第61話 バスキア宣言③(提案するバスキア領主 前編)

 そもそも俺は、バスキア領の処遇を話すために来たわけではない。この場で俺が話に来た内容はもっと別の内容である。


「よくわかりませんが、自由に領地開拓できないなら、自由に領地開拓できる場所に行って暮らしますよ。昔のバスキアみたいな場所でもいい。きっとやりごたえがある。もとより俺は根無し草、冒険者ですからね」


「冒険者ギルドから追放されて、冒険者ではなくなったではないか!」


「そうだった」


 中央官僚の一人に突っ込まれる。そうだ、冒険者じゃなかった。追放されたんだっけ。まあいい、そんなのは些末なことだ。格好はつかなかったが俺の意見は変わらない。


「ちょうど俺も、難民たちや賊たちの面倒を見るのが嫌になっていた頃です。監獄の囚人たちを閉じ込めておくのも一苦労でしてね。ようやく解放される。後任の方にバスキアを任せましょう」


 それを口にすると、急に中央官僚たちが鼻白んだ。


 これは嘘である。だが、はったりを効かせるには丁度よい。

 元々バスキアの地といえば、無法者が集まり、誰も支配できなかった土地である。その上さらに、王国の各地から凶悪な罪人やら難民やらを押し付けてられてきたのだ。そんな彼らが自由になってしまったら、何が起きるか分かったものではない。


 エルフやドワーフはまだよい。ゴブリンやコボルトなんかもいるのだ。ましてや家畜に魔物を飼っているという。これらが解き放たれたらどんなことになるか、想像もつかないだろう。

 王国全体の面倒なものごとを全部一手に担ってきたのだ。果たして、俺がいなくなったらどうなることやら、中央の連中は必死に考えているに違いない。

 まさかバスキアの治安の悪さに助けられる日が来るとは思ってもなかったが、事ここに至っては切り札の一つとなっている。


 奇妙なことではあったが、俺がバスキア領を引き続き統治することを万人が望む状況になりつつあった。


「待たれよ! まさか貴様、領民を見捨てるつもりか! 今お前は出て行くと言ったが、それはすべての業務を後任の者につつがなく引継ぎ、問題なく領地を回せるようになってから出ていくのだろうな!?」


「領主じゃなくなるんでしょう? ならその義務はない。それに、あなたは同じことを部下に言えますか? すべての業務を部下につつがなく引き継いで、問題なく回せるようになるまで出世は諦めてもらうことになりますが、よろしいので?」


「む……も、問題はない!」


 貴族の一人が即座に食いついてきたが、屁理屈でやり込める。即座に言い返してきただけ立派だが、気圧されている時点で俺の勝ちだ。

 何か反論をされそうだったので、俺は即座に話をすり替えた。


「そうですね、じゃあ民を見捨てることがどれだけ悪いのか、ちょっと俺に教えてください」


「当たり前だろう! 貴様、貴族の原則を忘れたか! ノーブレス・オブリージュ、我々優れたるものには優れたるがゆえの責任がある! 無辜の民を守り、暮らしを保護するからこそ、民に慕われて領地の主たらんとするのだ!」


 今度は別の貴族が胴間声を張り上げた。図体だけは立派なやつだった。この場で口を挟んで、活躍を偉い貴族たちに見せびらかそうとしているのだろう。

 だがこの発言は罠である。何人かの官僚貴族はしくじったような顔をしていた。気付いたらしい。


「なるほど。ですね。無辜の民を守る必要がありますよね。そういえばバスキアの地には、守ってもらえなかった・・・・・・・・・・無辜の民が何人か流れ着きましたが、彼らはどうです? 貴族の原則を守らなかったやつがいたと?」


「む、それは、その場合における、いわゆる、つまり……!」


「端的に言います。過去にとある少数民族・・・・・・・がバスキアの地に放逐されましたが、その決断をしたものを批判していますか? 貴族の原則を破ったと」


「!」


 俺は言外に、その議論は危険だと匂わせた。

 この文脈で俺が揶揄したのは、過去のリーグランドン王家である。ある意味、民を見捨てて西の僻地バスキアに捨て去ったのだ。一度見捨てられた民たちは当時の王家の行いを深く覚えている。それはこの場にいる官僚貴族たちも同様である。どれだけ隠そうとしても、歴史の記録に残っているのだ。


