第十九話 海賊との縁
羽豆崎を出て二日目の夕刻。
熱田までもう十キロといった所の鷲津村に到着した。目的地はすぐそこだがメスガキさんを背負って二十キロ歩いた俺の足はボロボロだ。
これ以上歩けない…
むしろここまで背負って歩いた俺を褒めてくれ…褒めろ!!
そんな様子の俺を見て藤さんは生暖かい目を向け、三郎太は何処か残念そうな表情をしていた。そしてメスガキ姫さんは何故か一人上機嫌である。
おう…一人元気そうだな…自分で歩けよ…
心の中でそう突っ込まずにはいられなかった。
『鷲津村』
此処は俺が転封した元海賊達が住む村だ。二度と海を荒らさぬようにと海の無い土地を与えたのだが、その後しっかり田を作り稲作に精を出しているようだ。少し早いようだが田植えが終わったようで長閑な風景が広がっている。
…ふと昨年ここいらは桶狭間の前哨戦で踏み荒らされたのではないかと不安を覚える、だが村にそのような影はなく活気に溢れていた。
村に入ると俺の姿を確認したのか村人と思しき者が数人足早に駆けて来る。
「千秋様!!」
「お越し頂き歓迎しやす!!」
「テメェら!カシラ…村長にご報告だ!!」
村人?…というよりチンピラ?…まだ海賊が抜け切っていないようだ。だが一応歓迎はしてくれているような物腰に安堵する。
嬉しい…が複雑だ。
何故彼らの留守中に村に火が起こり、焼けたのかその理由がバレているのではないかと俺は内心気が気ではない。バレてはいないと思うし「俺」が指示したのではないが、季忠の記憶がどうにも罪悪感を刺激する。それに後ろめたさを感じずにいれるほど俺は悪人ではないのだ。
そうして俺達一行はチンピラ風味共により村長の家へと案内された。
元海賊の頭、今は村長の
「熱田の大宮司殿!よくぞ参られた!」
直接この男と会うのは何年ぶりになるのか、九鬼嘉隆はまだ海の男であったが、この男は完全に海賊だ。嘉隆をもってして「素行が悪い」と評される男だ。一見してどうみても海賊のこの男は稲作文化に数年触れる程度では村長になれていないのご分かる。
「千賀のおじきか!?」
「こりゃあ九鬼のかしまし姫じゃなねーか!」
かしまし姫…彼女の人柄を顕したわかり易い二つ名だ…七転八倒姫といいロクな二つ名をつけられてない、これも偏に彼女の人徳の成せる業だろう。
「大きうなったな!!」
「前に見た時はこんなに小さかったのに」
指で小さく大きさを示す。いくらなんでも小さすぎだろう…一寸法師か?意外にも一寸法師はその体躯に合わず大きな鬼を退治する武闘派だし案外大きくイメージは損なってないのかもな。
彼女の一本背負いに身震いしつつ返すメスガキ法師さんの言葉に動揺する。
「そんな九鬼小町などと言いすぎじゃ!」
何処に小町要素があったのか分からないが不審の目を向けたのは俺だけではない、周りも同じ視線を彼女に向けた。だがその視線には気付かなかったのか何事もなかったかのようにメスガキ姫さんは続けた。
「しかし千賀のおじ!なんでこんなトコにおるんじゃ!?」
がっはっはと笑う海賊親父。
「海賊稼業に精を出しておったら村が火事でのうなってしもてな!」
まぁ留守を見計らって火をつけたんだが。
「一族郎党途方に暮れていた所をそこにおられる千秋季忠様に庇って頂いたんじゃ」
うーんマッチポンプ…
「ま、天罰ちゅーやつだ!!」
何故か楽しそうに与八は笑っている。
「まぁそんなワケで今は海賊稼業から足を洗って一族皆堅気になって米を育て堅実に生きておるワケよ!」
与八は天罰を既に受けたのならワンチャン天国に行きもあるかもしれないが、俺は問答無用で地獄行きだろうな…そんな事を考えていると俺の名が出てきた。
