第19話

 でも、とアルテミスは言葉を続けていく。


「彼女が嘘をついているようにも見えないわね」


「そうね。彼女は一度亡くなっているわ。もしかしたら生前の記憶が戻っていないのかもしれないわ」


「その可能性が1番高いでしょうね。でなければハデスへの態度が解せないもの」


「ではあなたに問いかけても無駄なの? 姉様の行方を」


「姉様? アマテラス? アマテラスなら地球の日本にいるよ?」


 人違いだと言いながらそう答えてきた来夢にツクヨミが恨みに満ちた目を向ける。


「さっきは人違いだって言わなかった? 人違いならどうしてそんなことを知っているの?」


「夢で聞いた。アマテラスは元の場所にいるって」


「夢って……だれから?」


「わかんない。影みたいな人影で顔も体型もなにもわかなかったから。ただその人から色んなことを教わったんだ。クルスの現状についてとか、アマテラスが今どこでどうしているのかとか」


「「そう」」


 来夢の話は曖昧だが彼(?)の話を聞けば聞くほど、来夢こそがクルスライムだという証拠になる。


 それは傍観者に過ぎないルヴィにもそう思えた。


 以前にも聞いたその夢にしてもそうだ。


 クルスライムでなければ「はじまりの女神」でなければ見ない夢だと彼女にだってわかる。


 来夢は想像もしていないようだが。


「だったらアマテラスを召喚するのはあなたの義務よ、クルスライム」


「無茶苦茶言うなよっ。俺にそんな真似ができるもんかっ!! それに人違いだって言ってるだろっ!!」


「復活したときに手違いが生じて記憶が戻っていないだけよ。あなたは『はじまりの女神』クルスライムだわ」


 断定するふたりの女神に来夢は言葉にならない憤りに震える。


 来夢が女の子だということは、生理になったことから認めるにしても、「はじまりの女神」クルスライムだと断定されることは、来夢的には神々の一方的な決めつけにしか思えない。


 来夢には自覚も記憶もないし、閻魔は来夢が召喚したなんて言ったが、そもそも来夢は召喚なんてしていない。


 確かにあのとき変な模様は出てきた。


 そこから閻魔が出てきたのも事実だが、だからといってそれを来夢がやったとか、万が一それが事実だとしても、できたから来夢が「はじまりの女神」だとか、そういうことは神々の決めつけだと来夢は思う。


 違うとこれだけ言っているのに、どうしてだれも来夢の言っていることを信じてくれない?


 それどころかやってもいないことの責任をとれなんて求められなければならない?


 理不尽だと言ってなにが悪い?


 それが来夢の嘘偽りのない感想だった。


「あんたたちがどう言おうと俺は知らない。変な難癖をつけるなっ。腹が立つ」


「そんな言い訳は通らないのよ、クルスライム」


「そもそもアポロンが気付いたら」


「俺はクルスライムじゃないっ!! 人違いだって言ってるだろっ!! いくら神様でも人の話を聞かないにも程があるっ!!」


 生理のせいで情緒不安定だった来夢は、言いがかりとも思える難癖をつけられたとしか感じられず、遂には癇癪を破裂させてしまった。


 そんな来夢にふたりの女神はため息をつく。


 これは自覚するまでなにを言っても無駄かもしれない、と。


「苦労しているようね、アルテミス。ツクヨミ」


 快活な声にふたりは振り向き、そこに佇んでいる3人を見て呆気に取られた。


「アテナ」


「ヴィーナス」


「エリスまで」


 ふたりが交互に名を呼んで来夢はまた有名な神々かとげっそりした。


「わたしたちも女性だって忘れていない? あなたたちが気付くことなら、わたしたちだって気付くわ。ふたりとも」


「クルスライムとの会話は聞かせてもらったわ。今の彼女ではそういう話をしても無駄ね。わたしたちがどうしてそういうのか、それがだれのためなのか、そんなこともわかっていないんですもの」


「痛い目をみないとわからないんじゃない? せっかくハデスが救いの手を差し伸べたのに撥ね付けたんだから」


 ハデスの名前を出して嫌味を言ったのはエリスである。


 実は彼女はハデスが好きだったので、そのハデスに愛されているクルスライムには複雑な気持ちを向けている。


 気遣われているのに撥ね付けるという心理が理解できないのだ。


 それはあの頃から変わらずに。


「あんたらさ、例えそれが俺のためだったとしても、俺が本当にクルスライムでそっちの気遣いもなにも理解していないとしても、だ。自覚も記憶もなくて自分だと思ってる俺の受ける衝撃とか負担とか、そういうものはまるっきり無視なわけ?」


