第54話 美味しい干し肉の生産・肉フェスの準備・不穏な気配

 3370日目~3392日目。

 有益な家畜といえば、馬、牛、羊、豚と多数いる。

 馬は貴重な交通手段であり、馬車で荷物を運搬してくれる。牛は鋤で畑を耕す労働力であり、さらに牛乳を提供してくれる。羊も、麻と並ぶ重要な衣料品の素材である羊毛を提供してくれる。


 では食肉用となれば何か? もっぱら豚である。


 いろんなものを食べてくれて、多産で数を増やしやすく、凶作にも強い。収穫した農作物の中でも、品質の悪い部分を食べさせてしまえるし、森に放牧しておけば何でも食べて勝手に育ってくれる。住民の排泄物の処理のために豚を飼っているところも多くある。

 そういった数々の利点から、ちょっとした村落であれば豚を飼っているものである。肉といえば豚肉。それがこの世界の常識だ。


(ただ、食肉のほとんどを豚に頼っているから、半年以上は美味しい肉を食べられない。それがこの世界の常識になっている)


 飼育しやすさの一方、豚は反芻動物じゃないので干し草を食べられず、冬場は餌が不足する。頑張って餌を与えたところで、乳を採ることもできず、毛を刈ることもできない。なので、最低頭数を残して、他は冬を越す前に干し肉にしたり燻製にすることになる。

 食肉となる豚は、寒くなるころにはほとんど姿を消すのだ。


 もっぱら冬から春の終わりにかけては、保存食になった塩漬けの干し肉と、野菜のスープと、パンを食べる生活になる。普通の農民は、豚が肥えてくる秋頃ぐらいにしか口にしないだろう。

 それでも、干し肉じゃない美味しい肉を食べたい、という連中はいるわけで。


 そうした背景から、バスキア領が今いろいろと模索しているのは、『冬場でも美味しい肉を食べられるような方法』であった。


(干し肉でも、ハーブ、胡椒をガンガン利かせたら臭みはましになる。金持ち向けにそういう干し肉が作られているから、バスキア領でもそれを作って輸出したい)


 方法その一、香辛料をたくさん使う。比較的よくある方法だと思う。

 森林迷宮の探索の結果、臭み抜きとして使えそうな薬草はいくつか見つかった。干し肉にするときにそれらをふんだんに使えば、臭みはだいぶましになる。

 香辛料が高価であるためそういった干し肉は高価になりがちだが、バスキア領の場合は薬草の調達コストは低いので、上手い事やれば儲けの種にできそうである。


(他にも、そもそも豚を越冬させるという手もある。新鮮な豚肉をいつでも調達できるようにしてしまうのだ)


 方法その二、飼料用の作物をふんだんに用意する。

 例えば、収量が安定しているが味がよくない芋類を、いっそ割り切って豚の飼料にしてしまう手がある。

 芋類は、連作障害や病気に気を付ければ、天候変化に強く飢饉対策にもなる。だが水分量がちょっと多めで腐りやすく、穀物よりも保存に向かない。

 なので、その年が凶作でなければ、いっそ冬場に豚に与える餌にしてしまうのだ。

 こうすれば豚をわざわざ保存食に加工する必要もなくなって、いつでも新鮮な豚肉を食べられる。


 バスキア領の場合、相変わらず潮風が吹く土地柄なのでちょっと工夫は必要だが、大規模な灌漑用水を使えて、土地を簡単に耕せて、害虫や害獣を駆除出来て、骨粉肥料などをまんべんなくばら撒けて、収穫に要する人手もさほどかからず、穀物庫の保管もほぼ手間がかからず、新しい農法や品種改良まで研究を盛んに進めている――と笑えるほど整った環境で、農業が極めて順調なので、飼料用の作物にも困らない。

 方法その二は有力な手段である。


(後は、代用肉を用意するという手段。ミミズ肉の研究をずっと続けてきたおかげで、それなりに美味しく食べられるようになってきた)


 方法その三、他の生き物を肉にする。

 バスキア領では、魔物を家畜にする研究を行っている。イノシシの魔物、シカの魔物なんかは比較的食肉にしやすい。全然人に懐かないのが難点だが、スライムのおかげで人に襲い掛かるような事件にはなっていない。

 魔物以外にも、ミミズの肉がある。あんまり美味しい代物ではなく、よく泥抜きをしてもほぼ無味だが、ぐにぐにした触感と歯ごたえが楽しめて、揚げ物にもジャーキーにもなる。たれ焼きのつみれ肉にすれば、代用肉には十分な旨さである。


 代用肉の方が普通の肉よりコストがかかっているという本末転倒な結果になっているものの、ミミズ肉に限っては洞窟迷宮に放し飼いしてるだけなので、飼育コストは全然かかっていないし、もう少しで採算化の目途が立つ。


(もっとも、バスキアの場合は落とし穴に魔物がいっぱい引っかかってくれるから、肉の供給は豊かなんだが――)

 近々、『肉フェスティバル』なるものを開催する予定である。肉食べ放題のビュッフェ形式の祭りにしようと思っているので、肉の用意はいくらあっても困らない。

 秋の季節以外は調達しにくい肉を、このバスキア領ではわんさか食べられる。噂だけでも、相当衆目を集めるだろう。


 全ては、バスキアの食文化は豊かだ、バスキアの料理はおいしい、というイメージを植え付けるための戦略。干し肉の販路が開拓できれば尚のこと良い。

 食事は一度美味しいものを覚えたら、美味しくないものが色あせて感じられてしまう。バスキアの料理をどんどん世に広めてしまえば、それだけ儲けの種が増える――という訳である。




 3393日目~3418日目。

 医薬品、食料品、武器――これらの品物の値段が上がったら、戦争の予兆だと言われる。

 戦争を仕掛ける側が、兵士の負傷対策、兵站、そして装備のためにこれらの品を買い漁るからである。

 そして今、バスキア領においてもそれらの品物の値段が緩やかに上昇しつつあった。


(商品の取引高を囚人たちに数値化してもらったところ、顕著に買い漁られているな……これはもしかすると、もしやあるぞ)


 こういう時こそ、先物取引の市場が荒れる。

 否、さほど目立った荒れ方はしない。変化はあくまで緩やかに、表面上は穏やかに。

 しかしそれでも、証券取引所ではちょっと不思議なぐらいに先物取引が活発に行われていた。


 これは、もしかするとである。


(……なるほど、俺が証券取引所を開いた途端、それを見計らって戦争の気配、ねえ)


 しばし考える。

 普通に考えたら、戦争の予兆をつかんだ商人たちが動いて、商品を買いあさり、先物取引も活発に行っている、というだけの話だ。

 俺が領主じゃなければ、便乗して儲けに走ってもいい。だが領主である以上、領民の生活を守るため、市場価格の安定化に努める必要がある。


 だが、もっと想像力を働かせて、最悪のシナリオを仮定すると。


(……もしかして、狙いは別にあるのか?)


 バスキア領を食い物にしようとしている奴がいる。そんな気がする。

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