第二十三話 かっとばせーひーめー
一応大宮司の俺は簡易の祭壇を作り藤さんとねねさんの門出を祝福した。杉原の家の面々も参列してくれたがそこに奥方さまの顔はなかった。
今後藤さんが活躍する事で彼の評価を改めてくれる事を願うしかない。
つつがなく一通りの式を済ませ酒の席が設けられる。主役の藤さん自らが立ち上げり踊り、酒を振舞い場を盛り上げているがどうにもこういう運動会系のノリは令和紳士の俺はついていけない…が今日は空気を読まないとな。
主役自らが盛り上げる努力をしているのに仮にも藤さんの親の俺が白けさせてしまうのは忍びない。
杉原の連中は大盛り上がりだ、俺が浮いているだけで彼らは織田の家臣仲間だ。付き合いも長いのかもしれない、宴は夜遅くまで続いた。
俺も今日ばかりは大して飲めもしない酒をあおって…道中大切な話をしないといけなかった気がしたがその理性は酒の勢いに飲まれてしまった。
そして結局俺達一行は杉原の屋敷で一晩厄介になる事になった。
その晩寝ていると何者かの足音が近づいて来るのを感じた。
足音の数は一人、その足音は軽く音は微小。まるで訓練された者のようだった。
酒も入っていたのにそんな気配に気付けたのはただの運だ…曲者か?
反射的に枕元にあったあざ丸を曲者に気取られないように布団代わりに羽織っている衣の中に隠し握り込む。
その足音は俺の寝ている部屋の襖で止まった。
「すえただ?」
しずかさんが囁くように俺の名を呼んだ。
俺が応えらえずに固まっていると暫くして襖がそっと開き、しずかさんは寝たふりをしている俺の許可無く部屋に入り、そして俺にかけられていた衣の中へと入ってきた。
え…夜這い?
慌てて俺は小声で抗議の声を上げる。
「いや、起きてるからな!?」
「な、なんで起きてるのに応えないのよ!」
暗闇の中、彼女も俺が起きているのに驚いたようでやはり小声で非難の声を上げた。
「答えが返ってこないのになんで入ってきた!?」
「い、いいからきせいじじつを作れってさや…三郎太が!」
ただ彼女が不安定な立場に置かれているのを知っていながら、旅の中で伝える筈だった言葉を藤さんの祝い事を理由に後回しにしてしまっていた事を思い出し、自らの浅はかさに嫌気がさした。
彼女が悩み三郎太に相談し、このような事に及んだのも俺の落ち度だ。
月明かりがあるとはいえ深夜、布団代わりの衣を被り俺の胸に顔を埋める彼女の表情を窺う事は出来ない。
沈黙が流れる時刻は深夜、彼女の吐息が微かに暗闇に響く。
寝たのか…?と思った時にしずかが呟いた。
「…ねねって子を見た」
彼女の声の調子がいつものかしましい雰囲気のそれではなかった。
「嫁入り……とても嬉しそうだった」
そして彼女は意外な言葉をつむいだ。
「…ずるい……ずるいよ…あの子、アタシと同じ年の頃なのに…」
確かに年の頃は似たようなものだろう、一つ違い位か。
だがねねさんの方が色々歳上に見える。背もしずかさんより少し高いのもあるが何より滲み出る知性や品性が…なんというかそういう諸々。しずかはそういった部分でまだ子供のように感じる。
「すえただはアタシを子供として見てる」
そんな頭の中をダイレクトに当ててこられて内心ぎょっとした。そして俺の心の内を当てた彼女は俺の腕の中で震えていた。
「ねぇ、なんで…あの子が良くてなんでアタシはだめなの?」
彼女の言葉尻には涙が滲んでおりいつのもように軽口で応える事は出来なかった。
「すえただ…妾でいいから…アタシをお前の側において」
俺の中の常識だと今日結婚したねねさんも全然良くはない、だが流石に昨晩親父殿に諭され自らの常識が人の命を、人生を賭けた決意を前に浅はかで薄っぺらい考えであると理解していた。
彼女はこの若さで人生の岐路に立たされ、運命の選択を強いられている。彼女なりに正しいと思える選択を掴もうと必死の覚悟で此処に来たのだ。俺はそれに真摯に向き合わないといけない。
顔を俺の胸にうずめ小さく震える彼女の肩を抱き、夜闇の中で視線を彼女の顔に合わせる。
「…すまないしずか殿、昨日親父殿からも釘を刺された」
