第50話 閑話:(第三者視点)とある女海賊の独白


『やあ、ヴァイツェン海賊団、メルツェン海賊団の諸君。よくぞ我が領地バスキアへ参られた。私はアシュレイ。諸君らの雇い主だ』


 今でも覚えている。一年も経たずにあっさりと海賊団を壊滅に追いやった憎い青年。

 スライムを何匹も派遣してきて、仲よくしよう、我が領地に来てほしい、とふざけた手紙ばかり送りつけてきて、こちらの堪忍袋の緒が切れた頃合いに、今度は「領主を侮辱するなら財宝や船を全部召し上げるぞ」とか無茶苦茶な要求を突きつけてきて。


 舐め切っている。

 かつて大陸を震撼させた、徒歩王ルーの血を引くとされるヴィーキングの末裔を、小馬鹿にしている。

 王国はおろか、大陸の誰もが手出しすることができなかった入り江ヴィークの海戦兵たちを、歴史の長くにわたって西の海を支配してきた我々を、随分と軽んじている。


 だから、このバスキアの領主とやらに、海賊の怖さを教え込ませてやることにした。

 海賊団の女船長メルツェンは、この時はアシュレイのことを何も知らなかった。だから簡単に捻り潰せると思っていた。


(獲物を近寄らせない巧みな砲術、周辺一帯の海流と風を知り尽くした操舵術、強力な魔術師や屈強な兵士たち、そして豊富な海戦の知識――アタイらメルツェン海賊団は、船の上であれば負けなしだったんだ)


 軍隊は数ではない。ましてや、海上の戦いともあれば、船の運用の巧みさが勝負の趨勢を大きく分ける。


 砲撃と大規模魔術で、一気に船の側面に大穴を開けて沈没させてしまう時もあれば。

 よく滑る石鹸を相手の船の甲板に流し込んで、相手の足元をとりつつ、自分たちは重たく滑りにくい靴で船に乗り込み奇襲を仕掛け、船を丸ごと召し上げることもあった。


 大陸の誰と戦っても負けないような大規模な海賊団。

 少なくとも、王国にはヴァイツェン海賊団、メルツェン海賊団を滅ぼせるような海軍は存在していなかった。他の国の海軍であっても、同程度の規模の船団であればまず負けはない。かといって、自国の防衛を薄くしてまで圧倒的な数の海軍を派遣するような酔狂な国は存在せず、事実上ヴァイツェン海賊団、メルツェン海賊団に手を出せる国は存在しなかった。


 この一帯では、いまだにヴィーキングの不敗神話がずっと続いていた。

 海の上には国がある。それはヴィーキングの国である、と。

 だというのに、である。


『――ああよかった、安心したよ。うちのスライムが燃やしちゃった君たちの船だけど、駄目になった木材が多いんじゃないかと思っていたら、そうでもないみたいだな。時間はかかるだろうけど、頑張って船を修理してくれ』


 あっさりと。

 たった一匹のスライムに、打ち負かされてしまった。

 メルツェンはこの時、生まれて初めて、理不尽なまでの力の差を味わった。


(遠くからの炎魔術対策は十分だった。ノース人の宝具、水の守護石による霧の結界はしっかりと機能していた。負けるはずがなかった。だというのに、まさか太陽の光を使うなんて――!)


 海戦さえさせてもらえなかった。砲術で狙う船もないし、当然接近して乗り上げる船もない。スライムを狙って攻撃してもちっとも堪えた様子もない。

 巧みな船の操舵もほとんど関係ない。太陽光を照射する場所を都度都度変えていけばいいだけ。

 よもや防ぎようはなかった。苦境のさなか、メルツェンは悟った。百年以上の歴史を誇ってきたヴィーキングの栄光は終わりを告げたのだと。


 まともな戦いさえさせてもらえず、苦楽を共に過ごしてきた船を燃やされ。

 気が付けば街に連れていかれて、農夫まがいの作業や雑用をどんどんと任されるようになり。


 西の海の支配者たるヴィーキングとしての誇りは二度砕かれた。

 一方的な戦いと、そのあとの屈辱的な処遇と。


 己が積み上げてきたもの、信じてきたものが、理不尽な力で砕かれて崩れていく。

 形がないもの。だからこそ尊い信念。幼いころからそう純粋に信じてきたメルツェンは、それ・・が通用しないことがただ悲しかった。

 ヴィーキングは戦いを重んじた。しかしアシュレイは閃き・・だけで勝利した。ただそれだけだ。


『せめて誇り高き戦士として殺せ? 知らんってば。いいから働け、自決は許さん。あと盗みを働いたり暴力を振るったら処罰だからな』


(アタイらの誇りは地に落ちた。今まで海の上では一度も負けなかったからこそ積み上げられてきた、ヴィーキングの神話が、すべて無に帰した。いや、戦いに負けたんじゃない。戦いさえしてもらえずに、力で捻じ伏せられたんだ)


