第二十六話 奇妙な一粒種

六月の月次祭つきなみさいに合わせた富くじの祭事は正月にやった富くじの噂が広まったのか、大規模な催しになっていた


富くじを買えなかった者まで大挙して訪れ木に登ってまで見ようと伊勢神宮はまるで正月と盆が一緒に来たような盛り上がりをみせた


この時代のモラルにも大分慣れ全く期待してはいないけど、ここは神を奉る宮だから木登りはほどほどにね?


だが参加出来ない者が出るのは大きな機会損失だ、しかしながら売れ残りの番号が出来て直接参加制の会場から「大当たり」が出てこないのもそれはそれで困る


番号の桁を増やすと十倍のくじの数になってしまうが「子」「丑」等干支を頭につけるなら総数は二倍になるだけで済む


二等を作れば最悪一等が会場内から出なくても面目が立つか?


富くじの番号を増やすにあたって一等の賞金額を増やして…などと考えていた


この辺りのルールを一新させるのは今しかない、もう次の富くじを仕込む必要もある


来年の正月は熱田でも富くじをやるのでこれから俺は熱田と行ったり来たりになるだろう


熱田の富くじの祭事は俺がやる事になるから伊勢は常興さんと…やはり藤さんに任せたい


早めに話し合って細かいところを詰めていこう


こうして富くじの祭事はつつがなく終わった


◇ ◇ ◇


羽豆崎の豊浜村は藤さんとねねさんの奮闘もあって少しずつ形になってきた


伊勢湾の安定の件も含め会いたくはないが北畠具教きたばたけとものりに会談の申し込みをしようと思っていた矢先九鬼嘉隆くきよしたかが相談があると言ってきた


「季忠殿と村長になった藤吉郎秀吉殿には知っておいて貰わないといかん事がある、他言無用で願いたい、俺と北畠が争う事になった理由じゃ」


そういえばなんか「あんな子」とかいう揉め事の発端になった事を話してたなそういえば


正直厄介事の匂いしかしないから知らないでいたいが嘉隆が必要だと判断したのなら聞いておかないといけないだろう


「この男子おのこじゃ」


嘉隆に呼ばれしずかさんに連れてこられたのはまだ歩く事もままならない赤ん坊だった


子供っていうからDQNぽいサムシングかと思ったら赤ん坊か


この子がしずかさんの側をうろうろしている事は知っていた、もちろん彼女の子でも俺の子でもない


時代的に親のいない子は珍しくはないが、九鬼の姫に任せるのだからそれなりに理由があるのだろうなとは思ってはいた


彼女の赤子の世話の練習みたいなものかと思っていたが、よく考えるとこの時代乳母とかに預けるんだよな?


なのに彼女が世話をしているのには何か他に理由があるのだろう


俺がそんな呑気なことを考えていると隣にいた籐さん…もとい秀吉さんはその子を見て頭を抱え逡巡した後、目を見開いた


「まさか…この子は…」


「気が付いたか、馬回り役は伊達ではないようだな」


嘉隆が感心したように秀吉さんに言う


この二人はこの所村の諸般で絡むことが多い、千賀は「力イズパワー」みたいな脳筋だが嘉隆はこの姿なりでわりとインテリだ


秀吉さんの機転の良さと働きに見合う評価をしているようだ


「昨年の今頃な…お濃の方が供を一人連れ俺の下を訪れてな」


はて、お濃の方…俺はその名に聞き覚えはないがどうも季忠の記憶に引っかかってる感じがする


誰だ?


「何卒この子を頼むと俺に懇願したお濃の方のただならぬ様子に快諾すると夜だというのにすぐに来た道を戻っていった」


「何処へ行くつもりかと問うたが彼女は美濃へ向かうとだけ告げ去っていった」


さっきも言っていたがこの子を巡って北畠と九鬼は争ったんだよな?


争いの元凶は元気にはいはいをして縦横無尽に這いまわっているが、変な所に行きそうになる度にしずかに捕らえられブン回されている


ブン回された赤子は笑顔でキャッキャと喜んで謎の赤子は終始笑顔だ


彼女は少しうざったそうに振舞ってはいるが赤子を見る目は優しい


この子は面倒事の種なんだろうがこの無垢な笑顔を見ていると赤子に罪はないと思う気持ちが自然と心の底から湧いてくる


「この子の名はうしお、元の名を奇妙丸という」


奇妙丸


この時代子供の名前に変な名前を付けて縁起を担ぐとは聞くが…奇妙丸とはまたなかなかに酷い名前だな


そんな頭おかしい名前を子供につけるDQN親の顔が見てみたい


「信長の忘れ形見じゃ」


…………は?



………………………………………は?



信長の…子?


「織田…というか尾張守の後継ぎという事になるかの、まぁ事はそう簡単ではないが」


嘉隆がわっはっはと笑う


「いやいやいやいや…何笑ってんだよ、最大級の厄ネタじゃねぇか…」


思わず頭を抱える


この子は尾張守を主張する根拠になりえる、もちろん織田宗家が認めるかは別だが、認めさせる力があれば尾張に乗り込んで主張する輩もいるかもしれない


…北畠とか


勿論俺にも九鬼にもそんな力は無いしそんな事をしたらこの赤ん坊を消すのに躍起になる者も出てくるだろう


やべぇの匿ってんなよ…


だが…赤子に罪はない、道義的にこんな赤子を放り出す事もできない


九鬼嘉隆は義を通したのだ


「具教はこの子を引き取ると言ってきたが奴が後見人になったなら尾張守を主張しこの子を巡って跡目争いに首を突っ込むのは火を見るより明らかじゃ」


正直否定出来ない


「俺は信長とは悪戯仲間じゃ、奴が伊勢に来た時はずいぶんとやらかしたものよ…それも親が死に家督争いをおっぱじめてからは疎遠になっとったがな」


嘉隆は子供の頃を思い出したのか懐かしそうに想い出に浸っている


なんとなくコイツ良い思い出に浸ってそうな雰囲気だが多分絶対令和的にクソ炎上案件だ


俺には分かる、だまされるな!


「お濃の方が何を考えてこの子を俺に預けたのかはわからん…美濃に連れていけない理由があったのかもしれん、だが俺にはこの子を預かった責任がある」


嘉隆がいつになく真面目な顔で決意を新たにする


コイツはこの子を庇う為だけに城をと多くの部下を失ったのだ


大した男だ


「ほぎゃあああああ」


突如泣き出す赤子


慌ててうしおをあやすしずか


何事かと思ったら赤子からかぐわしい理由が漂ってきた


焼き味噌か…少し自分の身の上と重ね同情する

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