第55話 市場価格の変化の違和感・税制度の見直し・風俗産業とカルテル行為への徴税

 3419日目~3426日目。

 価格の推移こそ緩やかだが、やはり医薬品や食料品がよく買われている。

 これをもって戦争の気配と断ずるのは容易い。だが不自然なまでに価格が安く押さえつけられている。


(……? あんまり派手に買いあさらないということは、安く買い集めようとしているのかね。気にならない訳ではないが、相手の出方が分からないな)


 王国には、価格安定法というものがある。

 対象は、例えば穀物など、生活に必要不可欠な商品。需要供給を調節することで、価格の維持を図り、地主や農業経営者の利益を保護することが目的である。


 要約すると、小麦の値段が昨年よりも大幅に高騰したら、商人たちは王国の制定した標準穀物価格でしか売れなくなり、逆に小麦の価格が昨年と比較して大幅に下落したら、領主はそれを買い付けて一定の価格を守る義務がある、という法令だ。


 よく、"大飢饉になったけど、領主が倉庫から古い小麦を解放して、領民を救ってくれた"という話を耳にするが、あれはというと、この王国法が一因になっている。

 この法令によって、安くなった小麦を買いあさる義務があるから、倉庫に小麦が余っているのである。ずっと飢饉が来ない時は、古くなった小麦を一気に解放して領民を労うお祭りを開くこともある。


 この法令が、領主にとって非常に重い負担なのだ。これも王家の知恵。各諸侯の反乱を抑止するための、領地持ち貴族の力を削ぐための法令なのだろう。領地を持たない中央貴族たちと、中央から遠く離れた領地持ちの諸侯たちの対立も窺える、そんな業の深い法律でもある。


(……俺がもし大商会の連中の立場だとしたら、そうだな、値上がりしても値下がりしても得を取れるような立ち回りをするんだが)


 戦争の気配。しかし違和感が一つある。


 俺がどうにも尻尾を掴みあぐねている相手の正体。

 迷宮倉庫の在庫量の推移――もし本当に戦争が起きるのであれば、バスキア領から倉庫の貴重品を運び出すのではないだろうか?

 大手商会たちは自前の倉庫を持っているはずなので、そこに運び込んで保管する方が遥かに安全だと思うのだが。


(俺が乱心して、領主権限を強硬発動して、迷宮倉庫内の物品を差し押さえるという可能性は考えないのだろうか)



 3427日目~3441日目。

 戸籍謄本が正確になりつつあるおかげで、徴税の効率もよくなり、領内のお金の流れもどんどん追いかけやすくなってきた。別に大きな発明をしたり、制度の改革を施したわけではなく、単純に人力をつぎ込んで数値化し、グラフで可視化しただけなのだが、結果として、問題がどこにあるのかの分析が非常にやりやすくなった。


 税金にも複数種類がある。一つ一つを数えていくと、こんなものまで徴税しているのかと思うほど複雑な仕組みになっている。

 人頭税。住民一人一人にかかる税金。

 地代。農民が耕作する農地にかかる税金で、穀物で支払うか金銭で支払う。

 相続税。親が耕作していた土地、家、家畜などを引き継ぐときに支払う税金で、跡継ぎになるものがこれを領主に差し出す。

 施設利用料。パン焼き窯や水車、オリーブなどの圧搾機を領主から借りる時に支払う。

 結婚税。結婚するときに支払う。

 通行税。街道の関所を通るときに支払う。

 関税。流通する商品にかかる税金。


 窓税、暖炉税。文字通りで、家に窓や暖炉があると徴税の対象になってしまう。

 浅瀬税。浅瀬の橋を渡るときに取られる税金。


(むやみやたらといろんなものに税金がかかっているから、いっそのこと簡素化したいんだよな。賄賂の温床にもなるし、無駄な事務仕事を増やしてしまっているし)


 貧乏な平民から搾り取るよりも、豊かな大商会やら資産家から徴税するのが一番バランスがいい。

 だがそれをやり過ぎると、より税金の安い場所を求めて、彼らがバスキアから出て行ってしまう。

 金持ちにはずっと領地にいてもらって、金をたくさん使ってもらうのが一番経済的によい。だから金持ちにむやみに重い税金をかけるのは控えるべきである。

 それが税金をかけるときの肝要な点である。


 逆に、積極的に税金をかけても問題がないもの。

 一つ考えられるのは、現在認可されていない行為の合法化である。


(一応、大司教様のお膝元であるバスキア領においては、風俗産業は認可されていないことになっている……だがそんなのは建前で、違法と知りつつもこっそりやっている連中もいる)


 こういった非認可の稼業は、放置しておくとかえって危険なことになる。

 娼婦の身の安全を考えず、危険な行為をウリにしたり、避妊具の着用を守らなかったり、人身売買に近いことをやったり、もめごとに発展して殺人沙汰になってもそのまま闇に葬られたり。


 それならばいっそ、合法化する代わりに、税金をしっかり徴収しつつ、かつ安全衛生・労働ガイドラインを制定するという手がある。バスキア領としては税収が増えて、娼婦らも比較的安全な環境で働くことができるようになり、一挙両得となるはずである。

 もちろん、セント・モルト白教会のあのクソ大司教と事前に調整する必要はあるが、要するに向こうの体面さえ守れば問題ないはずである。


(あとは、カルテル行為の合法化か……これに手を付けるのは結構勇気が必要だな……)


 他にも、バスキア領内での商人のカルテル行為。

 カルテル行為とは、価格、生産計画、販売地域について、協定を結んで足並みをそろえることである。無駄な諍いが発生せずに効率よく商売ができる。反面、カルテルを組んだ者たちによって市場を独占されてしまうため、商品の値段がどうしても高くなり、領民の生活は苦しくなってしまいかねない。


 通称、ギルド。

 領地全体の利益、国全体の利益よりも、私益を優先する団体。

 そのため、力を与えすぎると後で困ったことになる。


 だが、見方を変えると、バスキア領が清廉潔白すぎるという考え方もある。


 何せ、巨大な利権であるはずの土木工事の一切を、商人に任せずに、石材調達も石材加工も建造も全部スライムに任せてしまっているので、商人が食い込む余地がないのだ。

 本当であればもっと領地の利権に商人たちが食い込んでいるところなのだが、バスキア領にはほとんどそれがない。なので、莫大な税金を徴収する代わりにカルテル行為を認めてしまっても、案外制御下に置きやすいのかもしれない。

 そもそもの話、カルテル行為を認可しなくても、商会たちは裏でこっそり足並みを揃えているものだ。利に敏い連中なのだから、むやみな価格競争などしない。

 認可しても認可しなくても、どうせ同じなのであれば、税金を搾り取れる方が都合がいい。


(さてさて、意味不明な税金を圧縮する代わりに、違法行為をうまくバスキア領の管理下に置くかね)


 合法化した後、それでもやっぱり潰したくなったときはどうするか。

 簡単である。とんでもなく重い税金をかければいい。もしくは、セントモルト白教会の権威を借りて潰してもらえばいい。


 恐らくどう転んでも損にならないはず――そう考えた俺は、早速、現行の税金制度の見直しに着手するのだった。





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(2022/06/01)実は皆様からのコメントにめちゃめちゃインスピレーションを貰っております。

 こんな展開もありでは? とか、ここからこうなるのではないか? 的な書き込みがあるたび新しい発見があって、作品書くのがめちゃくちゃ楽しくなってます。本当に皆様ありがとうございます!

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