第17話
1週間って短いようで長いと、最近になって来夢は感じるようになっていた。
来夢が明かす決心ができないと言っているので、現在、来夢の世話はすべてルヴィがやってくれている。
そもそも来夢では生理のときの対処方法なんて不明だし、彼女の手助けがないとなにもできないので仕方がないが、ふたつも年下の少女の助力を当てにしている現実に、来夢はどうにもやりきれない気持ちになっている。
生理がきたのだから、身体がまだどっちつかずということはないだろうというのが、同性としてのルヴィの見立てだった。
かつては男だったかもしれない。
だが、現在の来夢は完全に女の子になっている。
そう保証されていた。
保証されたからといっても、即座に「そう。だったらこれからは女の子として振る舞うわ」なんてオカマみたいに言えるはずがない。
来夢は少女として振る舞う自分を想像すると、それだけでゲンナリする。
生理になったと指摘して、実際に生理で苦しんでいても、まだ男として振る舞う来夢に、ルヴィは呆れているようだった。
「あなたって相当頑固ね?」
「そんなことを言われても」
「昔は男の子だったとしても、よ? 今生理がきている段階で女の子は確定なの。それなのに未だに男言葉だし」
無情にもそう言ってくれるルヴィに思わず来夢は恨み言を言ってしまった。
「だったらこれがルヴィなら、今まで女の子として思ってきました。でも、実は男だったんです。肉体の作りも変わりました。さあ。男として振る舞ってくださいと言われて、即座に男らしく振る舞えるのか?」
「うーん。やっでできないことはなさそうだけど」
「両脚を揃えて座ったら変態扱いでも?」
「え?」
脚を揃えるなと言われルヴィが青くなる。
王女として育ってきたルヴィにはあり得ないことだったので。
王女として女らしい仕種や振る舞いは叩き込まれてきた。
それを全否定されるのはさすがに……。
「品のない例えで悪いけど、下のことからなにから全部、男と女じゃ違うんだ。例えば立って外で用を足せ、と言われてルヴィはできるわけ?」
「……男の人ってそんな真似をするの?」
「俺はしたことないし、ルヴィの兄さんたちにしたって、その立場的にしたことないだろうけど、普通の男なら一度や二度はしたことあるだろうし、庶民なんかだとそういうの普通じゃないかな」
それが清潔なことだとは言わない。
だが、来夢も実際、地球では何度か酔って外で用を足す同性(?)とか、トイレまで我慢できずに外でやっている男とか、そういうのは普通に目にしてきたので、こちらでも下々の者はそういうことは普通にやっているんだろうと思う。
さすがに王族とか貴族とかは、その立場的にそういう真似をしないのだろうが、そういうことを気にしなくていい立場ならやっているはずだ。
禁止されていてもやりたくなる。
それが男なので。
さすがにルヴィも女性ではありえない外で立って用を足す、という具体例を出されると即座にできるとは言えないようだった。
青くなったり赤くなったりして顔を背けている。
「男と女。口に出せば僅かな違いだよ? でも、実際には男と女じゃなにからなにまで違うんだ。
言葉遣い、振る舞い、日常生活で起こす行動。なにからなにまで違う。
それでいきなり異性でしたなんて言われて、平然と受け入れられる奴がいたら、俺は見てみたいよ。性同一性障害でもあるまいに」
性同一性障害なら、それはまあいきなり男でしたとか、女でしたとか言われても、喜びはしても抵抗はないのだろう。
だが、来夢は男としての自分に不満を持ったことはなかったし、特に疑問も抱いていなかった。
その状態で実は女の子なんだよ、なんて言われても来夢的には全然嬉しくない。
「あなたの気持ちはわかるけれど……あなたが実際に女の子なのは事実なの。そして月に一度生理がくるのも事実。この国でいえこの世界であなたが女の子であることを伏せていることは……お勧めできないわ」
「それは……わかってるけど。結婚、だろ?」
短く告げるとルヴィは小さく頷いた。
今回はなんとか凌げた。
