アダムの誕生

和歌山 健太郎

第1話 泥の王

泥の王と貧弱な賢人


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豪華一族は変わり者だ。

ライオンの獅子丸と人の撫子の夫婦が産んだのもその例に漏れることない。

象を授かったのだ。


そして次女、これが鬼門だった。

変わり者を産んで育ての豪華一族でも、奇妙なっ!と引かれた子が生まれた。


その子は類を見ないほどに未熟な赤ん坊だった。

出目金のように目はとび出て、頭はその目玉よりも小さく、体は蚊ほどに細くて薄い。

どうやってもすぐ死ぬ。そう思えるほど弱々しい赤ん坊が生まれた。


そこで一族は泥で人の形を作った。雑だったけどね

その人形に(萎れた)花をお供えものとして持たせて、

燃やす。


すると黒煙が上がり、燃えていたものを覆い尽くした。


僕は勇者でありながらも、泥という絶望的な素材と萎れた花という情けないお供えものから、炎という恐怖という知恵で燃やされて生まれた泥の王。


「娘を救ってくれ、アダム」


そう、アダム。

僕は、泥の王アダムだ。


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アダムは瀕死の娘を救った。


肋骨を一本、彼女に与えたのさ。

すると彼女が死ぬよりも早くに成長した。

そして、まあもう死ぬことは無いだろうという12年の成長を五秒で駆け抜けて彼女に確かな生を与えた。


彼女は凄い。すぐに喋った。


その最初の言葉は「私は」だった。

僕は感動して、つい名付け親になってしまった。


「やあ、サリン」


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功績に免じて、僕はサリンの名付け親となった。


「じゃあ貴方は。」


「僕はアダム。泥の王さまだ!」

裸の彼女へマントを貸し、この後は質問攻めだろうから、その間に服を繕う。

ちなみに生みの親たちは今は外だ。


「君はライオンと人の間に生まれたんだ。それと君は妹、姉は象だ。」


「変なの」


「ははっ僕も君のことを変だと思うよ。」


「違う。貴方が。」


「と言うと?」


彼女は生まれてすぐなのに、(成長させたとはいえ)立ち上がった。

そして数歩も歩き、僕の顔を覗き込んできた。


「貴方は何で生まれたの?」


「泥人形に花を添えて焼いたのさ。」


「パパやママ無しに?」


「ああ。王さまだからね。」


黄土色の綺麗な目をした本当に花のような彼女は、非常に賢い。


「君に聞きたいんだけど。」

僕は何もない彼女へひとつ聞いた。


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「ええ、分かった」


「そうか。」

嬉しい返事だった。


僕が何も無い彼女へ聞いたのは、

僕の願いだ。


妃になって欲しい。

そう、お願いしたのだ。


「王さまは歴史を綴る事で力が表れるものね。」


「そう!国を持たず財を持たずに限らず、王さまに必要なのは兎角歴史さ!」


僕は生まれたて。

彼女と変わらない。

有無の違いで言うならば、

服を着ているか着ていないかだ。


そして。


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「出来た!。さ!早速着て着て!」


彼女へ服の着方を教えて、その姿を楽しみにするべく。

カーテンで彼女の姿を遮った。


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僕が作った服は妃に着てもらう服だ。

と言ってもお互いに生まれたてなので、稚拙なものだけど。

彼女の体もまだ不出来だ。

固く縛り上げてしまうようなものは指も体も痛めてしまう。


なので僕のマントを使った。

手早く手に入って、彼女への最初の贈り物に出来る素材といったらこれしかない。

いつまでも裸だと、風邪をひいてしまうからね。


「王さま」


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僕のマントは暗い青だ。

夜の空の色だ。

その中に小さな星の煌めきように蚕の絹糸を編み込んである。

星空のマントだ。


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サリンの髪は急成長で燃えるような赤毛になっている。

サリンの目は綺麗な黄土色。黄色く光る星の色。


その彼女が青のマントで作った青い民族衣装を着ている。

エーニョルの民族衣装だ。


エーニョルの民族衣装は肌着、長いベスト、膝下までの長さのスカートで出来ている。


病室から色々くすねたとは言え、足りるか不安だった。

だから少し簡略化している。


なので刺繍にちょっと不思議な工夫を凝らしている。


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「どう?」


「素敵だ!ははは」

予想はしていた。だから、待っている間にティアラのような物を作っていた。

「素敵な君に、はいコレ」

サッと僕は彼女へティアラ(モドキ)を掛ける。


「?」


「ティアラ、のようなものさ!」


「妃には不可欠なものだ。」


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ライオンは恐らく僕の追加要求を許さないだろう。

なので、僕は泥の王兼誘拐犯とならざるを得なかった。

彼女とのこの短い触れ合いは、早くも僕に何かを決断させるほど変えたらしい。


さて。

この元未熟児をサリンと名づけたり、

