第十話 メスガキ海賊しずか
ふと静かに思考を巡らし
俺の領には海賊の拠点があり海を荒らしていた。ある時俺は彼らに多額の謝礼を持ち掛け木材の輸入を頼んだ。ところが海賊が海に出た際に彼らの拠点である村に火が起こり燃え広がった。逃げ惑い悲嘆する村人を俺は助け手厚く保護した。帰ってきた海賊は焼けた村に絶望したが、俺が保護した家族らと無事再会を果たした。俺は彼らには新しく海から離れた場所に住処を与えた。海賊は俺にいたく感謝し、新しい住処で平和に暮らした。
付近の海に海賊は出なくなった。
めでたし めでたし
…冷汗が背中を伝う。
え…なにこの畜生な記憶…?
ちなみにこの不審火の出所に千秋季忠は心当たり…というかズバリが記憶にある。
我が事ながらなかなかクソのような記憶だ…
まぁその海賊とは二度と会う事も無いだろうし、この事は生涯口外しない事にしよう…
海賊の事を考えていたらいらん記憶を引き出してしまい、突然静かになった俺を目に前にいる服部小平太が訝しむ。
「どうしたカシラ?」
いつもの飯屋で小平太達と飲み食いをしている。藤さんのいない今、海賊の一件はこの小平太とやる事になった。
藤さんと違い頭より力のタイプだが、桶狭間では義元に一番槍をかましたというなかなかの強者だ、頼りにしてる。
荒事に強いのはこのヒャッハーな時代において本当に心強い。
そして間が良いのか悪いのか、ヒャッハー共が押し入ってきた。そのヒャッハー共は飯屋の扉を無造作に開け放ち開口一番叫ぶ。
「千秋ってのはおるかー!!」
俺を呼ぶ甲高い声が狭い飯屋の隅々まで震わせる。5人ほどの屈強な男を連れたアタマ空っぽそうな時代錯誤の女子校生、彼女に抱いたのはそんなイメージだった。
もちろん悪い意味である。
一体彼女の小さな体の何処からそんな大声が出るのか不思議だが、そんな拡声器ばりの声に当てられたのか、俺と関係のない者たちは面倒事は御免と言わんばかりにいそいそと店から出て行く。
俺も面倒事は嫌いなので彼らと一緒にしれっと店から出るべきかと悩ませたがそんな悩みは杞憂に終わった。
「なんだ嬢ちゃん、そこにいるウチのカシラになんぞ用か?」
ご丁寧に小平太は俺が居る事まで示唆して対応してくれた。
やめてくれ…
お前の腕っぷしが強いのは疑わないが、俺は何の用意もなしに面倒事にクビ突っ込みたい訳じゃないんだよ…
辟易した次の瞬間、目を疑った。小平太の足が天を仰いだのだ。天地を逆さにする問答無用の美しい一本背負い。背中から全力で地面に叩きつけられ肺腑から空気を強制的に絞り出させる。その場で苦悶の表情を浮かべ、のたうち回るこちらの側の最強のカードの小平太。
柔道…?
