relive_the_end_of_world_ 4.txt


ベッドの上にマットレスを広げ、準備が整った。


仮想現実用のマットレス。

内部に仕込まれたアクチュエータがマットレス内部のゲルを撹拌。

体重がかかる部位を常に変化させてくれる。


あまりの快適さに、普通の寝具としても普及している。


寝転がると、確かに、快適。

体重が絶妙に分散される。

お腹の底をくすぐられるような浮遊感。



しかし、


「ん。良い寝心地」

「でもさぁ、狭くない?」

「遠が大きい」

「それだ」

「昔は小さくてかわいかった」

「遠。縮んで?」


さも当たり前のように両隣に寝転ぶ姉妹。


「出ろ」


しかし、祈は答えた。


「詩。出ろ、だって」

「……いや。祈姉もだからな」


彼女は不思議そうに言った。


「昨日の夜はそんなこと言われなかった」

「昨日の夜は寝てたからな」

「確認した」

「……そうだっけ?」

「ん。横で寝ちゃダメなら言ってね、って」

「確認になってねえだろ。それ」

「遠、なにも言わなかった」

「……言わねえだろうな」


寝てるのだから。


「祈姉。男女七歳、同衾するべからずって言ってな」

「大丈夫。ばっちくても私は気にしない」

「汚くねえよ! ……言っとくけど、同衾って、ドウ菌じゃねえからな」

「じゃあ、なに?」

「一緒に寝ること。駄目だろ。男女で一緒に寝るとか」


祈姉に関しては今更な気もするけど。


「なら大丈夫」

「何が?」

「私たちは姉弟きょうだい

「遠が今さら男だとか言われてもねぇ。逆に遠、ボクたちのことそんな風に見てたんだ? やらしー」

「み、見てねえよ!」

「あ。むきになるの、あやしーなぁー」

「あやしい」

「なってねえよ。今更、気にするかよ。姉弟で」

「じゃあ、問題無いね」


詩姉は仰向けになると、そのまま持参したブレインマシンインタフェース(BMI)を被る。


「あ、詩姉。起きろよ」

「………………」


既に仮想の世界に旅立ったのか。

或いは、聞こえない振りか。

とにかく返事は無い。

左隣では、祈姉もBMIを被った所だった。


「祈姉。起きろって」

「………………」


この姉妹は。

本当に、もう。


神経信号はBMIが拾ってしまう。

だから、指先一つ動かせないのに。

この姉妹は無邪気に肢体を、ベッドに投げ出している。

ダイブ中に身体が動くと、強制終了する機能は標準装備だ。

しかし、そうは言っても、


「無防備過ぎんだろ。…………襲うぞ」


思わず呟いてしまう。


「襲うって。やらしーなぁー」

「ん。やらしい」


「起きてんのかよっ!」


しかし、今度は本当に仮想現実へ旅立ったらしい。

何度、呼びかけても返事が無い。


ふと、床を見る。


仮想現実にいる間、身体は一切、動かない。

そんな状態で長時間、固い木の板に身体を放置したら。

目が覚めた頃には全身が軋むように痛むだろう。


身動き一つしない姉たち。

既に仮想の世界。


二人を見ていると、思う。

この姉妹に振り回されて、自分が痛い思いをするのが馬鹿みたいだ。


「あー、もう」


丁度、人間一人分。

詩姉と祈姉の間に、空間が有る。

そこに身体を滑り込ませて、BMIを被る。


旅立ちとは本来、もっと厳かなものだったはずだ。

そうあって欲しかった。


未知の世界への期待と不安。

緊張に背筋を伸ばし、噛みしめながら踏み出す、一歩。


しかし、実際は、どうしてこうも慌ただしいのか。


「この姉妹は……」


右耳の傍に起動ボタン。

触れれば、ピ、と小さな電子音。


瞬間、視界が白く染まる。


浮遊感。


まず、失われたのは身体の感覚だった。

上も下も分からない。


重さも、温度も、色も無い。

透明な水の中に浮かんでいる感覚。


「これが」


と呟いてみて、それが音にならないことに驚く。


そもそも何も見えない。


それは暗いのか、というと暗いわけでない。

かと言って、明るくも無い。

何も見えないのだ。


何も聞こえないし、肌触りも無い。

味も、匂いもしない。


説明できない。

何も無いのだから、何にも例えられない。


「無」を説明す言葉は無い、と知る。

そんな奇妙な心細さを感じ始めた頃。


自分が立っていることに気が付く。


数分ぶりの「立つ」という行為が、やけに新鮮。

重力がこんなにも煩わしい。


光が、

音が、

匂いが、

戻ってきた。


吹き抜ける風。

混じる錆と埃の匂い。


「ここは……」


固い靴底越しに、ザリザリ、と砂利の感触。

今、立っているここは、どうやらビルの屋上らしい。

同じような摩天楼を足元に見下ろす。


しかし、そのどれも朽ちる途中だった。


傾いているモノ、

半ばから折れているモノ、

或いは、完全に地面に横たわるモノ。


人の気配は無い。

ただ、規則的なセミの声だけが響く。


視線をさらに遠くに向ければ、そこに海が見えた。

遥か先、水平線で空と繋がっていた。

そびえ立つのは入道雲。

ビル群すらミニチュアに思えるくらいには巨大。


風が吹く。

熱い。

大量の湿気を孕んでいる。

どこか不安定な嵐の前の大気。


広がる廃墟の摩天楼。


現実離れしたその光景は、しかし、どこまでも鮮明。

生々しく五感に訴える。


地面を踏みしめる自分の脚が、やけに頼りなく感じる。



「なるほど。そうか、ここは……」




relive_the_end_of_world


それがこの世界の名前。

直訳すれば、『世界の終わりを追体験する』となるだろうか。


つまり、ここは終わりの世界だ。







在り得たかもしれない、もう一つの世界。

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