第20話


 クルスライムは世界で初めての「人」だったと聞いている。


 ハデスがそれを知ったのは彼女に召喚され、共に過ごすことが当たり前になってからだが。


 世界で初めて存在した「人」クルスライム。


 当然だがひとりぼっちは寂しいものだ。


 そこで彼女が選んだのは「誰か」を召喚することだった。


 自分の呼び声に答えてくれる存在をこの世界へと招くこと。


 そうして一番最初に召喚されたのが、冥府の王、ハデスだったのである。


 どうして彼女の呼び声に応える気になったのか、ハデスは自分でもよくわからない。


 ただ声の必死さが無視できなかったというべきだろうか?


 とにかく自分を呼ぶ声の必死さに負けて、気が付いたら見知らぬ世界に召喚されていた。


 召喚されたハデスは異質な世界に少し驚き、すぐに彼女に宣言した。


「冥府以外では俺は暮らさないぞ」と。


 彼女には「冥府」という知識がなかったらしく、ハデスは質問攻めに合い、手間だなと感じながらも、一つずつ丁寧に教えていった。


 その結果として彼女が冥府を創造をしてくれたときにはさすがに驚いたが。


 ふたりきりの生活だったが特に不自由もなく寂しくもなかった。


 何故なら元からハデスは冥府で暮らしていたので、ひとりで過ごすことに慣れていたからだ。


 だが、クルスライムは「ひとりぼっち」の寂しさをよく知っているので、ハデスに寂しい思いをさせるのは悪いからと、ある日もうひとりを招いた。


 それが閻魔王。


 地獄の覇王だった。


 何故彼女は闇の神ばかり招くのか、ハデスにしても閻魔にしても不思議だったが。


 彼女なら光の神を招く方が似合っている気がしたので。


 しかもこの閻魔王。


 ハデスと似たり寄ったりの根性の持ち主で、彼女に向かってあっさりと言ったものだ。


「わたしは地獄以外では暮らさぬ」と。


 これを聞いたとき、どこかで聞いた科白だなと、ハデスは我が身を振り返り、ちょっと青くなったものだ。


 おまけに勝手に招いたのは自分だからと、お人好しのクルスライムは慌てて地獄について知識を貰い、彼のために地獄を創造した。


 そんなところまで瓜二つの自分たちにハデスは苦笑するしかなかった。


 当のクルスライムはといえば、ハデスのために召喚した閻魔が、結局は自分の世界を得て、地獄で暮らすことになってしまったことで、かなり責任を感じていたらしい。


 閻魔が地獄へ去ると彼女はしきりに謝っていたものだ。


 勿論元々寂しくなんてなかったハデスは、彼女には「気にするな」と笑っておいた。


 そもそも冥府で暮らすことに慣れたハデスには、ひとりぼっちが寂しいという彼女の感想がわからなかったのである。


 元々ハデスはオリンポスを追放され、冥府へと追いやられた身だ。


 ひとりであることは当たり前のことで、そのことを寂しく思う彼女が理解できなかったのだった。


 それでも彼女と過ごす時間は楽しかったし、彼女が喜ぶなら別段何人召喚されようと構わなかった。


 そうして三人目が召喚された。


 その女性が現在の混乱の中心となっている太陽神アマテラス。


 彼女はハデスとも閻魔とも違った。


 ひとりぼっちを寂しがる彼女の気持ちを理解してやり、自分たちを召喚するところまで追い詰められたことも、きちんと納得して受け入れてあげた。


 だから、謝ることはないと、勝手に召喚してしまったことで頭を下げる彼女の手を取った。


 あのときほど自分や閻魔が、どれほど身勝手だったか実感したときはない。


 クルスライムはひとりが寂しくて自分たちを召喚したのに、自分は一緒に過ごすための条件を出して、閻魔に至ってはさっさと地獄へと引きこもってしまった。


 それはクルスライムにとっては召喚した意味を失うことだった。


 なにも言わずにただ傍にいてほしくて、もうひとりじゃないと言ってほしくて、彼女は自分たちを召喚した。


 なのに自分たちは彼女の気持ちを理解しようともせずに、ただ自分たちの都合だけを押し付けたのだ。


 それだけでも彼女は喜んでくれたが、アマテラスに心から受け入れられたとき、彼女が見せた涙。


 それがすべてを証明している気がした。


 あの涙を見たときから、ハデスは本当の意味で彼女を意識し始めた。


 勿論条件を出したとはいえ、妃のいる身で一緒に暮らしたのは、彼女に一目惚れをしたからだ。


 だが、その瞬間まで軽い気持ちの浮気でしかなかったことを自覚した。


 だから、ハデスは自分にはわからない「ひとりぼっちが寂しい」という感覚を持つ彼女を愛したのだ。


 皮肉なことに同じ場面を見ていた閻魔も、それで彼女に惚れたようだった。


 同じ男として信頼できる閻魔なら、彼女が惹かれるのもわかる。


 そう思っていたのに彼女がこの世界を去るとき、閻魔は引き止めなかった。


 絶対に閻魔は引き止めると思っていたから、だから、ハデスは動かなかったのに、閻魔はハデスの予想を裏切ったのである。


 彼女が戻ってきた後で閻魔とそのことで話し合ったとき、とても奇妙な顔をされたが、あれはどうしてだろう?


 ハデスにはどうしてもわからなかった。

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来夢ーRAIMUー @22152224

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