relive_the_end_of_world_13.txt


仮想現実に潜ると、そこは柔らかな光の差し込む温室だった。

多国籍の植物たちが一堂に会している。

植物園らしい。


「どこだよ、ここ?」


しばらく散策すると、開けた場所に出た。

草原に、枝葉を広げた樹が一本。

その下には、白いティーテーブル。


そこで、白衣を羽織った妙齢の女性が座っていた。

黒いタイツに包まれて、すらりと伸びた脚。

何気なく組み替える。


二階堂ゆず葉。


彼女が現在、俺を担当しているメンターだった。


既に彼女は待機していたらしい。

俺に気が付くと、にやにやと笑いだす。


「ふっふっふ。やあ、遠君。久しいね」


やけに大業な言い回し。


「先週も会ったばかりだろ?」

「画面越しだっただろう。こうして直接、お目にかかるのは数年ぶりだと思ったけどね」


本物・・の日光を長らく浴びていないせいだろう。

肌は磁器のように滑らかだが、病的に白い。

艶やかな髪だが、いかんせん、櫛が入っていないらしい。

鳥の巣になっている。

アクセサリ、とおもいきや張り付いていたのは付箋だった。

際立つのは濃い隈。

整った目鼻立ちを台無しにしている。

白衣には正体不明のシミが幾つか。

この人は全体的に美人だが、身だしなみに無関心過ぎた。


「先生。たまには外に出た方が良いぜ。日光を浴びた方が良い」

「外に出る理由がないねえ。栄養素ならサプリメントで補える」

「そうかもしれないけどさあ……」

「かく言う君も、少し窶れていないかい? 何か有ったのかい?」

「……いや。大したことはねえよ」


姉妹に酷い目に遭わされただけで。

思い出したくない。


今頃、現実の彼女は、薄暗い研究室の片隅で、BMIを被っているのだろう。


「で、どうだい? 君と仮想世界で会うのは初めてだからね。少し、凝ってみたよ」

「この植物園、先生が造ったのか?」

「まあね」


椅子に座り、卓上のクッキーを口に放り込む。

香ばしいバターに、嫌味の無い甘さ。

歯の先が当たった瞬間、さくり、と軽やかに崩れる。

このクッキーだって、ゆず葉が造った幻想なのだ。


「凝ってる、なんてレベルじゃねえだろ……」

「なかなかうれしい反応をしてくれるじゃないか」


ゆず葉が笑う。


「せっかくだから、日当たりの良い場所を選んだよ。ふふふ」

「だけど、結局、室内じゃねえか」


植物園の中だし。

どれだけ外が嫌いなのか。


「それで、何か私に話したいことは有るかい?」

「別に」

「詰まらんな。君のメンターはやりがいが無いよ」


という言葉とは裏腹に、少し嬉しそうな先生。


現在、世界の人口は4億人ほど。

その人口は藤原道長が


「この世をば、わが世とぞ思う望月の、云々」


などと思い上がっていたころと同じくらい。


当然、人口は疎ら。

中にはこうして御堂家のように田舎に住居を構えていたりする。

そうすると、家族以外の人間、特に年長者との交流が希薄になる。


そのため、「メンター」という制度が整備された。


対象者は10代、20代の青少年。

メンター資格を持った年長者のカウンセリングを定期的に受ける、というシステムだ。義務ではないが、推奨されている。簡単に言えば、年長者のお悩み相談室。


「本当に、何か話したいことはないのかい?」

「今のご時世、悩みなんてある方が珍しいだろ」

「だからこそ、だよ。悩みとは、楽しいモノになったのさ」

「……どういう?」

「この有り余る自由を何の為に使うか。それだって悩みだよ。……ところで、先生は息災かい?」


ゆず葉の言う「先生」とは、俺の父の事。

かつての父の教え子が、ゆず葉だった。


「相変わらず不味いコーヒーを淹れてるな」

「遠君。それが自由と言うものだよ」


高度な能力をドブに捨てること。

この社会は、それすらも許容する。


「あ、そう言えば、1つだけ有ったな」

「すまないが、それは手遅れだよ」

「まだ何も言ってねえよ……」

「ああ。シスコンは不治の病だ。諦めたまえ」

「シスコンじゃねえよ!」

「……違うの?」

「違う!」

「ふむ……。して、悩みとは?」

「2つに増えた。1つは、あんたにシスコンだと誤解されてることだ」

「ふむ。誤解じゃないね。次」

「おい」

「解決して所で、次の悩みを言いたまえよ」

「解決してねえけどな……。先生は、relive_the_end_of_worldって知ってるか?」


その時、先生の猫背が微かに伸びる。


「ほう? それは興味深い」

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