第18話
「でもさあ、クリストファー王子って世継ぎだろ? 生理中の女の人と一緒にいました。即結婚っていうのは、ちょっと異常じゃないか? それだと生理になるのがわかっていて、彼を嵌めようとする女の人だって出てくるだろうし」
「あのね? 頭が痛いけれど、あなたでもないかぎり、普通は女の人はいつ生理になるか、大体の予測が立てられるの」
「そうなのか?」
驚く来夢にルヴィは頭痛を堪えるような仕種をみせた。
「それは初めてのときは予測不可能よ? だれだって突然なるの。でも、一度なってしまえば次ぎにいつなるのかは予測可能。特にこの世界はそういうことにはうるさいでしょう?
だから、最初に生理になるとそれは公になってしまうわけ」
「なんで? 普通なら自分から明かしたい内容じゃないよな?」
「そうね。だから、なんとなくバレるってことかしら? 生理になると女の子ってイライラしたりして体調を崩すから、周りもなんとなくわかるってことよ」
「ふうん」
つまり生理中と生理じゃないときで、女の子の態度とか体調とか、そういうものがまるで違うのだろう。
特に初めてだとそれが顕著に出る。
だから、バレるのかもしれない。
「そういう事情があるの。周囲はだれがいつ生理になるのか大体の予測を立てているわ。そういう公的な部署があってね?
冤罪を作らないために、すべての女性の予定日を把握しているわけ。で、近くなってくると本人にも警告するのね。男性を近付けるなって。
あなたの指摘はそれを破る場合だから、兄さまとの結婚なんてそもそも成立しないわ。その場合わかっていて兄さまを近付ければ、女性の方が結婚できなくなるでしょうね。慎みがないって」
「慎みかあ」
生理になるとわかっていて男性を近付ける女性は慎みがないと判断され結婚できない。
それがわかっていたらこの世界の女性も、迂闊に男性を近付けられないだろう。
つまり冤罪は成立しないのだ。
冤罪を作って結婚しようとするのは、男性よりも女性にリスクが高い。
それをわかっていてやろうとする女性はたぶんいないのだ。
生理に予定日があることから、男性ではなく女性へのリスクが高いのだろう。
わかっているのなら言い訳は通らない、ということだ。
これはルヴィが来夢に女の子として振る舞うよう言ってくるのも無理はないかもしれない。
来夢はこれが初めての生理だ。
まだ明確な予定日というのはない。
初めての頃は不安定ともルヴィから聞いたし。
だが、来夢が性別を偽っていれば、来夢の責任になる可能性も高い。
彼女はそれを心配しているのだろう。
「大体わかったでしょうけど、だから、わたくしはあなたに性別を明らかにするように助言しているわけなの。あなたが性別を偽ったままでいると、最悪の場合、あなたが結婚できなくなるの。それはあなたとしても困るでしょう?」
「困る……ねえ。結婚できないと?」
「だって困らない? 普通は?」
「男として生きてきた俺が、いきなり同じ男を恋愛の対象にすると思う?」
恨めしそうに言えばルヴィも引きつった笑みを見せた。
考えていなかったのだろう。
「今の俺の感覚的には結婚できなくても特に困らない。それどころか無理に結婚させられるほうが嫌だ。男をそういう対象として捉えられないのに、いきなり結婚なんて冗談じゃないから」
「でも、だったら尚更性別ははっきりさせるべきよ。言ったでしょう? 隠していて生理になったとき傍に異性がいたら即結婚って。この場合はね? あなたには女の子としての予備知識がないわけだから、おそらく冤罪扱いにはならないわ。つまり結婚するしか道はないってことなの。その方が嫌じゃない?」
「確かに嫌だけど」
「本当に往生際が悪いわね。なにがどうなってもわたくしは知らないわよ?」
これだけ親身になっているのにと言いたげな口調だった。
親切を無にするしかない来夢は口を噤む。
このときは気付いていなかった。
神々が行動を起こすことで来夢の性別がはっきりするなんてことは。
「ふむ」
中庭で身体を休めていた閻魔は、ふっと上体を起こした。
その目が中空を見据えている。