 これ以上の追及は王家への批判となる。

 迂闊な言葉は命取りとなる。と、俺は言葉に含みを持たせたのである。

 中央官僚の貴族たちにとって、この皮肉はかなり効いたようであった。

 事実、国王の不興を買わないために、中央貴族たちは矛先を変え始めたのである。


「……領民を守る義務だけではないぞ、アシュレイ卿。そなたには、王国議会より申し渡された仕事があるではないか」


 また別の宮廷貴族が、苦々しい口調で別の話題を持ち出してきた。

 そう、それこそが下水整備の議決。明らかな内政干渉で、無茶難題でありながら、今でもバスキア領に対して効力の残っている公的な書面でもある。

 議論に窮したとき、向こうは必ずこの文面に頼ってくると俺は読んでいた。そして読み通りの展開になった。


「下水工事についての議決。まさか貴殿は、これを無視するわけではあるまいな? バスキアの地を治め、これを見事に成し遂げてみせよ。それが貴殿の贖罪の唯一の方法である」


「? それは後継者にやらせればよいのでは? 何故俺が?」


「貴殿に! 責任があるのだ! もう一度文面を読み上げようではないか! "バスキア子爵の過去の仕事である、王都下水道の清掃の貢献、ならびに自領地内の用水の見事なることを鑑みて、これを賞賛する。よって周辺領地である、アルチンボルト領、ボッティチェッリ領、デューラー領、ブオナローティ領、これらとバスキア領をつないだ大掛かりな下水用水路の工事を認める"……とな! つまりこれは貴殿の義務である!」


「はあ」


 一旦とぼけてみたが、予想通り相手は責任を追及し始めた。

 責任がある、だから仕事をする必要がある。理屈は分かるが、勝手に領主を辞めるのを思いとどまらせるための強引な言いがかりである。

 だが、その話題になるようにさり気なく誘導していたのも俺である。


「つまり、バスキア領には責任がなく、俺個人に責任があると断言するのですね?」


「……それは」


 束の間の逡巡。領土に紐づけるか、個人に紐づけるか、どちらにせよこの場で即答するのは難問である。どちらにしても屁理屈を練られて抜け道を見つけられそうなので、この場では無難な回答しかできない。

 すなわち。


「……責任は、領地と貴殿個人と一体である。責任を果たすまでは、かの地を統治する仕事を放棄する権利はないと心得よ」


「? つまり、この仕事をやり遂げたらこの地を統治する義務はないと?」


「! いや、そうではない! この地を平定し、安全を維持し続ける義務は残り続ける!」


「何が根拠です? 何によってそう義務付けるのですか?」


「そ、それは……っ」


 詳細を詰める。向こうの魂胆は透けて見えた。

 バスキア領を王家直轄地としたいが、引き続き俺がバスキア領を統治し続けて欲しいと言っているのだ。非常に都合のいい発言だ。いわば、美味しいところだけを奪い取ろうとしているだけ。そんな中央貴族の姿勢がどんどん明らかになっていく。


 あえて一言言うならば、俺に責任を紐づけるための、とても簡単な理屈は存在する。

 それは封建領主としての義務。つまり、領主なのだから・・・・・・・領地に責任を持て、という大陸全土で常識とされる考え方である。

 でも、それをこの場で口にすると駄目なのだ。

 なぜなら、あくまでバスキアの地は王家直轄地にしなくてはいけないから。俺の領地にしてはいけないのだ。


 頭に血の上った官僚の一人が、とうとう過激な発言を口にした。


「とにかく! アシュレイ殿! 先ほど国王からの勅命は下ったのだ! これに従わぬとあらば、国家反逆罪を適応する羽目になるぞ!」


 それはつまり。

 処刑の宣告にも等しい発言。

 だが非常に矛盾した言葉でもある。事実、諸侯たちも顔をしかめていたが、中央貴族たちの方が動揺を隠せていない。


 なぜならバスキア領をこの俺が統治しなければ、バスキア領に唸るほどいるならず者や流れ者を御することができるものが、一人もいなくなってしまうからである。唯一彼らを従えることができる俺を処刑するだなどと仄めかすとは、悪手にもほどがある。俺を殺したところで何になるのか。誰が得するのか。