だが、これから先も来夢が少女だということを伏せていれば、いつかはきっと来夢が生理になったときに、傍に異性がいるという事態に陥るだろう。
相手は来夢を同性だと信じているのだ。
具合が悪そうにしていれば心配するだろうし、来夢も事実を言えない以上、相手を撃退して追い出すのは難しいだろう。
そうなるとどちらもその気もないのに結婚、という事態になりかねないのだ。
閻魔王は来夢が異性だと承知しているから、そういう事態にはならないだろう。
今回も敏感に察して避けてくれたくらいなのだ。
彼はおそらく大丈夫。
だが、ルヴィの兄たちとか、来夢と親しい異性がなにも知らずに傍にいるという可能性は否定できない。
そのことを思うとルヴィとしては、来夢のためにも女の子らしい格好をして、自分は女の子だと振る舞ってほしいのだ。
でなければ来夢自身も好きでもない相手と結婚しなければならなくなるので。
「その……生理のときに一緒にいたら即結婚っていう事態だけどさ。それってこの国の王とか国王とかでも関係ないわけ? それどころか相手が奥さんや子供がいても関係ないわけ? 年齢も?」
「問われたことにひとつずつ答えていくとね? その事態に陥ったのが兄さまたちだとすると結婚しないと、男の人としての器量を問われる事態になるの」
「男としとの責任問題ってこと?」
短い問いにルヴィは頷く。
「知らなかったとか、好きでもないから嫌だとか。そういう言い訳は通らないの。治世者なら余計に責任を取ることを求められるわ。法で裁く者が法を守れないようではダメだって」
「ふう」
思わずため息が出てしまう。
愛情がなくても、その事態になったら結婚は免れないらしい。
王子とか、そういう立場だと尚更に。
「それから相手がお父様とか、奥様やお子様がいる場合、これは事態がすこし複雑でね? 生理のときに一緒にいたら、結婚というのは聖なる起きてだから避けられないの。でも、そのために奥様と離婚するのも本末転倒。だから、そういう場合には重婚が認められているわ。その場合後から結婚する相手。この場合あなたね。あなたが第二夫人という立場になることになるわ」
「ここはアラブかよ」
気を取り直して来夢は質問を続けた。
「もしお互いに旦那や奥さんがいたら?」
「あ。それはあり得ないわ。基本的に人妻になると他の男性は近付けないから。特に予定日が近付いてくるとね」
そこまで特別扱いされるほどの掟だとは思わなかった。
頭の痛い。
「最後に年齢だけれど……まだその……性体験をできない年齢の子供は対象から省かれるの。男の人って性体験をできるようになるには、その満たすべき条件があるんでしょう? わたしたちと同じような意味で」
赤いルヴィの顔を見て「ああ。精通のことかな」と来夢は考えた。
口に出さないだけの分別はあったので。
「その条件が満たされていない男の子は子供と判断され結婚はしなくて済むわ。ただ一度前例を作ってしまうとね。二度目は言い訳がきかなくて、好きな相手と結婚するために男の人は、とても慎重になるとも聞くわね」
つまり「精通」もしていない「子供」は性体験ができないので、生理を迎えた女の子の傍にいても、結婚という事態は免れる。
しかし一度前例を作ってしまうことになるので、二度目の危機感は強く同じ事態を起こすまいと特に意識するようになる。
そのせいで結婚年齢が早くなるか、もしくは遅くなるのが常識ということなのだろう。
意識しすぎてさっさと結婚するか意識しすぎて中々結婚できないか。
きっとどちらかなのだろう。
「あなたの場合はもう生理が来ているわけだし、親しい相手は全員男性といえる年齢。あの問いかけは、そういう意味では無意味ね」
ここまで生理のくる女性に対する意識が強い国だと思わなかった。
しかも考えすぎてなかったら、生理のくる人妻の扱いはもっと酷い。
そういう事態にならないように夫以外を近付けられなくなる。
少なくとも生理が近付いてきてから終わるまでは。
これは厄介だ。
そこまでの難問だとは思っていなかったのだ。
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