エピローグ(後編)

「鞄、ほら」


 杏子は普段と何も変わらない様子で接してくれた。私はありがとう、と小さく呟き、鞄を受け取った。格式の高そうな黒いドレスと相まって、彼女がどこかの救世主のように見えた。


「あの二人、まだ会場にいると思うよ」

「うん」

「行ってきたら?」

「でも……」


 そう俯く私に、杏子は優しく背中を叩いた。


「祝福、してあげたいんでしょ?」


 その言葉で、私はようやくどうしてこの場に来たのかを思い出した。そうだ、ちゃんと祝ってあげないと。


 昔から、康太の恋路を応援するなんて言っておきながら、結局嫉妬して、玉砕して、終わってしまった。だけど今なら、心の底から祝える。まだ、言葉を言えてない。


「ありがと。ちょっと行ってくる」

「おう、頑張れ」


 杏子のおかげでまた前を向けた。私は人混みをかき分けて会場に戻った。まだ2人の姿は残っていた。よかった、という安堵と主に自然と口角が上がる。


「康太! 楓さん!」


 私は叫びながら2人の元へ走る。ずっと、言いたかったんだ。高校の時からずっと。あの時はまだ認めたくなくて、でも今はちゃんと受け入れられていて、だから、ありったけの想いを言おうって思ったんだ。


「結婚、おめでとう!」


 2人の姿を見ていたら、なんだか涙が出てきた。マイナスな感情からではない。自分でもどうしてこんな風になっているのかよくわからなかった。


 祝福の言葉の後はさっきの式の謝罪だ。でも当事者たちはあまり気にしていない様子で、むしろあれくらいの方が胸に突き刺さった、と楓さんは語る。この人は想像以上に肝っ玉だ。下手をすれば自分たちの大切な結婚式が台無しにされていたところだったのに。


「嬉しかったです。ようやく私に本音で向き合ってくれたんだって」


 そう言われればそうだな。今までずっと楓さんから逃げていた。嫉妬の対象にしていた。でも考えてみれば私には楓さんに勝てる養素なんてない。強いて挙げるなら康太と一緒にいた時間だろうけれど、今はもうきっと楓さんの方が上だ。どうあがいても彼女に勝てそうにない。


「楓さん、康太のことちゃんと幸せにしてあげてね」

「もちろん。でないと私朱莉さんに顔向けできませんもの」


 いつの間にか私のことを下の名前で呼ぶ楓さんに違和感を覚えなかった。


「おいおい、それ俺に向けてのセリフだろ?」

「アンタにはさっき言ったからナシ」

「そんなのありかよ」




 こうやって3人で話すのなんて昔だったら想像もできなかっただろうな。ともかく、心から祝福できて私はよかった。これでもう思い残すことはない……いや、あとは康太よりも素敵な人を見つけることくらいか。結構ハードルが高そうだぞ。大丈夫かな。


「2人とも、改めて結婚おめでとう。末永くお幸せにね」


 私は笑った。こんなにカラッとした気分で笑える日が来るなんて、夢にも思わなかった。康太がもう近くにいないのは少し寂しいけれど、でもいつまでも引きずってちゃダメだから、そう思えたから私は前を向けた。そのきっかけをくれたのは康太だ。




 いつか、康太よりも幸せになってみせる。




 それが、今日からの私の恋路の目標だ。

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初恋 結城柚月 @YuishiroYuzuki

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