第二十七話 パワー系義母

伊勢の神宮で宮司の久志本常興くしもとつねおきさんにお茶に誘われ、茶飲み仲間でもなんでもない北畠具教きたばたけとものりとうれしくない茶をあおっている。

全然全く茶飲み仲間でもなんでもない北畠具教が一服し俺に話を振ってくる。


「時に季忠殿、織田の奇妙丸の話は聞いたか?」


お茶を吹きそうになるのを寸での所で堪える。

全部バレてるな!!

ただこの茶飲み仲間でもなんでもない北畠具教と席を同じにするに当たって想定していなかったわけではない。

見た者は生きてはいない一之太刀の如き切り込み様だ、そんな物騒な太刀筋モノを見るつもりは全くないが。


「先日、九鬼嘉隆くきよしたかより聞きその身を羽豆崎で預かっております」


俺は嘘偽りなく、包み隠さず答えた。

熱田ではなく羽豆崎にいるという事は具教の申し出に対し俺の判断に委ねられている事に他ならない。嘉隆にもそれは納得してもらっている。


「そうか」


しばし思案する具教。


「九鬼を追い出し、伊勢の海は安寧を取り戻した…千秋殿は良い働きをされた」


当初具教に頼まれた面倒事は運良く上手く片付いた。だが騒動の中心である奇妙丸の取り決めは無い。

嘉隆は羽豆崎の件で俺の判断に任せると言ってくれた、義に篤い彼にとっては苦渋の決断だったろう。俺も簡単に奇妙丸を具教に引き渡せば嘉隆への義理を欠く、出来れば引き渡したくないが覚悟はしておこう。


「尾張への嫌がらせにでもと思うたが…今更嫡子の存在を仄めかした所で刺客を差し向けられるだけであろうな」


ええまぁ。でも今刺客が来たらウチが物騒な事になるだけですね、やめてくださいよ?


「惜しむるはあのうつけの子なら手元に置いて剣でも教え込もうとも思うたのじゃがな」


意外にも具教は奇妙丸を政争の具にするだけでなく手元に置いておきたかった気持ちもあったようだ。

もしかしたら嘉隆も膝を交えて話し合えば争わなくて済んだかもしれない。すれ違いがあったのではとも思ったがそれでもタイミングが悪かった…これは双方に冷静になったから出た結論であり時間が解決したのではないだろうか。

そして織田の家督争いは相変わらずで尾張は混乱しているようだ。俺も一応今川に臣従した事になってるから話が入ってきにくいしわざわざ面倒な事に首突っ込みたくないんだよな…でも今度誰かに頼んで少し内情を調べてもらった方がいいかな?


「ああそうじゃ」


思い出したかのように具教が話を振ってくる。


「鯨肉はほんのり酒の香りがしてなかなかに美味であったぞ」


皆でてんやわんやで作った羽豆崎の鯨ベーコンは意外にも好評だったようだ。

血を見る首を斬る刎ねる以外の話題になぅてくれてほっと胸をなでおろす。

そして北畠と九鬼、そして伊勢の騒ぎはこれにて落着といったところか。


◇ ◇ ◇


伊勢から戻り羽豆崎でしずかの元に行くと件の奇妙丸…もというしおを全力であやしていた。


全力ほんき


しずかの子供のあやし方がパワフル過ぎて怖い…めいっぱいジャイアントスイングをかましてクッション代わりの衣類の中に突っ込ませて遊んでいる…

この間は力いっぱい…三メートル近く空中に投げ飛ばして落下したのをキャッチしていて困惑した…

パワー系過ぎて胃にくる…

だが当のうしおはキャッキャと喜んでいた。

この時代の人が全員こういうあやし方をする訳ではない事を祈るしかないが、七五三の祝いまで子供が育たない理由って病気だけでなくこういう危険な子供のあやし方とかも一因なんじゃなかろうか?

しずかは俺を確認すると息を弾ませながらステキな笑顔で迎えてくれた。


「すえただ!」


「帰って来たのか今日は…」「うぇぇあああうぇぇああああ!」


うん、うしおくんも元気そうでなによりだね。


「オラ静かにしろ!!」


柔らかそうな頬を伸ばして数え二歳…一歳児相手に凄むしずかさん。面倒見が良いというのかは疑問ではあるが、しずかは元来子供好きで世話焼きのようだ、舎弟が出来て嬉しいのかもしれない。

当初彼女はうしおに対して当たりが厳しかったが、九鬼の皆の生活が安定してからは姉のように接している、一族を預かる者として久九鬼の家を騒がせた彼に対して複雑な気持ちがあったのだろう。

そして北畠具教からは引き渡しの要請もなかったのでこの子の扱いを本格的に決めようと彼女に相談する。


「しずか、うしおの事は好きか?」


「ああ、うんこ漏らしたら臭いけど好きだぞ!」


しずかは満面の笑顔で答えた。

…あ、うんこ漏らしたら臭いけど好きで良かった…俺もちょっと安心したわ。


「その子を…俺たちの養子にしようかと思っている」


うしおにはいずれ過酷な運命が待っているように思う、その時に困難を乗り越えられる立派な武将に育って欲しい。

だがまだ年若い彼女に突然息子が出来た、母になれというのは酷な事に思えた、彼女の意見を尊重したい…と思ったが、そういう事なら藤さんもとい秀吉さんはしずかの年上の息子という事になるのか?

あっちは完全に自立しているし息子というのは対外的な部分でだけではあるが…

だが彼女はそんな俺の悩みを吹き飛ばすようにうしおのもちもちの頬を引っ張り笑いながら快活に答えた。


「そうか!お前今日からアタシの舎弟だからな!」


「うぇぅぉぉぉぉおおおお!」


同意の雄たけびなのか頬を引っ張られている事への抗議の叫びなのかは分からないが、うしおは元気に返事のような声を上げる。


ブボボモワァ…


気張ったうしおから香ばしい焼き味噌が漏れ出る匂いと漏れ出る空気の音が辺りに響きわたる。


「んぎゃああああああああああ!」


力強く叫ぶうしお。


「あああコイツやりやがったな!!!」


既に手慣れたのか手早く焼き味噌の処理にかかるしずか。

これは俺の息子になるに相応しい逸材だな…

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