部屋への鍵
⑤何やってるんんですか?/鍵
やり方を教わり、二人で一、二時間作業をしていた頃に、ショーンがちょろっと抜けると言い、腕を頭の上に伸ばしてから出ていった。僕はまだ集中力も切れていないし、一気に終わらしてから休憩に入ろうと思い、一緒には行かなかった。
黙々と手を動かし、どのくらい経ったか忘れた頃、ドアのノックオンが聞こえ、そう言えばショーンがまだ戻ってきてないことを思い出す。やっと帰ってきたかと思ったが、来たのは違う人だった。
「ねぇ、磨き終わった? 終わったらすぐそれ、廊下に飾りたいんだけど。……って、あなた、今朝挨拶してた新人さんよね。たしか……」
「フロンと申します」
「そうそう。そうだったわね」
ドアを開けたメイドは親しみある雰囲気で、話しかける。物怖じしないその感じは、家政婦の下に付き、ハウスメイドの長にふさわしい人だった。
「あなたも初日から一人にされて大変ね。さっき、ショーンがこんな時間にメイドにちょっかい出しての見たわ。ほんと、バカなのかしら」
「ちょっかいって……?」
「してるってことよ。急いでるから、遠目だったし注意せずにこっち来ちゃったけど」
「大丈夫なんですか?」
「ショーンだし? みんなあしらうのにはある程度慣れてるけど。執事もハウスキーパーも、手を焼いてるの」
逆に言うと慣れるほど、やられてるのか。慣れているとはいえ、嫌なことには変わりないと思う。彼女はため息混じりに、手に取り、手持ち無沙汰と職業の癖か、話しながらも僕の作業を手伝ってくれた。
それを聞いただけで、無性に虫の居所が悪くなった。そう言うのは、心底嫌いだ。冷静にいようと思ったけど、思った以上にイライラしているのかもしれない。
ちょっかいだけなら良いけど、彼女の言い方だと多分、そんな可愛もんじゃないんだろう。どこかの屋敷でも、自分の役職を傘にメイドを口説いて、妊娠させて、捨てた話もある。女性は屋敷には居られず、お腹の子を抱え田舎に。父親は誰か明るみに出ないまま、のうのうと屋敷に留まって働いたーー。
貴族との身分差の恋愛だとか夢物語が語られるけど、現実なんて所詮こんなものだ。
「執事に相談しても駄目なんてあります?」
「注意はしてくれているけど、ショーンってフットマンみたいなものでしょ? 接待役としては、屋敷の顔としても良いし、なんせうちは人手不足だから。どうにもね。要領は良いの、ショーンは」
「……」
あぁ、ショーンが聖書を見て嫌な顔をした理由はこれか。
そこまで聞いて、手を止めた。汚れるからいけないと思って、腕をまくっていたシャツの袖口を手早くおろし、手首のボタンをかけ直す。ネクタイを整え、廊下に出ても良い範囲の身だしなみを整え、椅子から立った。
「そこは、どこですか?」
「西側の階段の裏よ。分かる?」
「覚えました。呼び戻してきます」
「そう。なら頼むわね。味方が増えてくれて嬉しい」
「仕事が途中ですみません」
「そんなことは、いいわ。行ってきて」
止めてきてと、お願いされたわけじゃないけど、知らないふりをして、仕事を続ける事は出来そうになかった。
言われた通り、西側へと迎と話し声が聞こえてきた。若い女性の声とショーンだろう。
「どうせ、大した仕事じゃないじゃん」
「勝手に決めないで下さい! やらないと、ローズさんに叱られるのは私なので、良いからそこどいてください!」
見た感じ十六歳になるかくらいの子か。箒を手に持ち距離を保ちつつも、腕の長さの差かショーンは少女の手を掴みかける。ショーンがどこまで馬鹿なのか、見定めようと思ったけど、証拠を得るには十分過ぎた。多分、相手にはみんなしないだろうけど、なかには、あしらうのは難しい人もいると思う。実際、この子みたいに。
「女の子捕まえて何やってるんですか、先輩」
腕を捻り上げ手首を締めると、いてて…と大袈裟に声を上げた。その割にはその体勢のまま、「俺は、女の子の歳なんてこだわらないぜ?」と悪びれもなく言う。やっと観念したようにメイド服を着た少女手を離したので、僕も手を解放した。
「仕事終わったのか、フロン」
「他人に仕事押し付けて何言ってるんですか」
