第60話 バスキア宣言②

 3490日目。

 王国における裁判とは、権力者による力の証明である。もめごとを仲裁することは、強大な力を持つものであるからこそ可能なことであり、逆にいえばそれだけ国王の権威が強いことを示す場でもあった。


 裁判所としては、国王裁判所としてのリーグランドン最高法院が存在し、その下位として辺境伯が有する領邦裁判所、さらに下位として各領主の有する封土裁判所が存在する。

 国家によらない裁判所としては教会裁判所が存在し、教会の権威をもって、神明裁判、もしくは合理的な証拠裁判を研究していた。


(だけど、今回の俺の例は、そもそも裁判にすらなっていない。影響が大きすぎてだれも手をつけられていない)


 今回の例は特殊である。"魔物の巣窟である迷宮を不安定化させて、大陸を危険にさらした罪"と"大精霊を発見した功績"がちょうど両在する。そして裁判で決着させるような二者間の係争がない。


 ゆえに、王の間にて、中央貴族たちと有力諸侯たちが集い、話し合いをもって沙汰を決めることになった。

 端的に言えば、"バスキア領の扱いをどうするか"という話である。


「此度の罪は看過できない。バスキア領の取り潰しが妥当である!」


 中央貴族の意見は苛烈を極めた。

 あまりにも強引な意見だが、それだけの危険を王国に招いたことは事実である。実際のところ、俺が全く迷宮に知識のない素人であれば、あのまま魔物の大群暴走スタンピードを引き起こしていた可能性は高い。迷宮内部の魔力の通る動脈に白銀の楔を打ち込んで魔力を逃がし、スライムによって魔物を片っ端から処理していたからこそ無事に何の被害も出さずに終わったのだ。


「そもそもの話、領地の統治さえまともかどうか怪しい。此度の経済混乱を招いたのは、計画性のない領主による無節操な施策が原因である。事実、物価が跳ねあがって領民の生活を圧迫していると聞くぞ! 領民を救うべく、この領主は排除すべきである!」


 朗々と語る中央貴族たち。

 事実、取り潰しにして王家直轄領になれば、中央貴族としては利権が広がる。バスキアは単なる子爵領ではない。たくさんの利権がバスキア領には詰まっている。


 一方で、この過激な糾弾は、諸侯たちの反発を招いた。

 矢面に立つのは、政界の化け物である"猛牛"チマブーエ辺境伯である。


「直接の迷惑をこうむったのは、私が総督する王国西部の領邦に限ります。さらに言えば、迷宮倉庫を借りていた商人たちのみが影響を受けたものです。彼らへの賠償はすでに迅速に解決していると聞きます。であれば、謝罪金を王家に支払い、手打ちとすべきです」


 諸侯らはチマブーエ辺境伯の意見に賛同していた。

 貴族所領の取り潰しを防ぐことで、大きな借りをバスキア領に与えたいという思惑がある。それに、そもそも中央官僚によって地方領地を取り上げるような前例を増やしたくはない。

 このまま取り潰しになったところで旨味がないのだ。


「そもそもバスキアの地は、何物も統治を成功できていなかった未開拓の地です。それを統治せしめて、とうとう王国にとっても肝要となる貿易港を作るまでに至ったバスキア城伯の功績を称えるべきです」


 確かに、凶悪な盗賊や海賊を服従させ、広い街道を作り、貿易港を開いた功績の一切を称えられることはなかった。

 何かしらの恩賞があってもよいと思うが、貰ったものは"難民保護卿"というよくわからない称号と大勲章のみ。

 名目上は、"難民をまとめてここまでバスキアを発展させたから勲章を授ける"とひとまとめにされてしまったが、三回ぐらい勲章を受賞してもいい内容だと思う。


(そもそも、大精霊を発見した功績を全然称えてもらってないんだよな……)


 迷宮を不安定化させた罪と棒引きになったのだろうか。

 であれば、ここで糾弾している"迷宮を不安定化せしめた罪"とは何ぞや、となるが。


 喧々諤々。議論は紛糾して、まったく議論になっていない。

 いちゃもんをつけたいだけの中央官僚がいる。逆に、正当な規範に則って裁くべきと主張する中央官僚もいる。

 どちらも領地取り潰しを主張しているが、諸侯派の強い反発にあって話が進んでいない。


 議論が膠着し、そろそろ退屈になってきたところで、突如甲高い木槌の音が響いた。

 王の間が一瞬にして静まり返る。この場において木槌ガベルを鳴らすのは一人しかいない。

 リーグランドン国王、ギュスターヴ陛下。

 この場における重要人物の一人である。


「静粛に。両者の意見はよくわかった。……だが今後のバスキア領における観点が抜けておる」


 国王は、ここに至ってさも重要なことを指摘するような口振りで述べた。

 今後のバスキア領について。紛糾していた議論を仲裁するような口の挟み方だったが、俺にはそれが、どうにも信用できなかった。


「此度の議論は、何も罪を糾弾するためだけの場ではなく、建設的な議論もまたあって然るべきである。いくつか問題はあれど、バスキア子爵の能力は疑いようもない。よって判断は、規範的に罪を裁くことのみにあらず、将来のバスキア領、そして将来のリーグランドン王国にとってより良いものでなくてはならぬ」