妃にしたりする理由は、恋をしたとか

真の王になるとかじゃない。


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…。


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「…ダム…アダム?」


「…ぁ。ん?」

列車の心地いい揺れ、開けた窓から心地いい風、心地いい夕焼け。

つい寝てしまう要素が満載だ。


「すまない、寝てたね。」


「いいえ、構わないけど」


「?」


「少し、難しい顔をしていたから」


ははっ!流石だ。

賢人サリン。

僕は誇らしい。


「そうか!それはありがとう。」

体を伸ばして、夕食を何にするか考えた。


「時間は…もう六時か。夕食を頼もうか。」


「何にするか決めたかい。」


「ええ」


そして、日が地平線へ沈む頃。

いつもよりちょっと遅い夕食を楽しんだ。


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彼女は寝た。

僕は失敗した。

つい昼寝をしてしまった。昼寝?夕寝?

…とりあえず昼寝をしてしまったから寝れない。

眠いのは眠いんだけどね。


個室から静かに出て、車両連結部分へ。

そこはちょっとしたベランダのような場所で夜風を浴びるのに丁度いい。


「すっかり夜だね。」


廊下のランタンが淡く光ってるんだから当たり前じゃんって?

この満点の星空を見たら改めて夜だなーってしみじみ思うんだよ。


連結部分へ出る前に取った新聞を読む。


「エーニョル、赤く燃える。」

一面はそれだけだった。

そうだ。エーニョルは街の名前じゃない。

国の名前なんだから、一国が丸々燃えているんだ。

こんなスクープ誰が見逃すだろうか。


「はははっ。」

新聞を手放して、捨てた。

ひと笑い出来たので部屋に戻った。


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一週間前


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ライオンは案の定激怒した。

人の方はしずかに細い瞼の間からかろうじて見える目がある。


引き留めようと、ライオンは鋭い爪と牙で僕を引き裂こうとしたけど。

僕はサリンを抱き寄せて窓から飛んで逃げた。


外は夜、真っ暗、闇で。

どんな派手な格好も、

名怪盗の忍び格好に染め上げる。

つまりボンクラ夫婦に捕まるわけが無い。


泥の王アダムは妃を得た。


「ははははっ!」


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朝刊でとある記事を見つけた。

「『アダムを捕まえよ』か。」

イタズラ少年が犯した悪事をたまらずに笑いこけるように、僕は笑ってしまった。


「はは。おっかしいね。」


「何がですか?」


「おぉ!?」

座っていた椅子から転げ落ちた。

そう。イタズラっ子は巡り巡ってマヌケを食らうのさ。


「大丈夫ですか?」


「ああ、ああ。大丈夫だよ。ははは。」


「朝食を持ってきたよ」


「そ、そうか。じゃ早く片付けないとね。」


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コーヒーとバターをたっぷり塗ったパン。

舌と腹を満足させて、僕たちは外出中。


ショッピングデートではないよ?


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観光ではあるけどね。

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エーニョルの人口は七千万

観光地としても優秀で、旧王国の歴史と途切れず伝えられてきた文化に恵まれた国だ。


最近では天然ガスが採れるようになったらしいね。


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観光は徒歩だ。二人一緒にとなると休憩もまた楽しみの一つ。

カフェのテラス席で軽食をとる事にした。


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エーニョルの記憶はない。

それでも、思い出したようにデジャブが起こるんだ。


いいね。ここは。

それでも、僕は生まれた。

じゃあ仕方ない。そうする。

アダムは生まれた。

泥の王は召喚された。


「ははっ気持ち悪いね、ホントさ。」


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市民図書館へやって来た。

サリンの為だ。


急成長した生き物はその歳相応の行為をしなくっちゃいけない。ってことは無いけど、逃亡中だからね。悪いね

と思う。思ってたけど、むしろそう思うことをはばかれる様に彼女は微笑んで言う。


「ありがとう」


「はは!どういたしまして。」


何様だって?王さまさ。

泥の王アダムさまさ。


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彼女はここへ来る間も成長した。

今は大体…十四か五だろう。

もうすぐでピタリと止まる。

意図的な成長だからね。


彼女は努力家だ。

いや、違うかな。

興味家…?かな。


赤ん坊により大きな頭とそれに見合った体を与えたら、器から零れるまで興味を食べる。

そして、普通ならそうやって。

好きや嫌いを作っていくんだろうけど。


あの様子からして…好き嫌いなさそうだね。

というか歴史書やら小説やら、かなり硬いものからいくね!?