 好き放題言われた来夢の目が据わる。


 そんな来夢をアテナが振り向いた。


「同じ言葉をわたしたちも返すわ。あなたがいなくなって、わたしたちが受けた負担をその衝撃をそして世界が被った打撃について、あなたは一体どう思っているのかしら? すべてあなたが発端なのよ?」


『やめないか、アテナ』


 そこへ割り込んできたのはハデスだった。


 冥府から覗いていたのだ。


 来夢の様子が気になって。


 そこで見た修羅場につい口を挟んでしまった。


『すべて居なくなったクルスライムのせいにするが、彼女が去るとき引き留めなかったのは俺たち全員同罪だろう』


「引き留めたわっ!!」


 咄嗟に言い返したツクヨミにハデスは冷たく言い切った。


『アマテラスをな。だれもクルスライムのことは引き留めなかった』


 これにはだれも言い返せないのか、全員が来夢から目を背けた。


『アマテラスのことは身内だと思っていた。同族だと思っていた。だから、だれもが引き留めた。だが、クルスライムのことはだれも引き留めなかった。

 ただのひとりも真剣に彼女に止まるようには言わなかった。それでどうやったらクルスライムの責任にできるんだ? それを言うなら俺たち全員の罪だ。言いがかりも程々にしろっ!!』


「だって」


「クルスライムは人間じゃない」


「人間のくせにわたしたちを召喚して」


「わたしたちを使役して」


『だから、許せない? だから、引き留めなかった? なのに今度は世界が破滅へ進んでいることをクルスライムのせいにする。それを神々の傲慢と言わずになんて言うんだっ!!』


 すべての責任を押し付けられるクルスライム。


 だが、だれひとり彼女のことを仲間だとは思っていなかった。


 そう突きつけられて来夢はハデスが怒ってくれることを意外な気持ちで見守っていた。


 彼だけが自分たちの過ちを自覚しているのだと知って。


『閻魔や俺がどうしてクルスライムの味方をするのか、おまえたちはだれもわかっていない。愚かで吐き気がする。だから、俺は冥府から出る気がしないんだ。大神になる気もない。そんなおまえたちの頂点に立つなんて御免だからな』


「「「「ハデス」」」」


『クルスライムが亡くなったとき、アマテラスが戻ってこない道を選んだのだって、俺や閻魔と同じことを感じていたからだ。それも理解できないならアマテラスが戻ってくるわけもない。すこしくらい自分たちの言動を振り返れっ!!』


「姉様は戻ってくるって約束してくださったわっ!!」


『そう言わないとツクヨミは納得しなかっただろう。俺はアマテラスから聞いていた。この世界に戻ってくるまでに、もしクルスライムの身になにかが起こったら、自分はもう戻ってこない。クルスライムのいないこの世界には未練がないからと』


「そんな……わたしがいるのに……」


 言葉を失うツクヨミにハデスは冷たく事実を告げる。


『たったひとりの妹ですらクルスライムのことを認めてくれなかった。そのことが悲しい。だから、妹を捨ててもクルスライムを選ぶ。アマテラスはそう言った。姉を失うのは自業自得だろう』


 アマテラスは母なる神だった。


 だからこそ人間にもなりきれず、神にもなれない異端児のクルスライムを気遣った。


 でも、そのことを他の神々に押し付けるような真似をしなかったのは、そんな真似をしたらクルスライムへの風当たりがきつくなるからだ。


 結局のところ神々は自尊心が高すぎて自分たちを越える力を持つクルスライムを認めることができなかったのである。


 たかが人間に負けているという現実を。


 その現実を冷静に受け止め、どんな仲間にも入れずに常に孤独だった彼女を気遣ったのが、ハデスと閻魔、そしてアマテラスの3人。


 いや。


 例外がいたなとハデスは思い出す。


 神々の異端児。


 スサノオ。


 彼だけはクルスライムを色眼鏡で見たりしなかった。


 同じ異端児と呼ばれる者同士親しくしようとしていた。


 だから、アマテラスは弟に甘かったのだ。


 ツクヨミよりも余程。


 アマテラスが戻ってこない場合、1番気にしていたのはツクヨミではなく、実はスサノオだった。


 そのことはハデスや閻魔しか知らないけれど。


 そういう意味ではアポロンも無駄な抗議を起こしていることになる。


 現状は自分のせいでもあると気付いていないのだから。


 今はそれすら忘れているクルスライム。


 すべての責任を押し付けられるのに当時のことはなにも覚えていない。


 そのことが不憫でならなかった。


 力になりたいと強く願う。


 クルスライムが今度こそ幸せになれるように力になりたいと。

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