声色からも想像出来たが、俺の顔を見上げ仄暗い月明かりに浮かび上がった彼女の目端には確かに涙が浮かんでいるのが分かる。
胸に置かれた彼女の小さな手を取り言葉をつむいだ。
「俺はお前を側室として迎える…それでいいか?」
涙の珠が零れるほどに満面に喜色を浮かべる彼女。次の瞬間みぞおちにしずかの頭が深々とめり込む。
「こふぅ…」
変な声が出て肺が空気を求める。
「ありがと…ありがと…」
しずかは俺の胸に顔を埋めた彼女から涙と鼻水で濁った声で喜びを伝えてくる、その一方俺は空気を求め必死だった、彼女を抱く手に力を入れなんとか堪えた。
彼女も感極まったのか俺を掴む手に力を込め握り返してくる。
情熱的にも思えるそのやり取りだが俺は生きる為に必死の所作だった。
無事に空気を吸う事で俺は落ち着きを取り戻し、その場を誤魔化す為ダメージを悟られぬようしずかの頭をゆっくりと撫でる。
「すえただ…一つ頼みがある」
しずかも落ち着いたのか涙と鼻水で濁った声でなくいつもの声色、いや喜色を含んだ声で俺に語りかけてきた。
「なんだ?」
結婚祝い…というのか分からないが大概の事は聞いてやるつもりだ。人質としての待遇ではなく羽豆崎での住まいや九鬼の者らの対応も含めて出来るだけ彼女の意向に沿うようにしてやろう。
そして…出来るだけたあを近寄らせない方が良いだろうと思ったりしていると彼女の頼みが口から出る。
「アタシお前の
ト バ し す ぎ だ ろ
胸元に収まりこちらを上目遣いで見上げる彼女の瞳からその気持ちが真である事が伝わってくる。
今、俺には紳士で真摯な答えを求められている。
だが俺はそれにクソのようなウソで即答した。
「愛する男女が枕を共に一緒に寝ると子を授かれる…もしかしたら今夜にでも授かれるかもしれないな」
また彼女を子ども扱いしてまるで息を吐くかのように嘘を吐いてしまった…舌の根も乾かぬうちにこれは流石に不誠実か…と自己嫌悪する。普通程度の性知識があったならチョークスリーパーで意識を飛ばされ朝になっていても文句が言えない所だ。
だが年若い彼女には出産のリスクは大きい。もう少し大人になってから…と誤魔化せるなら誤魔化したかった。この返答は彼女の体への気遣いあっての事、しかし初っ端からこんな答えを返したら今後俺への不信感強くなりそうだな…と悩んでいると、
「そ、そうか!!」
嬉しそうな応えが返ってきた。
やったー!アホの子だー!!
「だがたあとのとの間にも…あれとは結婚し二年一緒に寝てもなかなか子を授かれなかった」
続きの嘘もすらすらと出てきた、なんかごめんなさい。
「そ、そうか…」
明らかに気落ちする気色を含んだ彼女の声、その彼女の肩を抱き耳元で優しく囁いた。
「子を授かれるよう祈りながら一緒に寝よう、二人だけの秘密だぞ?」
自分でも意味のわからん雑な口止めをして彼女を此処に送り込んだであろう三郎太に対して情報の攪乱のような言葉までつむぐ。
だが彼女は満面の笑顔で、
「わかった!二人だけの秘密だな!早く
無邪気に喜ぶ彼女を見て流石にまた少し罪悪感を感じてしまった。
…ホントごめん。
しずかはひとしきり顔を俺の胸にこすりつけ猫の如くマーキング?をした後、安心したのか大人しくなった。
先程クリティカルヒットした胸骨がまだ少し痛い。
今度こそ寝たかと思ったが彼女が小さく呟く。
「あの時ぶり…だ」
あの時…あの時って何時だ?
こんなに身を近くして寝た事なんて…と、ふとそれを思い出した。
まさか彼女は伊勢で溺れた後の夜を覚えている?
「…覚えているのか?」
伊勢の浜を走ってる最中の戯言を覚えているのは聞いたが…てっきり意識不明だったと思っていた夜の事まで覚えているとは流石に予想外だ。
「…まだ暗いうち、すえただが震えた涙声で…必死にアタシを包んで
ほとんど最初からかよ…
「…ぅん…あった かぃ…」
その言葉を最後に彼女は夢の世界に落ちたようだった。
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