第十八話 ちんどん道中
羽豆崎の城には先に文を送ったはずだが九鬼の船団が向かってくる事に警戒を示していた。
まぁこの数で戦になったらあの小さい城はひとたまりもない。
城の構造を熟知している俺なら良くわかる。
俺が同様の立場なら警戒する、なんなら警戒した上で十分に準備してもこの数なら城は余裕で落ちる。
というわけで九鬼の船団には沖で待って貰い、俺と九鬼の使いを乗せた舟だけで接岸させた。
舟の先に俺がいる事を察したのか慌ただしく城内が動くのがわかる。
兵が城から次々に出てくる…といはいえ先に言ったように小さな城だ、二十名程の兵が出てきて俺を迎えてくれた。
「殿ォォ!!よくぞ…よくぞお戻りになられました!!」
そこには城主の代理をやっていたであろう年長者の彦根任三郎が俺を見て涙する。
「俺が熱田を出て一年、先が見えぬ中よくぞ羽豆崎を守ってくれた」
久々に会う彼らの苦労を労う。
「殿ォォォ!」
…抱き付かれ無くて本当に良かった。
◇ ◇ ◇
まずは九鬼の連中をいつまでも不審船団のボートピープルにしておくわけにはいかない、とりあえず住む場所の確保に走まわった。
羽豆崎には先住に小さな漁村がある。だが九鬼の連中はこの漁村とは分けて住まわせたかった。
人数も九鬼の方が多く、軋轢も生じるだろう。出来る限りお互いの生活基盤を尊重し役割を変えてそれぞれの領分を侵さず共存させたい。
遠浅の漁業をするのに適した海岸は漁村が既に使っている、それとは別に使われていない水深が深い湾がいくつかあった。
大きな船や鯨を入れるならこちらの方が都合が良い、お互いの権益を分け、状況に応じて村同士で交易をして欲しい。
まぁようは仲良くやって欲しい。
先住の漁村と外来の九鬼、元海賊で素行の悪い千賀との仲介、折衝。町の建築に港の用意に街道の整備。盆と正月と決算が同時に全力疾走でやってくる状態だ。
そんな諸々の面倒事…というかこの新しい漁港の長を任せたい旨を、城というには簡素な屋敷で藤さんに伝えた。
「なんか引っ張り出された時点で嫌な予感はしとったが…」
と渋い顔をされる。
「藤さんしか頼れないんだ、頼む!!」
どう考えてもこういう面倒事で頼りになるのは藤さんだ、脳筋の小平太には頼めない。
そしてこういうのはちょっと弱みを突つくようで悪いがエサをぶら下げてみる。
「引き受けてくれたならねねさんとの仲を取り持つから!!」
と、かなりあからさまなエサをぶら下げてみた。
だがそんの分かりやすい提案に藤さんの眉が動いた。
暫くの沈黙の後、藤さんは大きなため息を吐く。
「ねねのおっかさんのワシ嫌いは相当なもんじゃぞ、期待はせんでおくが…」
まぁそこはねねさんのおっかさんの事を知らない俺が胸を張って任せておけと言えない所ではある。
「絶対とは言えないが出来る限りの事をしよう」
エサをぶら下げた割にはしまらない答えを返す、いや出来ないものは出来ない。でもがんばる!
