し秋になり、ふと椿の実が生っている事に気が付く。
そういえばしずかの髪を梳いた時に椿オイルを作りたいと考えた事を思い出す。
ハッキリ言って油の取り方とかわからんので大人しく手近な人間に聞く事にした。分からなければ人に聞く!
「三郎太!」
そう呼んだ女はあからさまに嫌な顔をして俺を睨んだ。
「旦那様さやでございます」
自らをさやと名乗った彼女は過去熱田までしずかと一緒にやってきた男装の麗人だ。伊勢の山の里で忍のような事を生業にしている一族の出らしい。
嘉隆曰くしずかの護衛兼世話役だそうな。忍びの者とかかっこいいけどどうも俺に当たりがキツイんだよな彼女。
「何用でございましょう」
彼女からは「関わるな、さっさとどっか行け」というオーラをビシバシ感じる、だが無視して要件を言う。
「椿から油が採れると聞いたんだが採り方を知らないか?」
彼女はとにかく目で語る、そんな事も知らないのかと蔑むような視線を送ってきた。
「そのような物を何に使うおつもりで?」
「ああ、椿の油を髪に付けると艶が出ると聞いてな、出来ればしずかに贈るのに内緒で作り方を教えて貰えないかと思って」
「…殿が手ずからですか?」
少し驚いた顔をする彼女、大体俺を見る時はゴミを見るような目で眉にシワを寄せた表情なので新鮮だ。
「ああ、正月は熱田で祭事があるから羽豆崎で一緒に正月を祝ってやれん、その詫びを兼ねてと思ってな」
「椿油一つで旦那様の不在を誤魔化されるおつもりで?」
そう言われると辛い。
「しずか様は気丈に振舞っておりますがまだ年若く旦那様が居ない日は目に見えて元気がございません、どうしても正月に羽豆崎に留まる事は叶いませんか?」
さやはしずかの事を慮って言ってくれている。
「忠言感謝する、しずかには本当にすまないと思っている、だが俺と神宮と羽豆崎にも事情がある、正月の神事は外せない」
特に今回の富くじの寄進の一部で羽豆崎の港の整備をしたい、鯨が捕れてもまだ羽豆崎が自立して黒字を出すには時間がかかるのだ。
秀さんが過労で倒れる前に心労のタネを取り除いてやりたい。
「…わかりました、出来るだけ良い油が採れるようお手伝い致しましょう」
「ああ、くれぐれもしずかには内緒で頼む」
後に年の終わりに羽豆崎殿と呼ばれる姫に椿油を贈る習わしが出来た瞬間である。
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