relive_the_end _of_world_2.txt

山裾の静かな木立の中に、そのログハウスは有った。

北欧風の造りだか、どこか和の趣を感じる。

建材として使われた吉野杉のせいか。

雪が落ちるように設計された急斜面の屋根が、どことなく合掌造りを思わせる。

三階建ての我が家だった。


「ただいまー」

「おかえりー。……あ、詩ちゃん。いらっしゃい」


バータイプのキッチンから上半身を乗り出して、親父が迎えてくれた。


「おはようございまーす」


だらしないパジャマの詩は照れるでもなく答える。


「コーヒーはどうだったかな?」


作業の手を止めて親父が問う。

カフェエプロンはこげ茶のシミが幾つも。

分厚い眼鏡には、おそらくコーヒー豆の粉末が乗っていた。


「まずかったよ」


正直に答える。

親父のコーヒーがまずいのは日常茶飯事なので、今更、取り繕う気もしない。


「そうかぁ……。うーん、今回の理論は完璧だと思ったんだけどな……。ふるーてぃーな酸味。うーん……。遺伝子改良して、○○酸を増やしたんだけどな。却って強すぎたか……」


そんなことを呟きながら、生い茂ったひげを撫でる。


「なあ、親父。別に、親父のやり方が悪いってわけじゃねえけどさ。もっと普通に淹れたら?」

「……普通、というと?」

「いや、なんていうか、同じメシでも、誰かと食うと美味しかったりするだろ? 確かに科学的なアプローチも必要だとは思うけど」

「な、なるほど……! 遠! それは慧眼だよ!」


親父は興奮気味にタブレット端末を取り出す。


「コーヒーの状態だけじゃなくて、コーヒーを味わう人間の状態にも注目するべきということだね! 早速、脳科学の文献に当たってみるよ! 生理学の勉強もしないと!」

「いや、親父、そうじゃねえよ……」


しかし、親父には聞こえない。興奮気味に、タブレット端末を指で突いている。

ふと、横を見る。

詩がシャツの裾を摘まんでいた。

くい、くい、と引っ張る。

口元を隠しながら、小さな欠伸を一つ。

くぁ、と漏れる吐息。

行こう、ということらしい。


階段を登りながら呟いてしまう。


「あれじゃ、次のコーヒーもまずいな……」

「美味しかったことなんて有るの?」


詩が首を傾げる。


「酷えな……。美味かったことも有るよ」


ごくごく稀にだけど、という言葉は省いた。


「そうなんだ。ボク、苦いのしか飲んだこと無かったから」


とんでもない言葉が詩の口から飛び出したので、一応、補足する。


「…………苦いのは仕様な。コーヒーだから」


すると彼女は真顔で言った。


「苦いのに美味しいって、無理くない?」


俺は何も答えられかった。



三階に登ると、


『遠の部屋』


という看板が掲げられた扉が有った。

三階はまるまるこの一室のみ。

と言っても、ほとんど屋根の中なので、広さは無い。

一階、二階の半分ほど。


その時、ベッドの布団が、むくり、と盛り上がる。


「……ん。おはよー」



そんな言葉と共に現れた少女。

猫のように身体を伸ばすと、口元を抑えて欠伸を一つ。

抱きしめるように、布団を自分の身体に巻き付ける。


白い肌。

しなやかな黒い髪は、結べば自然に解けるくらい。

すっと通った鼻筋に、切れ長の涼し気な目元。

形の良い唇は、ほんのりと桜の色。


確かに、美人と呼んで差し支え無いのかもしれない。



「ちょっと、いのり。何やってんの?」


隣で、詩が言う。

そんな彼女を、横目に盗み見る。


白い肌。

しなやかな黒い髪は、結べば自然に解けるくらい。

すっと通った鼻筋に、切れ長の涼し気な目元。

形の良い唇は、ほんのりと桜の色。


確かに、美人と呼んで差し支え無いのかもしれない。


二人は同じ姿をしていた。



「……ん。寝てた」


布団の方の少女、いのりが言う。


「そうじゃなくて、ばっちいでしょ?」

「汚くねえよ」

「大丈夫。ばっちくても私は気にしない」

「だから、汚くねえよ」


しぶしぶ、といった調子で祈がベッドから降りる。

布団は被ったまま。


祈姉いのりねえ。いつの間に来たんだよ」

「2時」


現在、時刻は朝の8時過ぎ。


「……ってことは、夜からいたのか?」


こくり、と頷く。


「遠、寝てたから」

「まじかよ……」


ということは、今朝、目が覚めた時に既に彼女は隣で寝ていたのか。

今朝の事を思い出す。

目覚ましを一回目のコールで止めて、すぐにベッドを抜け出したはず。

寝起きの良さが災いして、完全に布団に擬態した祈に気が付けなったらしい。


「お誕生日なので、添い寝してあげました」


若干、満足げな表情。


「いや、別にしょっちゅう来てんだろ……」


猫かよ、というくらいに。


「祈、ばっちいよ……」

「汚くねえよ」

「大丈夫。ばっちくても私は気にしない」

「だから、汚くねえって!」



抱えたコンテナを部屋の真ん中に置く。

先ほどのドローンが、玄関前に置いて行ったものだ。


「遠。それ」

「ん? ああ」


表面を撫でればコンテナが開く。

中には、銀色のヘルメットのようなデバイスが一つ。

しかし、ヘルメットにしては華奢だ。

台座に納められて、王冠のような気品すら有る。


「来たね」


詩が、にまりとする。


「ああ」


ブレインマシンインタフェース。

計算機が作り出した電子信号を脳に直接送り込み、

逆に脳内を走る神経信号を計算機に送る。

つまり、計算機の創り出す世界をまるで現実のように感じさせ、

その中のアバターがまるで自分の身体のように動かすことができる。


平たく言えば、仮想世界を旅するための機械。


「「遠。誕生日、おめでとう」」


二人の姉が言った。


十六歳。

生物的に脳の成長が完了したと見なされる年齢。

ひいては、ブレインマシンインタフェースを被り、仮想世界へ旅経つことを許される年齢。


青い初夏の風。

窓の外を、白い花びらが流されていった。

木槿むくげだろうか。


「さあ。どこに行こうかな?」


詩はいたずらっぽく笑った。

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