「絶対なんて言葉は信用できんが、そこは出来る限りで構わんが頼んだぞ?」
俺も相当無理を強いている自覚はある、相応に尽力しよう。
九鬼の連中を陸に上げて俺は熱田へ向かう。往復で十日程度とみているが、留守を彦根に任せる。
「すまないがもう暫く頼らせて貰うぞ彦根」
そういうと彦根はまた顔をくしゃくしゃにして鼻水と涙をこぼす。
「この彦根任三郎!殿のご命令確かに承りましたぞ!!」
悪いが彦根、おっさんの泣き顔は本当に絵にならないからやめてくれ。
◇ ◇ ◇
旅の面子は俺、藤さん、部下三名、メスガキさん、その世話役の三郎太だ。熱田までは十四里、約六十キロ程。
羽豆崎で馬を借りる事が出来たが一頭だけなので優先的に体調に不安のあるメスガキさんに乗って貰う。
彼女は馬に乗り慣れていないためか「だめ」「たかい」「ゆれる」「こわい」「おりる」「んぎょ」と、短い単語で抗議の意を伝えて来た。
だがむしろ大人しくなったので良しとして努めて無視を決めた。
途中の休憩でもぐったりとして大人しかったのでこれは思った以上に良い選択だったと自賛した。
彼女のお目付け役兼お付きの男、三郎太が主を労わっている。偽名だろう、というか多分あれ男装している女だ。彼女…いや彼は姫の体調を気にして俺に進言した。
「馬に揺られて姫の体調がよろしくない、歩いての移動は出来ませぬか?」
彼女を思っての忠臣ぶり、だが俺はそれに返す。
「病み上がりの彼女を一日に五里(二十キロ)も歩かせる訳にはいかない」
三郎太は端正な眉を顰めるがそれを無視して俺は続ける。
「俺がこの長旅で彼女の体を慮り出来る事は羽豆崎から馬を出す事くらいだ、これは全て彼女の為、理解して欲しい」
そんな事をキリっと真面目な顔を装って答える。上っ面だけの馬鹿発言に、三郎太は俺に向かってあからさまに不審の目を向けてくる。
おまけに藤さんも妙な顔をして俺を見てくる、おいやめろ笑いそうになるだろ。
だが当のメスガキ姫さんは潤んだ瞳で俺を見て「私は大丈夫だから三郎太」とかしおらしい事を言って忠臣をなだめている。やはり馬に揺られてメスガキ度が弱まっているものとみえる。
俺の誠意()が伝わったようでなによりだ。
だがこの誠意を俺は後悔する事になる。
次の日、暫くは問題なく道を進んだが馬が荒れた路の石を踏み足を捻った。落馬しそうになるメスガキさんを無事に抱える事が出来き事なきを得た。
馬の捻挫は軽く歩く分には問題なさそうだが、それでも載せていた荷物はそれぞれが肩代わりする事となった。
三郎太が言う。
「姫をお任せ出来るのは季忠殿しかおりませぬな」
…え、自分で歩けるだろ?
なんなら三郎太が背負っても…と思ったが三郎太はまぁ女だ、人一人抱えて二十キロも歩かせるわけにもいかない。
彼女は重くはない、なんなら彼女を抱えて何キロか走った経験だってある。だがそれでも山坂の上り下り含めて二十キロ歩きたいかというと絶対NOだ。
俺の心の内の葛藤を読んでいるのか、三郎太はわりと失礼な目で俺を見ている。
イヤに決まってんだろ、分かってんなら勧めてくんな
昨日彼女の為云々と言った手前『一人で歩けるだろ』そう言うかどうか迷ったが…堪えた。
俺は濁った目で三郎太とメスガキさんを見る。だが当のメスガキさんの方は潤んだ瞳に謎の期待を込めて俺を見上げていた。
藤さんはさっさと他の荷物を部下と自分とで背負い、手早く馬の捻った足に布を巻き簡易のギプスをさせ応急処置を済ませていた。
こちらの様子をニヤニヤした目つきで見守っている。
「殿ォこっちは準備万端ぞ!」
仕方がないと腹を括りメスガキさんに背中を向け乗るよう促す。うつむいた彼女の表情を窺う事は出来ないが頬や耳が赤くなっているのが分かる。俺の首筋に手をかけ小さく漏らす。
「すまぬ、すえただ…」
背負われた彼女はそう耳元でか細く呟いた。背中の彼女は俺の意識を何度も刈り取った腕を俺の首に手を回し今は大人しくしている。
彼女のこの細腕に牙を付き立てられぬよう祈りながら下手な事を言わぬと気を引き締めて歩を進めた。
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