第59話 バスキア宣言①

 3467日目~3471日目。

(あんまり期待してなかったが、非常事態宣言の発令は出せないと言われてしまった)


 市場は、空前絶後の物価上昇に狂乱した。なんでもかんでも値上がりする。右肩上がり。単調増加とは言わないが、おおきく七曲りを続けて最終的に高値へと到達する。

 調査隊が来るまで数日、調査結果を中央に報告するまで一週間。

 この狂乱的な物価上昇を聞きつけて、急いで他領地からバスキア領まで物資を持ってくる商人たちも現れだすが、その物資が届くまでに一週間強かかる。


 つまり、あと一週間はこの狂乱相場が続くことになるわけで。


(どうする? 望み薄ではあるが、戦争の情報は虚偽情報だ、とみんなに伝えて、この狂乱騒ぎをやめてもらうか? いやそんなことで止まってくれるなら、最初からこんな騒ぎにはなっていない。となるともういっそ、悪手になることは目に見えているが、スライムを使って人々を払いのけて、取引そのものを強引に止めてしまうか?)


 色々と考えるが答えは出ない。

 領主権限で現在、標準価格からあまりにも乖離して高額となっている商品先物取引は差し止めているが、今度はその反動で先物取引の闇市が広がってしまった。ここからはいたちごっこである。闇取引の場所を見つけては摘発し、また闇取引が生まれる。

 そんなにぽんぽんと簡単に生えてくるものでもないが、そんなに簡単に発見して摘発できるものでもない。

 ここまでなってくるとおかしい。明らかに何者かが手を引いている。


 否、例の親書から考えるに、国王自身が糸を引いていると断じていい。


(完全にしてやられた。今回ばかりは打つ手もない)


 実は、さらに困ったことになっている。

 親書と立て続けに届いた手紙にて、王都への出頭を命じられているのだ。


 王都まで向かえば二十日程度はかかる。自領地内の経済混乱を理由にして出頭を拒否することもできるが、今回はさすがに議題が議題だけに参加は免れないだろう。

 "領地内の迷宮荘園の管理の甘さにより、二つの迷宮をつなげてしまい、大陸の治安を危険にさらしてしまった責任を今一度明らかとする"という内容。

 こればかりは拒否できない。というよりも、いつかは絶対に突かれると覚悟していた。

 だが、まさかこの頃合いで最大の切り札を切ってくるとは。


 何から何まで完璧な段取りに嵌められて、俺は舌打ちしたい気持ちになっていた。

 特に問題なければ、一週間後に経済混乱は鎮静化するはず。欲を言えば、それを見届けたい。伴って膨大な事後処理も発生するだろう。この二十日は、金より重い価値のある二十日だ。

 それを俺抜きで行うとなれば、バスキア領の行政はかなり混乱するはずだ。


 最悪のタイミングで的確に手札を切っている。

 これが政治か、と俺は舌を巻いていた。


(は、はは、いいぜ、出頭命令ぐらい応じるさ。俺に敵対してきたやっこさんらの面を拝むいい機会だしな)


 こめかみを抑えてうなだれていると、スライムが膝の上に乗ってきた。気を使われているらしい。どうやら俺は、意気消沈して、よほどひどい表情を浮かべていたのだろう。

 スライムの核をくすぐるように撫でつつ、俺は安心させるように言い聞かせた。


「大丈夫、処刑されたりはしないさ。仮にそうなっても、王国一つぐらいなら敵に回せる・・・・・


 半分冗談だが、半分は本当である。そもそもまだそんなに契約書は流通しきっていない。契約書に仕込んだ魔法陣は完成しきっていない・・・・・・・・・。願わくば、こちらの切り札を切らないように――と俺は祈るのだった。




 ◇◇◇




 リーグランドン王国の歩んできた歴史は、統治のあり方の歴史でもある。


 かつての古代帝国が、共和制から元首制へ、そして専制君主制へと政治形態を変えて、古代皇帝による栄華の時代が訪れて、やがて時代がすすんで、属州への影響が及ばなくなって複数の国へと分割されていき、リーグランドン王国が生まれた。


 王国の正当性を保証するものはない・・。跡継ぎ問題で揉めて、古代帝国が属州ごとに分割された当初は、どこもかしこもそのような時代だった。貴族としての正当な血統の証明と、教会による権威の保証。それのみが正当性を主張できる根拠だった。

 だからこそ逆に、白の教団は大きな権力を獲得したし、貴族は血統を重んじるようになった。

 教会と貴族を重視する――その考えが現在のリーグランドン王国にも息づいている


 リーグランドン王国は大陸の西方に位置し、比較的上手に国を運営した。専制君主制の時代の歴史書が現存する数少ない国として、リーグランドン王国の得た学びは「専制君主制の弱点を克服しよう」というものであった。


 専制君主制では、国王個人に権力が集中し、国王の判断によって国を経営するため、政策が失敗したときは王自身がすべての責任を負う。王の求心力が衰えたとき、諸侯の独立を招いてしまう。

 事実、古代帝国の滅亡後、大陸はどんどん封建制の考えが進み「国王は力が大きいだけの諸侯の一つでしかない」という考えが生まれた。力を持った諸侯が独立し小国がいくつも生まれた。

 だがリーグランドン王国はこれを上手くまとめた・・・・のである。


 土地を持たない官僚貴族。

 土地を持つ有力諸侯。

 二者の権力の均衡。それがリーグランドン王国の出した答えである。


 基本は、官僚機構を中心とした王政。

 国王を中心とする官僚機構が国を支配する形態。


 専制君主制では、政治の失敗はすなわち王の失敗であるとして、王家からの離反を招いた。

 だが、官僚機構による政治の失敗は王の失敗ではない。

 民は王政が長く続くことを受け入れ、象徴としての王を大事にし、そして政治の批判は官僚貴族にのみ向かった。

 これが、王政が安定する仕組みである。


 それゆえに王家は、官僚貴族を厚く遇し、ときには官僚貴族の腐敗を積極的に取り除いた。

 そして有力諸侯の子を官僚に迎え入れるなどして、血による貴族間の結束を深めた。すべては官僚機構の強化のためである。


 そして、四人の辺境伯と教会の聖職者を二名含めた六名による"選王侯会議"にて、王が正当に選ばれることで、王党派の権力が突出しすぎることのないよう、王と諸侯との権力の均衡をとった。

 結果として、中央は官僚機構が、領邦は選王侯がそれぞれ権力を持つことになった。


 だがしかし。

 このような政治の在り方は、とうとう終わりを迎えるのだった。


 後世の歴史書に、貴族の在り方を変えてしまったと記される「バスキア宣言」がなされたのはこの時である。

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