第52話 馬車鉄道の敷設開始・ファッションコンテストの設立・"狂歌"の取り入れ

 3269日目~3292日目。

 貿易港を有し、さらに道路の舗装もしっかり行われているおかげで、バスキア領は馬車の交通量が極めて多い領地となっていた。悪天候でも地面がぬかるんだりせず、さらにスライムが都度都度邪魔なゴミや凹凸を食べてくれるおかげで走り心地も非常にいい――そんな整備の行き届いた道路が、関所も少なく比較的安価に利用できるのだから、人気が出ないわけがなかった。


(そりゃあ、下水処理をしろとかどうとか難癖付けて妨害したくなるよな……。でも、こんな快適な道路に側溝つくってドブ水流して悪臭を漂わせたくはないしなあ……)


 下水処理の一件に関しては一応苦し紛れの策はあるのだが、これについては時間を要する。

 今はそれより、時間を稼ぐことが肝要であった。


(この快適な道路をさらに利便性の高いものにしてやろう。馬車鉄道を敷設させてもらおうじゃないか)


 馬車鉄道とは、鉄製のレールの上を馬車が走る、という設計思想で作られた交通手段である。

 そもそも一般的に馬車は、馬、ロバ、牛、リザード、獅子などが客車を引っ張って人や荷物を運ぶというものだ。しかし車輪がいくら滑らかで真円に近い高精度なものであろうと、車軸がいくら滑らかで抵抗の少ないものであろうと、地面そのものに凹凸があったり、ぬかるみがあったりすると、どうしても客車の揺れを避けることができない。


 そのため、ガラス細工や陶器を運んだりすると傷がついたりするし、柔らかい果実が振動で潰れることもある。単純に乗り心地も悪く、何時間も乗っていると尻が痛くなったりする。

 バスキア領につながる道路は、その点、水はけもよく凹凸もよく均された石畳であり、かなり快適な馬車旅ができるのだが、それでも鉄のレールには勝てない。


 そう、鉄のレール。どれだけ頑張って凹凸を均した道を作っても鉄のレールには敵いっこない。勾配の問題さえ解決してしまえば、馬車道にはこのレールを敷設するのが最適解だと確信している。

 金もかかるし莫大な工事になるので今まで誰もやってこなかった事業だが、バスキアが先駆けて実施に踏み切る価値はある。幸い、王国法をざっと確認したが、引っかかるような規則文言はなかった。チマブーエ辺境伯の許可があれば実施に踏み切れる。


 バスキア製鉄工房の技術も随分と底上げされたし、バスキア魔術研究所の研究で鉄を錆びにくく強靭にする術式も編み出されているので、きっと実用に耐えられるはずだ。

 ただでさえ盛んな商流網が出来上がっているバスキア領ではあるが、きっとこの馬車鉄道の敷設が鍵になる。他の領地では費用負担が嵩んで到底真似できないこの馬鹿げた計画が、きっと様々な概念を覆してくれるはずであった。




 3293日目~3316日目。

 斬新な服のデザインを公募してバスキア工房主催のコンテスト形式で競い合わせたり、風俗産業の避妊具着用を義務付けさせたり、面白おかしい狂歌の公募を行い優秀な作品は報奨金を出すとともに街の掲示板に張り出したり(識字率の向上と世論調査を兼ねての施策)。


 とりあえず思いつく簡単な施策はどんどんと取り入れた。

 疫病対策のため、素手で料理を食べずに手を洗ってから食器をきちんと使うように義務付けた。

 逆に、ゴブリンやコボルトだからといって最低賃金を下回るような違法な雇用契約を結ぼうとすれば、公正に処罰を与えた。


(特に、狂歌(※)は割りと受けがいいみたいだな……)


 狂歌というのは、いわば社会風刺や皮肉を込めた短文詩である。定型詩ではあるが、表現の幅があるので韻を踏んだり変な言い回しを使えたりと、遊びの余地がある。


 街のお触書として使っている掲示板に興味を持ってもらうために始めた施策だが、意外なことに好奇心の高い子供がこれを読もうと食いついてくれた。娯楽が少ないので、こういった取り組みも領民にとっては嬉しいらしい。

 大人の識字率さえ怪しいバスキア領であったが、狂歌を作って応募すればみんな読んでくれるしお金ももらえる、ということが受けたのか、文字を勉強して応募しよう、という人たちも生まれ始めた。よい傾向である。

 これを機にもっと文字が一般に普及してくれたら言うことはない。


(あんまり感触がよくないのはデザインコンテストだな……。奇抜でありさえすればいい、と思って変な募集ばかり来やがる。採算が取れなかったり、機能性が損なわれているのがほとんどだ)


 一方、服のデザインコンテストについては思った以上に上手くいかなかった。斬新という言葉が独り歩きしてしまったのか、珍妙な服ばかり応募が続いてしまい、良い服をさがすのに苦労したのである。

 無粋ではあるが、次回からは応募者本人に作品のコンセプトや、機能面、採算性などを解説させることにする。芸術大会としてのみならず、一種のプレゼンテーション大会としても周知されてほしいところだ。


 ゆくゆくはデザインコンテストそのものが権威を持ち始めて、腕に覚えがある若手職人たちがここに勉強に訪れたらいいな……と思っていたのに、「バスキアの服飾大会は奇抜な大会だ」と認知されてしまったらちょっとまずい。

 出だしから派手にこけてしまったが、果たして次回以降から軌道修正できるだろうか。


 長期的にはバスキアの染織物を大々的に売り出す計画だったのだが、世の中は上手いことばかり起きるわけではないようである。これもまた勉強、と俺は計画を練り直すのだった。


 ちなみに、スライムに服を着せたところ、気に入ってくれるかと思ったら全然そんなことはなくあっさり食べられてしまった。そもそも人型形態の彼女は服を着ている人っぽい見た目なので問題ないといえばないのだが、ちょっと残念である。






 ※翻訳者より:

 大陸共通言語にあるპოეზიაに当てはまる言葉が日本語にないため、"狂歌"という翻訳をあてがっております。

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