第51話 水耕栽培・促成栽培・街の活況と綺麗なイルミネーションの設置

 3225日目~3249日目。

 せっかく洞窟迷宮という特殊な環境があるので、とうとう水耕栽培に着手することにした。天候に左右されにくい迷宮洞窟内部で水耕栽培に成功すれば、農産業アグリビジネスに活かすことができる。


 手始めに、リーフレタス、パセリ、チコリなどを対象に研究を開始する。

 特にチコリは暗室で育てると、栄養価が落ちる代わりに白く柔らかくなり苦みが減る――ということが知られている。軟白栽培のチコリは口当たりが良く生食にも向いており、ミルクで煮て食べたり、肉料理の付け合わせにしたりすることもできる。


(暗所の方が発芽する野菜の種もあるしな。そして暗所のほうが発芽したスプラウトの成長も早い)


 暗所のスプラウトの方がよく育つのは、環境が適しているからという理由ではなく、光を求めて頑張って身を伸ばすからである。それゆえ、途中で光の当たる場所に持って行かないと芽が緑化しない。

 しかしスプラウトはスプラウトで、意外と食用に向いているのだ。

 若い芽はしゃきしゃきと口当たりがよく、栄養価も十分にある。


(スライムのおかげで、水を腐らせるような虫の死骸やら葉っぱなどのゴミを取り除ける。水耕栽培における課題だった水質保全の問題は、これで十分に達成できるはず)


 これだけではない。

 かつてバスキアに街灯を作った時の技術を転用して、魔石を使った光促成栽培にも着手する。太陽光でないと育たないのか、それとも魔石を使って四六時中ずっと光を照射しておく方が成長が早いのか。きっと興味深い実験結果が得られるであろう。

 後は、地熱を利用した促成栽培が成功するかの研究も行いたいところである。温水であればバスキア火山迷宮経由でいくらでも用意することができるので、温室を作る事にもさほど抵抗はない。


(温泉を利用した蒸し料理とか茹で料理も簡単にできるし、栽培できる野菜の種類はいろいろと取り揃えておきたいんだよな)


 今、バスキア領は観光地としても徐々に人気が出てきている。せっかくのことだから、料理も絶品であると喧伝しておきたいところだ。珍味としての魔物食だけでなく、多様性に富んだ野菜料理も用意して、他の領地を突き放したい。


 やがては水耕栽培や促成栽培のノウハウを、他の領地への交渉材料に使えるように。そんな展望を遠くに見据えつつ、俺は新たな仕事を領主代行のおっさんに任せるのだった。




 3250日目~3268日目。

 禁忌に手を染めたエルフの大罪人。危険思想に取りつかれたドワーフ。教会から破門された破戒僧。

 そんな奴らが送り込まれてくるのがこの西の僻地、バスキア領である。


(せっかく領地の空気がよくなってきたかと思ったのに、またこんな滅茶苦茶なやつを受け入れなきゃいけないのかよ……)


 空気がよくなってきた、というのも気休め程度だが。

 補足しておくと、バスキア領の犯罪率は抜群に低い。とはいえ犯罪率だけだ。怒号と罵声もよく飛び交うにぎやかな世界。着実に融和と交流が進んではいるものの、諍いも倍近く発生している。

 どうにも仕方がないことだが、バスキア領は上品で穏やかな街とは言い難かった。観光地として人気が出てきたというのに、こうやってたびたび水を差すような真似をされるのが今の悩みである。というよりも中央貴族たちから見ると、バスキアが観光名所になってしまうと困るので、こうやって遠回しに足を引っ張っているのかもしれない。


(張り切って街に大きなモニュメントを作って、新婚旅行にお勧めだと喧伝しているところなのになあ……)


 街の中央にクソバカ大きな水槽を作って、銀色っぽいクラゲを入れて、輝く魔石を入れてイルミネーションにしている。夜になるとこれがまた非常に綺麗な見栄えになる。

 近くの屋台では、貝から真珠取り出し体験ができて、それを金属アクセサリ加工して持ち帰ることができるようにしている。旅の思い出にはぴったりであろう。


 だというのに、物騒な連中ばかりを送り込んでくるものだから、俺としてはちょっと気が滅入る。


(まあ、そういった野蛮な連中もうちの領地では大人しいもんだ。俺に逆らおうとするやつはほとんどいないしな)


 何もかもをまとめて煮込んでしまったような、多種多様な人の集まる世界。それがバスキアの良いところであり、悪いところでもある。

 あの種族の女が最高だ――とか、王都中央区のような上品な場所じゃ絶対に飛び交うことのない下品な会話もあれば、カタツムリを食うような野蛮な連中とは仲良くなれねえ、という喧嘩の声も聞こえてくる。

 エルフのくせにうまい酒を知ってやがるぜ、という馬鹿騒ぎの声も聞こえてくれば、とうとう言葉を覚え始めたコボルトが一生懸命に皿を洗っている姿も垣間見える。


 できれば貴族や裕福な商人が新婚旅行に訪れてくれるような街にしたいのだが。

 そうなってくれるのは果たしてどれだけ後であろうか。


 丸くなったスライムを頭に乗っけつつ、俺はどうにも上手くいかない現実を前に、渋い気持ちになった。


 ……多種多様な"結婚"の概念を目の当たりにしてもらって、スライムに結婚とは何なのか、を学んでほしかったのだが。さすがに遠回りすぎるだろうか。






(2022/10/25)誤字修正しました。コメントありがとうございます!

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