喉詰まるぞぉ…?大丈夫?


「ははは…。」

なにか微笑ましいけど、おませなのか背伸びなのかで化粧する子供を見ている気分だ。

苦笑い混じりに笑ってしまう。


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…に帰るよ!」「さようなら!」

寂しくも煌びやかな別れ道

運命よ。運命よ。運命よ。

さあ、挑み頼もう!


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「ん。」

サリンが新しく本を積み木のように積んで持って、ドサッと重さに耐えきれず音を立てて置いた。


「おーとっとと!静かにね。ここは図書館だからさ。」


「あ、わかった」


理解というか、要領がいい。

というか、というか、というかさ。

急成長したとはいえ。

ちょっと子どもっぽさがまるで見えない。


「死ぬ。はずだったからかな。」

頬杖をつきながらそう零した。


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彼女は知識を蓄えた。

か細い体を突き破るほどの知識と知恵。


恐ろしいほどの速読、誰でも見逃しちゃうね。


もはや本に挟んだ栞を探すぐらいの速度でページをめくる。けどそれ。読めてるの?

だって奥の方とか陰になってて読めなくない?


となるがちゃんと読んでいる。

恐ろしい!


「お腹すいた」

見えないと言ったけど、今見えたね。

やっぱりご飯は素直にさせるね!

元々彼女は素直だけどね。

素直だから子供っぽさなのか素なのかが分からないけど。

これは子供っぽい。

空っぽまでが全力、空っぽになったら食べる。

ホッとした。安心した。

ちょっと、個人的にね。


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「質問いい?」

ハンバーガーを食べてる時だったけど。

「ああ!いいとも。」

快く受けることにした。


「何処を見ているの?」


「ははっ君だよ。」


「ううん、よくボーっと、何処を見ているの?」


「それはゴメンね。申し訳ない妃を置いて考え事なんてね。」


「ううん。聞いて、ちゃんと。」


ゾッとしたね。

子は親をよく見るなんて言うけど、それはちょっと違うのさ。

自分にとっての宝物ほど、自分の秘密に近いのは必然だって事。

それを親子の関係と親のドキッとする思いに言い換えてるんだろうね。


ま、僕は名付け親になって、身勝手な願いを通して彼女を妃にしただけだけど。


「ほら、今も何処を見ているの?」

やっぱり早い。彼女、凄い成長だ。

本来、泥人形が行う急成長は、親子の儚く尊い時間旅行によく使われる。

せっかくの子宝。生まれないで死んでとか、生まれてすぐ死んで、生まれても僅か生きて死んで何てと思った魔術師が作った禁忌ギリギリの急成長魔術。

可能な限り成長させて、ない先を親子水入らずで、僅かでも体験させる。


そんな魔術。

だけど僕は泥の王さ。

他の泥人形と違うのさ。


「ねえ。」

サリンはハンバーガーを置いて、鼻と鼻がつくほどの距離に迫ってきていた。

いつの間に、と思ったけどそんなにも考えにふけっていたのか。

これは重症だね。はは。


「あーっと!ごめんごめん。またボーッとしてたよ!そうだね何処を見ているかだね!うん!」


「そう、答えて。」


いつの間にこんな強い目を持つ様になったのだろうか。

幼子の成長は恐ろしい。


「誰にも言わないでね。僕ら夫婦の秘密ってやつさ。」


「うん。」


サリンに長くなるからと座るように促すと、

彼女はやっぱり素直に座ってくれた。


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「そうだね。最初に言うべきは、▪改めて言うべき事は名乗り、自己紹介だ。」

████████████████

「僕はアダム。泥の王アダム。」

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「████████████████████」━━━━━━━━┼━┓