 徒歩王ルーの血を引き継ぐヴィーキングの末裔。あるいは、ノース人に受け継がれてきた秘宝、水の守護石を嵌めこまれた楯を引き継ぐ海賊団。

 海の民族ヴィーキングは、己を略奪者だとは考えておらず、信仰深く、戦いに生きる民族であると考えている。

 そして、彼らの重んじる"戦い"を否定するような形で支配したアシュレイを、仰ぐべき主であるとは認めていない。


(そりゃあ、アタイも野郎どもをまとめ上げていた経験がある。その経験から言わせてもらえば、あいつが有能であることは認めるさ。情緒もクソもねぇ・・・・・・・・、そういったものを踏みにじってぐちゃぐちゃにしていく天才・・だ)


 アシュレイは海の民の神を奪わなかった。

 白教会の教えに改宗することを命じることもなく、むしろ白教会なんてクソ・・・・・・・・だとばかりにあしらっていた。

 縋るべきものはどっちでもいい・・・・・・・から好きに信じろ、と強制さえしなかった。


 アシュレイは海の民を受け入れた。

 流浪の民のケルシュたちも、森の民のエルフも、山の民のドワーフも、魔物のゴブリンもコボルトも、誰も差別することなく受け入れていた。

 高邁な思想があるわけではない。些細な違い・・・・・なんてどうでもいい・・・・・・から受け入れていた。


 こだわりがない。

 もしくは、下らないこだわり・・・・・・・・で不幸が生まれることを忌避して、徹底して踏みにじっている。


(あいつは最悪だ。クソ野郎だ。アタイはもう、訳が分かんなくなっちまった)


 アタイらはあんたには従わねぇ、と啖呵を切ったことがある。

 だがあの男はどうでも良さげであった。仕事さえやってくれるならどうでもいい、と言い切っていた。

 己の仕事さえしっかり果たしてくれるなら、俺に忠誠を尽くさなくてもいいし、何となれば他の方法で役に立ってくれるなら仕事さえしなくてもいい、と。


『別に俺も、お前たちを完全に使いこなせるなんて思い上がっていないしな。俺の思いついた方法以上に何かもっと役に立ってくれるなら、自由にしてくれていい』


 もしこの青年が厳格な支配者であれば、恭順と忠誠を尽くすことを命じていただろう。

 逆に、もしこの青年が高邁な理想に燃える信徒であれば、同じ理想に共感してもらうべく遥かな夢を語っていただろう。


 青年はいずれでもなかった。役に立つことを求めた。それだけだった。

 メルツェンはそのとき、相手にされていない・・・・・・・・・、と感じてしまった。

 退屈そうな目。情緒がかき乱されるのを自覚した。


 仮にも、大陸さえ迂闊に手を出せなかった海賊の頭領だった自分を、何とも思っていないなんて。


(本当に訳が分かんねぇ……)


 そんな彼女が、一度だけアシュレイに褒められたことがある。

 輝く目で『お前って本当に凄いな! 天才だ!』と何べんも褒められたことがある。

 何てことはない、バスキア工房の新作のガラス細工のアイデアに難航しているようだったので、自分が過去に見たことがある綺麗な景色を伝えたら、手をつかまれてえらく感激されたのだ。


 あの時の目は覚えている。あの瞬間だけ・・・・・・、アシュレイはメルツェンを見ていた。

 自分の海賊団が打ち負かされた時も、自分が大事だと思っていた価値観を壊されてしまった時も、自分が真正面から"お前には従わない"と啖呵を切った時でさえも。

 全くこちらを見ようともしなかったのに。


 何気なく綺麗だった景色を伝えた瞬間だけ、あの男は輝くような目で自分を見た。自分がほんの僅かに、あの青年にとって役に立つことをしたから。

 それが、メルツェンの心に焼き付いてしまって。


(アタイがどれだけ情緒をぐちゃぐちゃにされてしまっても、あのクソ野郎は見向きもしなかったくせに、役に立った時だけやたらと褒めまくる。もう、本当に訳が分かんねぇよ……)


 この領地が何故発展しているのか、その理由の一端をメルツェンはなんとなく理解したような気がした。

 普通はあるはずのこだわりや確執を、心底どうでもいいとばかりに取りあうこともない、この世のほとんどのことを下らないと思っている、あの浮世離れした領主が、役に立った瞬間だけひたすら褒めてくれるから。


(ありえねぇ、絶対違う、そんな訳あるかよ、クソ)


 違うのだ、役に立たなかったら、あのスライムにどんな目に遭わされるか分からないから、その恐怖で働いているだけだ――そう言い聞かせるようにメルツェンは作業の手を動かした。

 今まで誇り高く生きてきたメルツェンは、決してそれ・・を認めるわけにはいかなかった。











 ――――――――――――――――――

 ■あとがき

 拙者、プライドクソデカ厄介女が蔑ろにされまくったあと不意にベタ褒めされて戸惑う姿が大好き侍と申すもの。


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 これからもよろしくお願いいたします。

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