第二十八話 松平一家
夏の熱い盛り、俺は汗を拭いながら岡崎城の松平元康へ挨拶にやってきた。
先日鯨のベーコンを贈り付けるついでに面会の申し込みをしておいた、桶狭間以来俺は元康に挨拶をしていなかったので正直ちょっと気が重い。
だが今川の社交界に復帰するに当たってとりあえず目先の三河のお偉いさんに顔を通しておかないと話にならない。
引き籠った挙句にハロワに行くおっさんの心持ちである。
うしおーお父ちゃんがんばるよー!
藤さん、もとい秀さんは羽豆崎で馬車馬のようにはたらけー!!
◇ ◇ ◇
羽豆崎から岡崎までは陸路で行くと四ー五日かかるが、海から矢作川を上れば一日で着く距離だ。
城に入ると
元織田方の俺に対し当たりが強い、斬りかかってくる事はないだろうが居心地が悪い。
こいつら排他意識高すぎだろ…これだから
◇ ◇ ◇
「これは熱田の大宮司殿、わざわざお越し頂き恐悦にござる」
相変わらず恰幅が良くヤクザの若頭みたいな強面だな…
しかし若い、こうして改めて落ち着いて話すと俺より五歳位は下に見える。
だがのほほんと生きてきた俺と違ってきっと数多の修羅場を潜り抜けてきたのだろう、貫禄がある。
それとなく指を見るが特に欠けている事はなさそうで安心した、きっと上手いことやるヤツなのだろう、寄子的な立ち位置の俺としては寄親が有能なのは喜ばしい事だ。
「先日頂いた鯨の肉は美味でござった、特にふんわりと酒の香りのする鯨は振舞った家の者も舌鼓を打っておりました」
「お口に合ったようでなによりです」
やっぱり酒風味は評判良いな…北畠も酒の風味が良かったと言っていた、俺としては桜の香りも茶の香りも良いと思うんだが。
まぁ評判が良いのなら今後優先的に作るのもやぶさかではない、掴みは上々、結構無理をして鯨贈っておいてよかった…が、そんな事より先ほどから気になって仕方のない事があった。
松平元康の裃にある紋
三 つ 葉 の 葵
…水戸黄門?
落ち着け此処は三河だ、水戸じゃない。
それにアレは徳川家の家紋、此処は松平だからセーフだ!
だがあの紋を背負っていて無関係は無いだろう、松平元康は徳川家康の縁者か何かである可能性が高い。
徳川家康について知っている事…小さい頃から信長のマブダチで…タヌキ系男子…えーと、俺の知ってる歴史だと桶狭間で信長が義元を破ってから……何やってた?
…まぁ、なんやかんやあって豊臣秀吉から天下?を譲ってもらって関ケ原とかで戦って?
なんで戦ってんの???譲ってもらってねぇじゃん…まぁそれで江戸で幕府を開くんだよな。
ああそうだ!確か江戸幕府開いたのがキリ良い数字で西暦千六百年とかだった気がする!
徳川家康が幕府開いた時から逆算して今家康が何歳位なのか算出出来そうな気がしてきた!
今年は西暦…
永 禄 四 年
これはダメそうだな…俺は教育の敗北を悟った。
◇ ◇ ◇
「治部大輔様が今川仮名目録に追加をし、一向宗は守護不入を否定され憤っております」
…ニュアンス的には今川の領内では今川の法が寺の特権より上だから従わない寺は潰すぞコラ的にモメてる感じか。
そういえばお寺の特権を笠に着て街道で自称関所を作ってたガラの悪い坊さんに何度かタカられた覚えがある。秀さんはそんなん当たり前じゃみたいな事言ってたが、そういう特権が無くなれば今川領内は今より流通が良くなって潤うんだろうな。
俺が令和出身で季忠が神社出身だからイマイチお寺さんのスタイルがわかってないがきっとこの時代の仏教は令和とは違うのかもしれない。
「季忠殿に兵は用立て出来ましょうか?」
いきなり突っ込んできたな…俺なんかに兵力の無心をするとはそんなに切羽詰まってるのか?