「この生活を与えてくれた千秋様には感謝しかねぇ」
俺に向かって深く頭を下げる千賀与八。しずかさんが振り向き目を見張る。
その瞳には敬意とか尊敬の眼差しのようなものが灯っているのがわかる。
いやぁ…その尊敬の念はなんというか…その…勘違いというか…正直令和ボーイの俺のメンタルでその敬意を素直に受け止めるには良心の呵責が邪魔をする。
「火つけたの俺です」なんでクソみたいな事実をカミングアウト出来ないな…我ながら保身に走るクズと感じながら墓場まで持っていこうと決意する。
◇ ◇ ◇
「此処に来たのは他でもない千賀の者に願いがあって来た」
「この度羽豆崎に九鬼の者を呼び鯨を入れる漁港を作る事になった、その為に羽豆崎の海に詳しい千賀の者の力を貸してやって欲しい」
この旅の目的の一つ九鬼の為、千賀の助力を仰ぎたい旨を伝える。
「此処で平穏に憂いなく過ごして欲しいと田畑を与えた俺が、また海に連れ出そうとしている事には心苦しく思う」
「都合がつく者だけで構わないし此処と行き来するだけでも構わん。こちらに留まりたいものは留まってもらって結構だ」
「お前達千賀の力を貸して欲しい」
そういって頭を下げる。
少しの沈黙、千賀賀与八は目を瞑り何事かを悩んだ後、言葉にする。
「千秋の旦那はまた俺らみたいな当てのない者に手を差し伸べてるんで?」
そこには先程までの海賊然とした豪快な声色ではなく長としての責任を滲ませる落ち着いた口調だった。
「別に慈善事業をするつもりはない、今後九鬼にはしっかり働いて貰う」
世の中ギブ&テイクだ、俺だって考え無しで人助けをする訳ではない。そして自分達の行く末を暗示する言葉に背を正すしずかさんと三郎太。
そして笑う与八。
「ワシらに住む土地と耕す田畑を与え、種籾を融通までして真っ当に生きる為に尽力して下さった季忠様がまた厳しい事を言いなさる!」
かっかっかと響く笑い声。
「昨年桶狭間で戦があった折にも熱田神宮は踏み荒らされた田畑を見かねてワシらにコメの融通をしてくださった」
親父殿はそんな事までしてくれていたのか…
「熱田は、千秋様は決して悪いようにはせぬワシが保証しよう」
与八の言葉にしずかさんと三郎太の表情が明るくなる。
「その大恩ある季忠様が頭を下げてまで頼られてお力になれなんだら熱田の大神にも顔向け出来ぬわ!」
「…それに九鬼の坊主に力を貸したい気持ちもある」
にやりと与八が悪者顔を歪ませる。良い笑顔を決めたつもりだろうが悪人面すぎてよからぬ企みををしているようにしか見えない。
その夜は中山屋さんから持ってきた酒を振舞った。この生活をしているとなかなか酒を飲む機会もないのか好評だった。というか中山屋さんの酒は本当に美味い。騒がしい夜は更け一晩が経ち俺達は熱田へと向かう。
「羽豆崎へは来れる時で構わないが、路銀のアテはあるか?」
村の財政状況を心配しての言葉だったがとんでもない返事が返ってきた。
「なぁに!熱田からコメの融通もあるし、あの戦で武器やら鎧やらを相当落としていきましたからな!それを売っぱらったらまとまった金になりましたわ!」
がははと笑う海賊親父。
…その武器やら鎧やらの持ち主だった落ち武者って織田軍…というか下手するとウチの部下とかも含まれたりしやしないか…?稲作やって少しは丸くなったと思ったが根本的な所でこいつ等は嘉隆が「素行が悪い」と評するヤベー奴だという事を痛感する。
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