┤┯┯┯┯┯─┴┰┨▪

「そん████████████████████████████」

━━━━━━━━━┷╂

「████████████こと。ずっとね」

┸────────┼┬┝╂

「僕の████████████████████████無く、███。それが僕の夢で目的で。悲願さ。」◢◣┝┝┝┰┯┬┴


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◼◼◼…。


やっぱり黙ったままの僕に、彼女は子どもの熱を測るように、自分の額と僕の額を触れ合わせていた。


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ハンバーガーもポテトも食べ終えて、

ジュースもやかましい音が鳴るまで飲み干して、店を出た。

外は喋ったから食べ終えた時には、もう三時。

夕飯はちょっと遅くなるなコレ。


「あそこに行きたい」


「ああ。行こうか。」


​コーヒーは胃の中に潤沢だ。

目が冴えてる。


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機嫌を損ねたかと思ったけど、そんなことは無いようだ。

それは良かった。関係良好は有難いこと。


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夜。


「申し訳ない」

それでも僕は謝った。


「どうして?」

前提を言いそびれた。


「昼食の時の事さ。僕は君に話すと言いながら結局言えないままだっただろう?それを謝っているのさ。」


「いいよ、私も覗いてしまったし。ゴメンね」


「君は優しいね。」


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…。


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「サリンは賢いね。」


「そう?」


朝食を食べながら僕は彼女を褒めていた。

「ああ!だって新聞のクロスワードパズルを、あんなに楽しそうに解いて見せたじゃないか!」


「それに解いた後も別の単語が入るかもしれないって言って、何度も頭を巡らせていたし、それを賢いと言わずしてなんと言うんだい!」


「そうね、賢いと言わずになら。」


「おおっと!なんだい?なんだい?」


「████████」


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寝ていたようだ。

計画は概ね揃ってきた。


僕には奇跡がある。けれど万能はない。

だから揃えなきゃ。


だから揃えたのさ。

こんな夜遅くまで、忍んで、ランプの温かな光に撫でられながら。


ふと動かした右手の甲にインクの瓶が当たる。

「おっと、危ない危ない。いや、奇跡が起きたね。」


ペンをしまって、瓶に蓋をし、火を吹き消した。


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そうね。賢いと言わずになら、


「『まだ遊びたい』」



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エーニョルの地下にはガスパイプが張り巡らされている。

とはいってもそれだけじゃダメだ。


だから三日かけて燃料を敷いた。


下水道、路地裏、箱詰めでばら蒔いて。

それだけじゃ足りない。

だから夜遅くまで起きていたのさ。


特別な泥を作るために。

そして観光地特有の汚れに紛れるように。

道という道に、国中、巡らせた。


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昨日買った黒い帽子をクルクルと回し遊びながら提案した。

「さて!次の国へ行こう!」


「ええ」

彼女は差し出した僕の手を取った。


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荷造りをして


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切符を買って


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二人、個室に座った


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彼女は唐突に、こう言った。

違うかな。

唐突にというのは今まで黙っていたのが、急に饒舌になったという事ではないよ?

僕が考えもしないタイミングで・内容を言われたという意味。


膝の上に残っていた僕の右手を握って、こう言った。


「私は、どこまでも。きっと必ず。」


「ずっと。」


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出発


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……


はるか向こうに国が見える。

今は夕日が燃えるような空を作る時間。


国も地平に近づいていくとまるで燃えるように輝いて見えた。


今日は一段と、輝いていた。


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『まもなく、ロネウ。ロネウです。』


ロネウ、フラネス国に入った。


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「降りようか。サリン」


「うん。」



「君に伝えておきたい。」


「何を。」


「覗いたやつの事さ。ちゃんとね。」


「分かった。…早くね。」


「ああ。」


「僕はね。アダムだ。」


「奇跡と必然のアダム。」


「泥の王じゃなくて?」


「ああ。それもある。」


「最初のアダムは土でつくられた。」


「けれど僕は泥で作られたのさ。」


「何千万ものが宿る泥でね。」


「恐ろしいね。」


「そうとも。」


「僕はアダム。泥の王。」


「僕はアダム。奇跡と必然のアダム。」


「僕はアダム。眠らずのアダム。」


「だから僕はね。サリン。」


「皆を起こしてやるのさ。そして、」


「僕一人だけで眠る。」


「それが僕の夢なんだ。」


「悲願なのさ。」


「それでも私は、ずっと一緒。」


「それは、君に任せるよ。」


「でも感謝するよ。」


───────




二人は列車を降りた。

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