relive_the_end_of_world_7.txt


彼、或いは彼女は、何故。

ここまで精緻な世界を造りながら、建築物の位置だけ変えてしまったのだろう?


それだけがずっと、気になっていた。









破れたフェンスの先に、海は在った。


ひび割れだらけの幹線道路。

緩やかな下り坂は、やがて海中へと続いている。


「「海だっ!」」


双子は無作法に手を使わないで靴を脱ぎ捨てる。


「あ、おい、危ないぞ!」


そんな静止は振り切って、そのまま海に飛び込んだ。


「冷たっ!」


寄せ来るさざ波を、つま先で蹴飛ばす。

上がる飛沫が、陽光をキラキラと反射する。

宝石のように。


海辺と呼ぶには退廃的。

海面からは、半ば水没したビルが姿を見せている。

地球温暖化による海面上昇か。

こんな終わり方も在り得たのかもしれない。


そんな世界の波打ち際で、それでも彼女たちは笑う。


「「きゃっ」」


はしゃぎすぎた2人が、波打ち際にしりもちを突く。

そんな様子を互いに笑い合う、が、ふと静かに。


「ど、どうした?」


唐突過ぎて、心配になるくらい。


「遠が、やらしー目で見てた」

「ん。見てた」


二人がそんな事を言う。


「なっ、見てねえよ」


無意識に目で追ってしまっただけで、別に深い意味は無い。


あれ。

そういうの。

日本語でなんて言うんだっけ。


見惚れる、は違うと思う。


「今回は、そういうことにしておくけどさぁ」


詩は眇めた目でそんなことを言う。

そんな事を言いながら、ウィンドブレーカーを脱ぐ。

ついでにレギンスも脱ぎ捨てた。

祈も妹に習う。


「やらしー」


とか言いながら、無防備だから困る。

濡れたインナーがぴったりと貼り付き、ほっそりとした身体の輪郭が露わになる。


そんな様子を直視しないように、視線を遠くやる。


「気をつけろよ。砂浜じゃないんだから」


実際、海底は廃墟だ。

瓦礫で足を切るかもしれない。


「あはは。遠は心配性だなぁ」

「大丈夫。水も透明だから」

「まあ、確かにな……」


海中へと伸びる道路。

その脇に佇む電柱や、ビル。

意外にも、遠くまで見渡すことができた。


黄色い鮮やかな魚の群れが、すいー、と道路を横切る。

まるで空を飛んでいるように。


「昔の東京湾って、もっと汚い印象があったなあ」


波打ち際に素足を浸しながら、詩は言う。


「確かにな」


海水に指先を浸し、舐めてみる。

普通に塩辛い。


「金属イオンかもな」

「何それ?」

「街がまるごと海に沈んでるんだ。だから、金属イオンが解け出す。そのせいで、プランクトンが育たないんだ」

「「どゆこと?」」

「まあ、廃墟から毒が解け出して、小さな生物が生きにくいってことだろうな」


プランクトンは人間から見ればほとんど砂粒。

それが少ないから、水の透明度が高くなる。


太平洋の中心。

南国の透明な海は確かに綺麗だ。

しかし、あれは単に栄養が少ないのだ。

栄養を運ぶ海水が無いから、海が痩せる。

別名、海の砂漠。


過去の東京湾も、それと同じらしい。

東京の場合、原因は金属イオンだけど。


それに廃墟の地面はアスファルトだし、砂泥も巻き上がらないのだろう。


「遠。むずかしい顔してる。ふきげん?」


不意に、祈が言う。


「いや、別に」


突然、祈が目の前に立つ。


「はい」


「……え、何?」


くるり、とその場で回りながら、うっすらと笑う。


「ちょっとなら良いよ。やらしー目で見ても」

「見てね――ぶっ!」


突然、頭を叩かれる。


「この変態! ばか!」

「い、今のは祈姉が悪いだろ!?」


「遠。元気そう」


あはは、と祈は笑う。


元気ではない。

焦ってるだけで。


「考えてただけだよ」

「「やらしーこと?」」

「違う!」


ずっと違和感を覚えていた。


この世界の作者は、何故。

ここまで精緻な世界を造りながら、建築物の位置だけ変えてしまったのだろう?


「――不思議じゃないか?」


しかし、2人は腑に落ちていない様子だった。


「「ゲームだからじゃない?」」


と言って首を傾げる。


俺の感覚が、やはり、変なのだろうか。


その時、視界の片隅で黄色い花が揺れていた。


「そうだ。あの花は知ってるか?」


瓦礫の傍らに、黄色い花の群生。

背丈は50センチほど。

時折、吹く風に揺れている。

街中でも時折、見かけた。


「黄色くて綺麗だね。知らないけど」


と詩が言う。

祈も首を振った。


「見たことない」

「だろうな。あの花は元々、日本に無い」

「「そうなの?」」

「オオキンケイギク。アメリカ原産の花だな」

「ゲームだから、間違えたんじゃないの?」


詩は笑う。


「いや。これで正解なんだよ」

「「どゆこと?」」


同じ仕草で、2人は首を傾げる。


「外来種ってやつだな」

「「……ガイライシュ?」」

「そう。外来種。人間や物が世界中を行き来するだろ? その時に、いつの間にか生物も一緒に運ばれるんだ。そいつらが、運ばれた先で繁殖を始める」


例えば、この黄色い花のように。


「でもでも、そんなに簡単に運ばれる? こんな花が紛れてたら、流石に気付くよ」

「昔の話だからな。種の状態だと難しいんだろう」


輸入した飼料や穀物に紛れ込んだり、コンテナにくっついたり。あとは単純に、人間の髪や服に絡まったり。


「それって、マズくない?」

「ああ。だから、今はもう駆除されてる」

「でも、この世界は?」

「昔だからな。外来種の駆除が済んでないんだろ」


この荒廃具合を見るに、この世界の人間に、そんな余裕は無いだろうけど。


「このキンケイギクだけじゃないよ。幾つか、外来種を見た」


アレチウリ、アメリカアザミ、ナガミヒナゲシ、等々……。

本で読んだ知識だが、調べればもっと多いはずだ。


「すごいね! そこまで再現されてるんだ!」

「ん。すごい」


二人が目を輝かせる。


「じゃあ、詩姉。祈姉。もう一回、訊くぜ。この世界の作者は、どうして建物の位置を動かしたんだ?」

 

しかし、2人はやはり首を傾げる。


「「ゲームだからじゃない?」」


やはり、細かいことを気にしすぎなのか。

いや、しかし。

この違和感。


ここまで完璧な世界を組み上げて、それを崩すので有れば、何か意図がある。

その意図が、気になって仕方ない。

この世界を造り出した、その人の、意図が。


立ち上がる。


「悪い。祈姉。詩姉。一旦、帰らせてくれ。ちょっと調べ事がしたい」


「「え?」」


「メニュー画面って、どうやって開くんだっけ?」


「「開かないよ」」


2人が口を揃えて言う。


「……え? じゃあ、どうやって帰るの?」


「「帰れないよ?」」


さも当然のように、姉妹は言った。

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