瞬きの間に起こった最大戦力の陥落に俺の脳は何が起こったのか理解が追いつかなかった。
「そうか!おるか!千秋季忠!!」
メスガキさんは猛禽類か何かを思わせる爛々とした瞳を小平太がいたこちらの席へと向ける。
遠巻きに店の者は心配そうに眺めている。無関係な者はこの喧騒を楽しむ為に出入り口を塞ぐようにして野次馬に徹している。
逃げ道はないし勿論勝てる確率は皆無だ。
人数は向こうが多い上に、そもそも俺よりも断然強いこちら側の最大戦力である小平太が出合い頭に倒されていてはどう賽の目が転んでも勝ちはない。
そして逃げ道は塞がれているが倒れた小平太もこのままにしてはおけない。そうした中で小平太の部下が果敢にも俺を守ろうと立ち上がる。たが目の前で兄貴分の小平太がやられて明らかに浮足立っている。
俺は無駄な犠牲を出す前に静止を求めようとするが、それよりも早く彼女は彼らを地面に叩きつけた。
「俺が千秋季忠だ」
俺は名乗りを上げた。場の全ての瞳がこちらに向けられる。
自慢じゃないが荒事に自信がない事に自信がある。小平太とその部下を投げられまくっている中で、力で彼らの仇を取る事は不可能だ、逃げる事すら難しい。彼らの安全を確保し、俺の身の保身を全力で考える。
俺は自ら名乗りを上げた代わりにこの俺の命を狙う不届きな一本背負いメスガキさんが何処の何者なのか、名前でも所属でもなんでもいい、命乞いに有用な情報を欲した。相手の素性と背後関係が分かれば生きる道も開けるだろう。
故に交渉を望む。
だがそんなこちらの期待を無視した応えが返って来た。
「なんだ?おまえなんかがコイツラのアタマなのか?ワカメみたい!ヨっわそー!」
彼女の返答はよく通る声で、全体的に罵倒語が多く、そしてその罵倒語の中に俺の期待した情報は一切含まれていなかった。
なんだよワカメみたいって…
そして手も早かった。
気がついたら天地は逆さになっていた。
…だがしかし、たまたま上手く受け身がとれ、体への衝撃は最小限に収める事に成功した。
小平太達が受けたのは一本背負いだけである事、それに警戒を少なからずしていた。そして学生時代、短いながら柔道の授業をとっていた事、当時俺をぶん投げまくった恩師へ感謝の念を…いやあの体育教師は許さないが。
「ざっっっこ!!!!」
無様に地面に転がった自分を見下げる彼女はここぞとばかりになめらかに口撃で追い打ちをかける。このメスガキさん一言多いどころの騒ぎではない。
運良く受け身がとれたとはいえ背中から伝わる大の大人の体重が重力と織り成す
だが骨や関節には怪我がない事を確認し、よろけながらも立ち上がり彼女に向かって話しかける。
「俺が…千秋季忠だ」
起き上がった俺にあからさまに驚いた顔を向けるメスガキさん。咳き込みつつ俺は彼女に問いを投げかける。
「おまえは…」
そう言いかけた俺の声にメスガキさんの部下と思わしき男の叫びが被さる。
「お嬢!」
取り巻きの一人が一言彼女に対して威圧と静止を求めるような声を上げた。俺はその声に話し合いを求める雰囲気を感じ、一瞬体の力を抜き相手の言葉の続きに気を向けた。
だがその制止の声に一切の躊躇いはなく、むしろ体の力を抜いた俺を好機と捉えたのか彼女は俺の視界から消え、再び天地は逆さまになった。
ばかなんじゃねぇの!?!?
次の瞬間衝撃が体に走る…が、先より上手く受け身が取れた。彼女の一本背負いは綺麗でそれ故に受け身が取り易いのが功を奏した。
勿論ダメージはある。大の男がその体重を地面に叩きつけられてダメージが無い訳がない。屋内とはいえここは土間にも似た地面、畳ですらない。再度内臓が揺さぶられ衝撃が骨に伝わる、受け身が成功しても痛いものは痛い苦しいものは苦しい。
だがまたもや立ち上がる俺を見てメスガキさんは化け物を見るかのような目を俺に向けた。
「なんだお前!?なんで立ち上がれるの!?」
DQNメスガキさんの声色に困惑の色が乗る。
「お嬢!」
後ろの男がお嬢と呼んだ女を強い声で制止を促すが、問答無用の三度目の一本背負いが炸裂する。全身に走る衝撃、だが俺も必死に受け身をとる。
しかしその後が違った。
投げた直後俺の背中にまわり、細い腕を首に巻き付け意識を落としにかかる。
「俺は…千秋…季忠だ…!」
「しっとるわそんなん!何度も何度も自己紹介しておまえやっぱアホなん!?」
それはこっちのセリフだ!!そんな罵倒をこのDQNメスガキさんに投げたいがそんな余裕はない。
「オマエは…何者…だ」
彼女は自らの名を名乗っていないことに気が付いたのか、一瞬首に巻きつけられた腕の筋肉が硬直したのを感じた。八つ当たり気味に一層腕に力を込めて彼女が叫ぶ。
「アタシは九鬼しずかだ!!」
そこで俺の意識は途絶えた。
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