だがここは思い切って腹を割って話そう。
「…先日兵刃を交えた織田の下にいた
三つ葉の葵を見た俺としては天下の徳川の縁者に敵対する意志なんてないけれど、この若頭が戦場で俺なんかに背中を預けられるのか疑問だった。
「自部大輔様も季忠殿を兄と呼び慕えと仰られました」
んーそういえば義元がそんな事言ってたな…そんな与太話を振ってくる辺りタヌキだなーコイツ。
「世に信じられるものなどありませぬ、松平家内ですら寺と戦う事を嫌がり、一向宗側に付こうとする者もございます」
…向こうも大分ぶっちゃけたな、どうやら家内での内紛の可能性もあり相当切羽詰まっていると。
「熱田の神宮は一向宗ではない、その一点において信頼出来ると思っております」
目下の敵は一向宗…お寺さんか、寺と事を構えるのを宗教的に忌避するのは理解出来る、そして身内からも裏切りが出そうな状況で俺は明確に一向宗の傘下でない勢力だ。
寺に対応する宗教勢力として神社を味方につけられるなら元織田配下でもこの際いいって事なのか…
俺としては織田信長がいない世界で駿河遠江三河を支配している今川帝国、その今川の社交界に入る為に三河の松平の手引きが欲しい。宗教戦争の旗印にされるのは勘弁願いたいが現在今川や三河で俺の立場は無いも同然、必要とされる時に働いておかないと将来は暗い。
令和知識人チート事情としては将来の徳川家康を特定して全力で靴を舐めに行くのもアリだけど。
少し悩んだ上で俺は決断する。
「今川の地に在って今川仮名目録、そしてその追加に従えぬというならそれは坊主といえども良民とはいえないでしょう」
まぁこちとら令和の文明人だ、法に従えない無法の蛮族に成り下がるつもりはない、だから先ずは今川の法を肯定しておいた。
「おお、それでは…」
「ただ俺は先の桶狭間から兵を持たず祭祀を中心に神宮の運営をやってきました、申し訳ないが兵はこれから用意します」
「かたじけない」
今川の傘下に入って松平に恩を売っておまけに街道でタカってきやがった坊主共に
…いや日本海側では一向宗強かったんだっけ?などと悩んでいると館に女性の声が響いた。
「竹千代!!」
その静止の声をあえて無視するように赤子が飛び出してくる。
「うぇぇふぇぇだああ!」
ダッシュからはいはいに移行し、素早く立ち上がりダッシュ→スライディングはいはいと、なかなかの機敏な身体能力をみせる竹千代と呼ばれた赤子。俺と元康のいる部屋の前を通り過ぎる…と見せかけて部屋の中の元康に気付いたのか飛び込んでくる闖入者。
「これ!竹千代!!」
…竹千代?…え、なんか聞き覚えが…確か家康の幼名!?
まさか…こいつが徳川家康!?
部屋に押し入って来た徳川家康予定とおぼしき赤子を元康が取り押さえる。
「コラ!竹千代!!」
「だぁーだぁー!」
元康に笑顔のまま謎の威嚇をはじめる徳川家康(仮)
「申し訳ございませぬ!」
追って入ってきたのは美しい女性。
「瀬名!」
元康に瀬名と呼ばれた美人、今川義元の姪、瀬名姫。季忠の記憶には駿河一の美人と謳われたとある。何故そんな事を知ってるかって季忠の噂の美人名鑑みたいな知識に入っていた。
そんな義元の血縁の美人さんをもらってくる辺り今川の社交界でどれだけこの元康が高く扱われているかうかがえる、そういや名前にも元の字が入ってるな!
バツが悪いのかその美人に凄む元康、それに俺は慌てて静止のサインを送る。
「子供が元気なのはそれだけ力が有り余っている証拠、将来立派な三河を守る武人になる事でしょう、心強いです」
口では叱責する素振りを見せた元康の厳めしい若頭フェイスの目尻が緩んでいる。
「私にも同じ年の頃の子がおります、子供は良い」
俺はそう笑顔で答え、竹千代(徳川家康?)に向かって手を振る。竹千代はきょとんとした顔でこちらに向かって手を振り返してくれた。
ほっこり
先ほどまでのカチコミ来るんで鉄砲玉用意せなアカン的な内容のヤっちゃんのお茶会()から一転して幸せ家族の一コマになった。元康の妻と子を慈しむ屈託のない笑顔、尊い光景だ…目の前のこの幸せが長く…長く続く事を心から願ってしまう。温かい目で家族団欒を眺めていると竹千代がもの珍しそうな瞳でこちらをじっと見詰めている事に気付く。
お、なんだ?家族団欒の中にある異物に気付いたか?まぁ将来の徳川家康に媚び売っといて損はない、くらえ!ここ最近対うしおで身に着けた自信ある変顔だ!!
「キャッキャッキャッキャ!」
俺の変顔を見て竹千代が笑い出す。
「ボブフォッ!!」
同時に元康が変な噴き出し方をした。
その側で袖で顔を隠し肩を震わせている瀬名姫…あれは袖の裏で笑いを抑えているな…
「こっ…これは…しつ…失礼を…」
元康が呼吸を乱しながら謝ってくる、その横で震え続ける瀬名姫、俺を見て喜んでいる竹千代。
うしおとしずかには好評だったが……そこまで破壊力があったとは…
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