第5話

 私は悲鳴をあげながら走った。息の続くかぎり、少しでもあの場所から離れるため、街灯のある明るい場所にたどり着くために。

 街灯が見えてようやく走る速度を緩め、灯りの下に来てから立ち止まった。背後から宮脇の「おーい」という声が聞こえた。

「置いていくなよ」

「だって…」

「ドアまで閉めるなんてやり過ぎだろ」

「それ私じゃない」

「またまたぁ~」

 宮脇は冗談めかして言ってきたが、私はまたあの独りでにドアの閉まる瞬間を思い出して怖くなり震えた。

「まあ別にいいんだけどさ」

 そう言いながら宮脇は飄々ひょうひょうとしている。

「そういえば家の中に入ってみたら、めちゃくちゃお札が貼られてるふすまがあって、写真撮ってきたんだよ。見る?」

「見るわけないじゃん!そんなのわざわざ撮るなんて頭おかしいんじゃないの!?」

「怒り過ぎだって」

 宮脇は撮った写真を見ようとスマホの画面を開いた瞬間「えっ…」と言って固まった。そして最悪なことに私にその写真を見せてきた。スマホには襖に手をかけ、にらみつける1人の老婆が写っていた。

 私はスマホを払いのけ、その拍子にスマホが地面に落ちた。宮脇は「何すんだよ」とムッとしていた。

「そんなの早く削除しなよ!」

「何言ってんだよ、これTwitterに上げたら絶対バズるぜ」

「バカじゃないの!」

 私は半狂乱になって怒鳴り散らした。そんな私を無視して、宮脇はいいネタができたと喜んでいる。

「俺がりつかれてるのは霊じゃなくていいねだから」と自慢げに言っていて殺意が湧いた。

 今日あったことは全部忘れよう。早くここから離れて家に帰りたい。宮脇もあの家も気味が悪すぎる。私が帰ろうとすると、背後からゴロゴロと何か固くて丸いものが転がる音が聞こえてきた。

 振り返ると地蔵の頭が転がってきていて、私のつま先にぶつかった。地蔵の頭が転がってきた先に視線をやると、そこにはスマホに写っていた老婆がいた。

 今度はにらんでいるというよりも笑っているように見える。


 私は咄嗟とっさに叫ぼうとしたのだけれど声が出ない。体も動かず硬直している。それは宮脇も同じのようで、道路の真ん中で尻餅をついたまま声も出せずに動けないでいた。


 老婆は私達を見てニタニタと笑いながら近づいてきた。そして歩くたびに近くで何かが壊れた。標識の鉄柱がぐにゃりと曲がる。電信柱がゴゴンと大きな音をたてて激しく揺れ、電線の何本かが切れて火花をあげた。私と宮脇は見ていることしかできなかった。

 遠くの方から車の走る音が聞こえてきた。助かったと思った。でも違った。

 車がクラクションを鳴らしながら猛スピードで突っ込んできて、宮脇は逃げることもできずにね飛ばされ、首と胴体が離れて血をまき散らしながら別々に道路に着地した。

 車は宮脇を轢いても止まらず走り続け、ガードレールに突っ込みようやく止まった。中から運転手は出てこない。漏れだしたガソリンに火が付き一瞬で車は火だるまになった。

 

 老婆は「カカカカカカ」と笑っている。悪い夢を見ているようだった。


 私はこのまま老婆に殺される。本当にそう思った。現実感の無い目の前の光景を諦めながらただ見ていた。そんな時に誰かの声が聞こえた。


「遅かったか…」


 ここから先の記憶はひどく曖昧だ。


「天地のことわり 世のならい なんじは汝の理へ

夢とうつつの狭間にすまう 汝の理へと戻れ

うつつに害なす汝の御霊みたま それ がためのわざなりや

心静かに怒りを鎮め 汝は汝の器に戻れ」


 声の主は何か言霊のようなものを口ずさみ続け、老婆の姿がしだいに消えていくのが見えた。私が見たのはそこで最後だ。その後の記憶が不自然なくらいに無くなってしまっている。


 その後、私は警察にも学校にも事情を聴かれることになったが、学校では全く信じてもらえず、警察の人には「もう忘れなさい」とだけ言われた。

 宮脇のことは単なる交通事故として扱われ、私の話はその事故を間近で見たショックによる後遺症や精神障害だと診断された。

 精神科の先生は優しく話を聞いてくれたものの、聞いてくれるだけだった。

「人はつらいことがあると、自分の心を守るために様々な情報を付け加えて自分の心が壊れないように補足することがある」と精神科の先生は言っていた。


 本当にあれは夢だったのだろうか?


 私が想像していたものとは違ったけれど、霊というものは本当に存在していて、それを専門に扱う組織のようなものがあるのだと私は今でも信じている。

 あまり周囲に話さない方がいいと両親にも言われているし、きっと話しても誰も信じないのだろうけれど、あれは夢や幻なんかでは絶対にない。

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おばあちゃんの家 望月俊太郎 @hikage_furan

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