ショーンは着崩れたネクタイとジャケットを整えると、何事も無かったように先輩面をする。席から離れる時、煙草かなにかだと思って、そんなに時間かからずに戻ってくるだろうと思ったのに。この人は本当に新人を置いてなにをやってるんだか。よりにもよって、こんな……。
「無責任な事はやめてください」
「そう怖い顔すんなって! すぐ仕事戻るからさ」
「仕事を抜けたことよりも、遊んでる内容にです」
「お前は堅いなー。屋敷で働きっぱなしじゃ、出会いもないだろう。正式にフットマンになったって言うのに、もっと気を良くしてくれてもいいのにな」
ぶつぶつ言いながら、ショーンは作業部屋の方向へ歩き出す。
「まぁ、良いや。サボって悪いことしたな。お詫びに今度はお前、そのへん遊んでて良いよ」
執事でもあるまいし、誰の権限で言っているんだか。それじゃお詫びにもならないよ。僕もショーンを止める役目は済んだし帰るかと思って、場を離れようとしたら、いつの間にか背中にいた少女が袖を掴んで、僕の足を止めた。
「ねぇ! もしかしてフロンお兄ちゃん?」
「そ、そうだけど……」
親しげに話しかけられ、ついこちらも自然に言葉が砕けてしまった。この感覚、どこかで。まじまじとみると、孤児院で一緒に過ごした“妹”?
「やっぱりそうだ! フロンお兄ーー!!」
言いかけたディナの言葉を、しーっと口元に人差し指を立てて急いで遮った。感動の再会だけど、ごめんって。
「僕らが知り合いだと気づかれると、ディナも怒られるよ」
人目を偲んで歌姫探しをするという、危険行為。この先の僕のしようとする行動を思うと、僕一人が単独で行動してる風に見せないと、ディナまで罰を受けることになる。もごもごしたディナは、それでも感動を抑えられないのか、目を輝かせぴょんぴょん飛びはなる勢いだ。三つ編みで結われた薄茶色の髪の毛が、馬のしっぽみたく左右に跳ねている。
でも本当に、まさかディナまで居るとは思わなかった。
ディナはあの頃より背が伸びていた。それもそうだ。このくらいの子は育ち盛りだ。それに食べさせてもらえてるのか、前よりも健康的になっていように思う。それでも同じ歳の子と比べれば、一回り身体は小さそうたけど。
メイド服を来て、普通に廊下などで仕事をしている所をみると、ディナまで一緒に監禁されているような状態ではないと分かって少し、ほっとした。
「ひょっとして、ライアお姉ちゃんに会いにここまで来たの!? うそでしょ! 夢みたい!!」
勘がとてもいいのか、それとも僕がわかりやすい人間なのかディナは当たり前のように、言い当てる。年下にまで、ここまではっきり言われると、少し気恥しさを感じた。だけど、こんな階段の裏で、誰がいつ来るか分からないのにのんびり話してる余裕もなく、気持ちをすぐに切り替えた。
「ほかに孤児院から来てる子達はいるのか?」
「ううん。あたしと、ライアお姉ちゃんだけ」
「……そうか。ライアにはどうしたら会える?」
「どこに居るか、知りたいよね。でもその前に聞いて」
ディナの顔色は打って変わって、悪くなる。躊躇いながら続けた。
「“歌姫”に会うのも、話すのも禁止。もしばったり会ってしまったら、一言も話さずにその場を速やかに立ち去るべし。ーーそれが、旦那様が使用人課したもの。お姉ちゃんは今、名前も誰にも呼ばれてないよ、あたし以外に。……会うのは大変だけど、覚悟は良い?」
「あぁ。そのためにここまで来たんだ」
ここまで来て、逃したくはなかった。じっと見つめるとディナは、ゆっくりと頷いた。
「……会えるタイミングは、朝。日中はお嬢様が使っていた部屋から出れないから、許されてるのは早朝の蔵書室だけ。メイドさんが掃除に入る前に、戻って帰ってきてね。絶対に、誰にも見られないように」
蔵書室。あの孤立して建てられたあの場所か!
思わぬ収穫だ。おかげで不審に探し回らなくて済む。
「ディナありがとう」
「もう一回言うけど、絶対に気をつけてね。だけど絶対絶対、ライアお姉ちゃんに会ってあげてね。ずっと待ってたから」
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