「は! 報告させていただきます」


 出てきたのは、中央官僚の一人。手元には何やらよくわからない資料を持っており、あたかも調査は完了している風体を装っている。


「このままバスキア子爵に領地を任せた場合と、王家直轄地になった後とを比較すると、王家直轄地にしたほうがよろしいかと考えます。

 各諸侯の発言通り、バスキア子爵の領地経営の能力は、一定の評価が認められます。一方で、迷宮開拓における失敗や、経済的な混乱を招いたことは、あくまで領主の独断で行政を行ったことによる結果であり、中央官僚から適切な相談役や顧問を就ければ、お家取り潰しとまではしなくともよろしいかと。

 よってバスキア子爵は封建領主ではなく、中央から派遣された、王家直轄地の政務官となって引き続きバスキア領を開拓する任にあたるのが妥当だと考えます。爵位を取り下げたりする必要もないでしょう」


(なんだそれは)


 お家取り潰しとまではしなくとも、封建領主ではなく政務官に格下げとすることで手打ちとする、という中間策のような発言。この場の紛糾を収めるような采配のようにも聞こえる言葉。

 だが、最も重要である「封建領土」から「王家直轄地」という変化に、諸侯は色めき立った。事実上、王家が土地を強引に簒奪した形になる。


「封建領主としての権利を剥奪することが、地方領主に対する、何より厳しい処罰だとご存じの上での発言でしょうか」


「厳しい処罰ではありません。むしろ栄転です。地方領主としての子爵位から、中央官僚としての子爵位となりますので、爵位の格としては昇爵に近い扱いかと。それに、領民の生活を守ることは貴族の何よりの義務です。義務あっての立場。ですがこの度、迷宮荘園の経営のみならず、経済施策についても、バスキア子爵の統治能力に一抹の疑義があった。であれば何かしら相談役や顧問をつけるのが妥当です」


(その相談役代わりだったのが、寄親であるチマブーエ辺境伯だったんだけどな)


 想像以上に苛烈な方向に議論が進んでいる。だが諸侯派は、大義名分である"バスキア子爵の功績を無下にしてお家取り潰しはむごすぎる"という主張のほとんどを無効にされてしまった。今までの功績、そして能力への評価と、温情をもってお家取り潰しを免除する、ということになってしまっている。むしろ格の上では昇爵だ、と開き直られている始末だ。

 この論調では結局、バスキア領は王家直轄地に成り下がる他なさそうである。


 反論は出ない。

 否、反論するための正当な理由をほぼ切り崩されてしまった、と表現するのが妥当かもしれない。


(なるほど、用意周到だな)


 もう少し食い下がることはできる。だが、向こうはあたかも譲歩した体を装っている。一方でこちらは譲歩できるものがない。議論は長い平行線になるだろう。


 となると。

 俺の結論はとても単純だった。




「……十分楽しんだ・・・・・・し、やめようかな・・・・・・




 沈黙。

 その場に参列している者たちが表情を変えた。誰もが耳を疑っている。

 俺の発言が衝撃的だったらしい。

 貴族らは、貴族だからこそ理解できないことがある。

 それは、爵位に価値を感じない人間がいるということ。


「実は爵位に興味がないんだ。貴族としての家格にも興味がない。自由に領地開拓をしたいだけなんだ。だから、"爵位を守り地位を保護してやろう"みたいなこと言われても、特に魅力を感じないんだ」


「……じ、自由に領地開拓はできるかと。政務官として同様に、領民の生活を守るための施策を行えばよろしい。何となれば、顧問や相談役がつけば前よりも政治の相談がしやすくなり、よりよい方向に統治を行うことができますぞ」


「より良くできる保証があるとでも? そんな人物がいるなら、どうしてバスキア領より発展成長した領地がないんだ? 王家の体面を気にしたり、中央官僚に気を使ったりする必要が増えて、より面倒になるだけじゃないのか?」


 中央官僚の一人が反駁を試みたが、俺は真剣に取り合うつもりもなかった。

 そもそも、顧問や相談役が本当に相談相手になる・・・・・・・のかさえ怪しい。俺がやることなすこと、危険だとか前例がないとか言って却下するだけなのではないだろうか。そして賄賂をもらったり利権にすることができる施策だけを認可するのではないだろうか。


「なので、本当に取り潰してもらえると助かります」


「……正気か?」


 ざわめきが大きくなる。

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