できれば今すぐ来夢のところに行きたいが、今の来夢には近付けない。
近付けば即結婚という事態になってしまう。
それが嫌なわけではない。
だが、愛されていないのにそういう鎖で縛り付けることは、閻魔の自尊心が赦さない。
だから、
「上手く凌げよ、栗栖来夢」
そう呟くしかなかったりするのだった。
うつらうつらしている来夢の傍で、ルヴィが困ったように寝顔を眺めている。
来夢の拘りはわかるし、拘ってしまう気持ちも理解できないわけではない。
でも、こちらも親身になっているのに、こうも話が通じないといっそバラしてやろうかとも思う。
さすがにそれをすると来夢が可哀想だからやらないが、考えてしまう程度には焦れていた。
「それにしても生理痛が酷いわね。すっかり顔色も悪くなって」
もしかしたら女の子になったばかりだからか、もしくは完全に女の子の身体には変化できていなくて、変化の途中だから負担が出ているのかもしれない。
どちらにしろ事情を知る唯一の人物であるルヴィが来夢を隔離するしかない。
「クルスライム」
突然女の人の声が響いて振り向いたルヴィは目を丸くする。
そこにツクヨミとアルテミスが立っていたからだ。
目の錯覚と思うには来夢は神々と接点を持ちすぎている。
どうやらハデスや閻魔以外の神々も動き出したらしいとルヴィは困ったように彼女たちを見た。
「ツクヨミ様、アルテミス様、まだ昼です。今動くのは辛くはないのですか?」
「辛くても動かなければならないの。彼女はそこにいるのね?」
「えっと」
「わたしたちも子供のお使いではないの。逢わせてもらうわ。わたしたちはどうしても彼女に逢わなければならないの。邪魔をするなら出ていって頂戴」
ふたりの強硬な態度にルヴィは困ってしまう。
来夢は人違いだと言っているのにとも思う。
そう言おうか、と。
そう言ったら嘘をついていると言われそうな気もした。
神々は来夢を見て「クルスライム」だと判断している。
それでいくら来夢が人違いだと言ったところで、神々にとっては言い逃れにしか聞こえないのだ。
例えそれが来夢にとっての真実だとしても。
「ルヴィ。だれかいるのか? 人の話し声が」
来夢の声がしてツクヨミとアルテミスが動いた。
真っ直ぐに寝台に近付いていく。
ルヴィは止めようかどうしようか迷ったが、近付いたアルテミスによって来夢から遠ざけられてしまった。
いきなら目の前にふたりの女性が立っていて来夢はキョトンとする。
その険しい顔付き何故なのか、来夢にはわからなかった。
「変わらないわね、クルスライム」
「だれ?」
「惚けるの? わたしを忘れたとは言わせないわ。あなたが連れ去ったアマテラスの妹ツクヨミよ」
「ツクヨミ……?」
生理でボウッとした頭では言葉の意味を理解するのに、すこしの時間が必要だった。
頭の中で反芻してから、ようやく理解する。
また間違われているのだと。
「俺は確かに栗栖来夢だよ。でも、ハデスたちの言っているクルスライムじゃない。その辺のところ誤解しないでくれないか?」
「俺?」
ツクヨミが呟けばアルテミスが呆れたように言い返した。
「口が悪くなったのね、クルスライム。それに女性のクルスライムじゃないって、あなた女の子じゃない。あの日を迎えておいてなにを言っているの?」
「そういう意味じゃなくてっ。俺は、その、確かに女の子かもしれないけど、そっちの言っている女性のクルスライムじゃないって言ってるんだっ!! ハデスにも閻魔にも人違いだって何度も言ってるよ」
ムウッとした来夢に言われ、ふたりの女神は顔を見合わせる。
「どう思う? ツクヨミ。あなたの目には別人に見える?」
問われたツクヨミはかぶりを振ってみせた。
「見えないわ。どう見ても同一人物よ。力の波動も同じだし生命の輝きも同じ。どこからどう探ってみても彼女はクルスライムよ」
神々からみれば人違いかどうかすぐにわかる。
神々にはそれだけの力があるのだから、人違いするというのは非常に難しいのだ。
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