 そんなことも考えずに感情に任せて、俺をただ脅すために、そんな危うい言葉を口にしたのだ。


 さらに、もしかすれば。

 話の流れ上、王家と俺の対立が決定的になってしまうかもしれない。そうなれば最後、何が起きるか。


(俺がこの場で反乱を起こして、実力行使に出るかもしれなかったんだぞ。国家反逆罪になるならばいっそ、と思い立って、国王を人質にしたり、もしくは国王を暗殺していたかもしれないのに)


 場が凍り付く。

 それだけの力が、俺にはある。

 正確にはスライムが恐れられているのだが――当のスライムは、俺の頭の上でふよふよと揺れて遊んでいた。呑気な奴だ。


「……なるほど」


 長らくの沈黙の中、俺は短い言葉だけを口にした。


「それが、官僚貴族の皆様の総意だと思って、よろしいですか?」


 違う、と途端に否定する声が飛んだ。場が急に荒れる。

 中央官僚たちが好き好きに意見を飛ばした。


 これはあくまで言葉の弾みである、と。

 あやつは血気盛んだから苛烈な言葉を望んだだけで、この場の総意ではない、と。

 補足させていただくが、バスキア子爵のたぐいまれなる貢献と能力がなければ国家反逆罪もあり得るが、子爵だからこそすべて許そうじゃないか、と。

 国家反逆罪とまでは言わないがその反骨的な態度は何らかの方法で雪ぐべきだから、大人しくこの場はしたがっておけ、と。


 好き放題にあれこれ言いだしてまとまりがなくなり始めた。好機である。俺はこれを待っていた。


「なるほど、中央貴族の皆様の意見はまとまっていないようですね。総意をまとめてから出直してもらってよいでしょうか?」


 実質、王の言葉を水に流すような提案。王家の顔に泥を塗るような話だ。

 だがしかし、俺は今なら捻じ込めると確信していた。


 何故なら、国王陛下自身が、この場の仕切り直しを望んでいるようにも見えたからである。王家の顔に泥を塗ったのは、あくまで中央に勤める官僚貴族たちである。俺の過激な言葉は、その過激さに反して結局それほど追及されなかった。

 それに今の俺が何をしでかすか分からない、というのも大きかっただろう。


 俺の発言は、後日にでも不備を突いてまた別の交渉材料にするに違いない。そのためには、一旦仕切り直すという俺の発言は渡りに船だったのだろう。


「……よかろう」


「陛下!?」


「此度の話は非常に難解である、論点の整理のためにも時間が必要であろう。よい、場を改めようではないか」


 幸運である。本音を言うと、かなり危ない橋を渡ったと思う。

 今回は、相手を焚きつけた結果、勝手に前のめりになって倒れてくれただけだ。

 功績を上げようと、活躍を見せつけようとして、迂闊な発言をするやつを誘って正解であった。


 事実、途中までは絶望的だったこの話し合いが、かなりいいところまでもつれ込んでいたのだから。

 場が弛緩する。

 失望、落胆、あるいは安堵。

 いずれにせよこの場は、大きな山を乗り越えたような雰囲気になりつつあった。


 今ならいける。

 ここで俺は、かねてより温めていた二の矢をつがえて飛ばすのであった。


「それより王様、さきほどの俺のように、"お前の指図は受けない"だとか、"独立してやる"だとか、有力貴族に言われてしまったとき、どう対処されるのですか?」


 空気が再度凍り付く。王の許しを得ずに、直接王に話しかけるという無礼行為。

 賽は投げられた。

 ここからが本当の勝負である。


「俺には妙案がありますよ。そういった離反を防ぐとっておきの方法がね。そう、王国のこれからの安寧と繁栄のために」






――――――

 次話はチマブーエ辺境伯の構想の一部が書かれます。アシュレイの具体的な提案が出るのはその次になります。

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