relive_the_end_of_world_3.txt

「さあ。どこに行こうかな?」


詩はいたずらっぽく笑った。


「ここから選んで」


祈が布団の隙間から携帯端末を取り出す。

中身はどうなっているのか……。


端末には、姉妹が選んだと思われる仮想世界の一覧が表示されていた。


『relive_the_end_of_world』

『おいでよ、しゅうまつの森。』

『the_final_two_of_human』

『ぞんびーず』

『metanoia』

『猫の惑星』

etc...



「なあ、これさ……」

「どうかした?」

「なんか、偏ってない?」

「あー、ボクたちの趣味がでてるかもねぇ」

「っていうか、ジャンル1つしか無いよな?」

「そんなはずないよ。いろんなジャンルを選んだから」

「え?」

「これは、原因不明の病原菌。これは戦争。こっちは隕石で、こっちは宇宙人。他には資源の枯渇だね。あとは大量の猫とか」


「色んなジャンルの終末だよな!」


大量の猫は分からないけど。

それで人類は滅びるのか。


戦争、貧困、疾病、飢餓、差別、環境破壊 etc...


そんなものが人類を悩ませたのは、過去の話。

発達した科学は全てを解決してしまった。


最早、働く必要も無い。

自分の人生を全て、自分の為に使えることは当たり前。


例えば、

高度な専門教育を受けた上で、

美味くも、金にもならないコーヒーを淹れ続ける生活とか。


どこかの親父みたいに。


そんな人生はきっと、


「無駄遣いだ」


と切って捨てられる。

かつて、なら。


あらゆる問題は解決したと思われていたのだが、そんな人類の手の平に、一つだけ残されていた。


どう、生きるのか。


言ってしまえば、退屈。

つまり、この長い人生の退屈を、どうやって紛らわせるのか。



仮想現実も退屈を紛らわす手段の一つ。


アドベンチャー、RPG、パズル、アクション、レース。

様々なジャンルの遊戯を、仮想世界の中では楽しむことができた。


その中でも、決してメジャーではないが、根強い人気を誇るジャンルが有った。


『終末系』


人類、もしくは世界の終わりを追体験するジャンル。


「はじめてなら『rerive_the_end_of_world』じゃない? 王道だし」

「『猫の惑星』。はじめてはのんびり」


幾つかのタイトルを挙げながら、きゃいきゃい、とはしゃぐ彼女たち。

この双子が選んだタイトルは全て、いわゆる『終末系』だった。


「他人の不幸は云々ってことか……」


思わず呟く。


戦争、貧困、疾病、飢餓、差別、環境破壊 etc...

それら最早、歴史の中にしか存在しない。

そして続く、百二十年の安穏。

絶対的な安全地帯から見下ろす、そんな世界の終末は、さぞ気持ちが良いのだろう。

だから、こうして公式ストアを見ても、『終末系』はそれなりの数が有る。


「人類。歪んでるぜ」


そんな歪んだ詩は、愉快そうに笑う。

いつの間にか背後にいた彼女は、肩越しに俺の端末を覗き込む。


「どれにするのー?」


ゆさゆさ、と揺さぶられる。

ふわり、詩の毛先が首筋をくすぐる。


「正直どれもなぁ……。俺、世界遺産が見たいんだよね。一般人は現実で入れないヤツ。ピラミッドとかさ。後は、世界の国立自然公園を巡るやつとか。レンソイスに行ってみたい」


一応、希望は伝えてみる。


「つまんない。却下」

「や」


すぐに姉たちに拒否されてしまう。

まあ、分かってはいたけど。


こちらが折れるまで、姉たちは俺の部屋でひたすら駄々をこね続けるのだろう。

最初から拒否権なんて無いのだ。


「良いよ。二人のおすすめで」


「「本当に!?」」


二人が目を輝かせる。


「「じゃあ、これで!」」



『relive_the_end_of_world』


姉妹が選び出したタイトル。


直訳すれば、『世界の終わりを追体験する』となるだろうか。

早速、物騒な題名だ。


「どんなゲーム?」

「RPGだったらドラゴンファンタジー的な存在らしいよ」


詩が答えた。


「なるほど……」


初めての仮想世界の行き先を、姉妹に強制されたこと自体は気に食わないが、別に『終末系』自体が嫌いだったわけではない。

興味すらあった。

実際、根強い人気のジャンルだから。

人類は歪んでいるので。


『終末系』界隈のドラファンなら楽しめるのかもしれない。


「それで、どうだったんだ?」


「「知らない」」


姉妹が同じ声で、口を揃えて答える。


「二人とも、行ったことあるんじゃないのか?」

「無い」

「そもそも、まだ仮想現実に行ってないからね。ボクたち」

「え?」


姉妹の誕生日は5月5日。

ゆうに2か月は前だ。

当然、それだけ早く仮想現実が解禁されているわけで……


「どうして?」


と、いう疑問に、二人とも不思議そうな顔をする。


「はじめて仮想世界に行くんだよ? こんな楽しそうなこと」

「3人の方が絶対に楽しい」


さも当然のように言う。


仮想の世界なら、どこにでも行けるし、何にでもなれる。


十六歳は特別だ。

数年も前から、その日を心待ちにする。


好きな音楽とか、

恋愛とか、

将来の夢とか。


そんな話題に並んで、十代が挨拶のように交わす言葉が有る。


十六歳になったら、どんな仮想世界を旅するか。


「2か月も待ってくれたのか?」


こくり、と二人が頷く。


「「当然」」


「そうか、だから……」


なるほど。

謎が解けた気がする。


「……だから、最近、俺への当たりが強かったんだな?」


こくり、と二人が頷いた。


ここしばらく、いつにも増して我儘が過ぎた。

それはガス抜きだったのだ。

仮想現実の世界に旅立てないことの。


「別に、待たなくても良いだろ……」


俺に八つ当たりするくらいなら。

しかし、姉妹は首を振った。


「遠。はじめては1回だけだよ?」

「1回しかないはじめてを、全力で楽しむ」


「さいですか……」


俺を待っていたのも、別に俺の為ではないだろう。

自分たちが大いに楽しむ為。


昔から、この姉妹は貪欲だ。

楽しむ、ということに対して、どこまでも貪欲。


「あー、分かったよ……。付き合うよ。気が済むまでな……」


その言葉を聞いて、姉妹は爛々と目を輝かせる。


言わなければ良かったか、と少し後悔。


しかし、旅が始まった。

二人の姉に引きずられるようにして。


幾つもの「終わり」を巡る旅が。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る