relive_the_end_of_world_6.txt

「詩姉。祈姉。俺たちは、この世界で何をすれば良いんだ?」





「「知らないけど?」」


さも当然のように、二人が答えた。


「この仮想現実、二人が選んだんだろ?」

「そうなんだけど、特に目的が有るゲームじゃないんだよね――」


姉妹の説明を要約するとこうなる。



一、6時間後、核ミサイルの雨が降り注ぎプレイヤーは死亡(強制)

二、それまでは自由


要するに、


「明日、死ぬとしたら何をしますか?」


というありがちな質問を、実際に体験しようという趣旨。


「……それって、楽しいの?」


思わず、口を突いて出る。

しかし、姉妹は憤慨すると思いきや


「「さぁ?」」


と首を傾げる。


「何かやりたいことが有ったんじゃ?」

「無いよね?」

「ん。無い」

「何でこのゲームを選んだんだよ?」

「良く分かんないけど、とりあえずは」

「いいかんじにおわってそう、だったから、かな?」


いいかんじにおわってそう、って。


「でもさ、結構、楽しいと思うんだよね」


誰に言うでもなく、詩が呟く。

その言葉に、祈も頷く。


「だってさ、遠も一緒だから」


再び、祈が頷いた。


本当に、この姉妹は。




「俺を玩具扱いするのは止めろよ」


「してないよ。ねえ?」

「してない」


無自覚かあ。


「で、どうすんだよ? 六時間」


しばらく悩んでから、詩が答えた。


「それがね、すぐには思いつかない」


えへへ、と詩がはにかむ。

祈も頷く。


「終わりの世界が見たかった」


詩は言う。


「でも、いざ、目の前にすると、……ね?」


戸惑いながら、彼女はそんな言葉を選ぶ。


「まあ、そうだよな」

 

だからこそ、この仮想世界は存在するのかもしれない。

やがて訪れる人生の終わり。

時折、ちらりと姿を見せる。

しかし、日常に流され、すぐに隠れてしまう。

そんな終わりと向き合うため、終わりだらけのこの世界は在る。

佇む廃墟の街は。


「ね。君はどうしたい?」


詩が問う。


「そうだなぁ……」


六時間後には人生が終わるとして。

精確にはあと5時間48分だけど。


実際、思いつかないものなんだな。

この世界に来て、それを知った。


「少し、歩く?」


その問いに二人が頷いて、散策が始まる。






東京。


ニューヨーク、上海、ロンドン、ミュンヘン、アムステルダム、等々。

世界の大都市、と言えば五番目以内には名前が挙がるくらい。


そんな街の、慣れの果て。


ビルを降りて、三車線の中央に立つ。

かつて、この通りを無数のガソリン車が行き来していたのか。

今は、ひび割れから草木が這い出し、半ば草原と化している。


「あ」


と詩が言う。


「詩姉?」

「そう言えばボク、渋谷って所に行ってみたいかも」

「詩。なにそれ?」

「なんかオシャレだったらしいよ」

「それって、ぱりこれ、かな?」

「詳しくは分からないけど、そうだと思う!」

「なるほど」

「違えよ」


渋谷はかつて、若者向けの小売店が集まっていた場所だ。

パリコレはファションショー。

この人たち、全然、分かってない。


「渋谷か……」


俺たちが立っていたビル。

この特徴的な建物は、おそらく「都庁ビル」だろう。


「じゃあ、南だな。――どうしたんだよ?」


歩き出そうとすると、姉妹にまじまじと見られていることに気付く。


「どうした?」

「「何で知ってるの?」」

「前に、古い地図をぱらぱら眺めてたんだよ」

「「何で覚えてるの?」」

「記憶力が良いからな。行こうぜ」


降りしきる蝉時雨の中を行く。


しかし、暑い。


この世界は、熱までも再現されていた。


アスファルト。

続く路の先。

陽炎に揺らいでいる。

そんな中、巨大な塔が現れる。


「あれが、渋谷?」


「……いや。違う」


東京スカイツリー。

21世紀前半に建てられたそれは既に役目を終え、22世には展望台として観光地化していたはず。

そして、それが在る場所は墨田区の辺りだ。

少なくとも、新宿の南側には無い。


違和感。


「遠。もしかして、迷子?」

「いや。多分、この世界、現実の東京に忠実じゃない……」

「そういう時って、普通は自分の方を疑わない?」

「ここが現実世界だったら、そうなんだろうな」


その時、不意に祈が言う。


「記憶力が良いからな。行こうぜ」

「祈。かわいそうだよ。止めてあげなよ」


と言いながら、詩は笑いを押し殺す。


「迷子になっちゃったし、どうしようかなぁ?」

「目的地なんて、どこだって良かった」

「それもそうかぁ。祈、良いこと言うじゃん」

「ん。せっかくだから、海、行く?」

「良いね!」


頷き合うと、走り出した。

夏の陽光に目を細め、廃墟を駆ける少女の後姿を追う。


「妙だよな……」 


呟いてみるのだが、その違和感の正体が分からない。


「遠! 早く!」


詩が一度だけ振り向いて、手を振る。


その背後に入道雲。

セミの声の残響。


「暑い……」


その時、汗が一筋、頬を伝い、顎先から落ちた。

その一滴はアスファルトに、ほんの数秒だけ染みを作る。

蒸発したのだ。


つくづくリアルだよな、と心の中で呟く。


ああ。

そうか。


違和感の正体。


リアルだという感想は、しかし、この世界が造り物だということだ。

現実の世界に、「リアル」なんて感想は抱かない。


造り物で有るなら、造り手がいるということ。


彼、或いは彼女は、何故。

ここまで精緻な世界を造りながら、建築物の位置だけ変えてしまったのだろう?


「ゲームだから」


その一言で片付いてしまいそうな気がする。


しかし、それだけが不思議と気になった。

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