森羅万象オヤジ

第1話

ありゃなんだ。今は通天閣より人気よ。宗教みたいにもなっておる。ありゃなんだ。黒いのか白いのか。もやもやして。なんだかわからん。でもん、あいつは吉田じゃ。

吉田ぁ、うだつの上がらん男じゃった。日雇いでなあ。たまに一緒に飲んどった。

この歳んなるとなあ、みんなそうじゃ。なんか食ったら、みな爪楊枝くわえとる。

歯に挟まるんじゃ。吉田は特にひどくてなあ。いっつもくわえちょった。

あいつも、もお、ひどのうてなあ。取るための爪楊枝がまた挟まるんじゃ。

それ取ろうとしてまた挟まる。あいつの奥歯に、ぎゅうぎゅうにぎゅうぎゅうにどんどん物が挟まるんじゃ。だけど一向に出てこない。あいつの奥歯は吸っとったんじゃ。物をなあ。それからどんどん吸い取って、あいつの内縁の妻言うんかな、和子さんゆうて。キスしたんじゃのおかなあ。あいつの奥歯に和子さんの舌が入って、そっからするすると全部入ってもうた。ありゃあ、一心同体ゆうんか。あいつら喜んどってなあ。男か女かわからん。声が男と女をずーと、行ったり来たりや。おいらには気味悪かったがのう。

そっからあいつは、ゴミだなんだ、人だなんだ、とにかく何でもかんでも吸い取ってなあ。あいつなりに役に立ちたかったんやろ。表のもんも、裏のもんもとにかく吸っとった。

ほいであいつは、美しいだ、醜いだ、でかいだ、小さいだ、なんだかんだと言われとるわけや。とにかく全部や、なんて言われてなあ。神や、言うて崇められたりしとってなあ。まあ、あいつは吉田なんやけどな。

そんなん言うとったらな、あいつ喋り出しよったんよ。ぎょうさん、人に囲まれてな。あいつ言うたこたぁなあ、よう覚えとるわ。脳に染み込むゆうんかなあ。

「全部の中に“全部“はない、森羅万象の中に”森羅万象“はない、私の中に”私“はない。私は私を飲み込むのです。」

そんなん言うてなあ、ありゃあ吉田やった、わしにははっきり見えたんよ。吉田がなあ、自分の奥歯、自分の指でほじったんや。ほいだらなあ、あいつ奥歯の中にするすると飲み込まれてなあ。消えてしもうた。