3. 僕は家路につく
僕は満開の桜よりも、開花時期を終え、おもむろに散っていく桜吹雪の方が好きだ。
常に下を向いて歩く人間にとって、わざわざ重い顔を上げてまで、花を愛でる余裕はない。だが、花びらが散っていくことで、これまで何の特徴もなかった地面も、桃色の彩りが加えられ、歩く者の心を楽しませてくれる。
咲いた時も、散る時も、それぞれの美しさを残すからこそ、花は人間に愛でられる──。どこの誰が言っていたか忘れたが、花には無関心だった僕も、それを聞いてすとんと腑に落ちた覚えがある。
校門を抜けると、何本もの桜の木が両側に立ち並んだ坂道が続く。
校舎は高台に建てられているため、自転車通学の生徒にとっては少し苦痛だろうが、今の季節は、視覚的な癒しを与えてくれる桜のアーチによって、通学時間が幾分楽しいものへと変化する。
「……ファイ、オー! ファイ、オー!……」
グラウンドの方から、運動部の掛け声が響いている。新学期早々、ご苦労なことだ。
そう言えば、昇降口から校門までの間、一度も部活勧誘の部員に出くわすことがなかった。恐らく、本格的に勧誘活動を始めるため、一年生の教室があるⅠ棟に移動しているのだろう。
うちの校舎はそれぞれⅠ棟、Ⅱ棟、旧校舎と分かれており、ニ、三年生の教室はⅡ棟に属しているため、直接一年生と対峙する機会は少ない。
ちなみに、少子化に伴うクラス数の減少のため、旧校舎は現在利用されていない。現在は、備品や文化部の道具をしまう倉庫代わりとなっているようだ。
転校初日の癖に、よくそんなことまで知ってるね、だって?
実は既に、一年生の入学式の日に保護者に混じって下見に行っていたため、この学校の情報については、ある程度リサーチ済みだ。
転校生は他の生徒に比べると、転校先の学校についての情報が圧倒的に不足している。
平凡な学校生活を送るためには、転校生という良くも悪くも目立つポジションから、一刻も早く脱却したい。そのために、僕は西嶺高校の生徒の一人として、早々に順応する必要があるのだ。
尤も、名門私立高校というだけあって、この校舎はやたら広く、流石に全ての教室の位置は把握出来ていないが(今朝の職員室がいい例だ)。
長く緩やかな坂道を下り、広い通りに出る。町の人の行き交いが多いこの通りには、リーズナブルなカフェや食堂、コンビニ等、様々な店が揃っている。
西嶺校生にとって、この周辺一帯は放課後の遊び場のようだ。現に、カフェに入る生徒や、和菓子店で団子を買っている生徒を多く見かける。
僕はこれらの店に立ち寄ることなく、バス停に向かった。バス停に到着するとほぼ同時に、乗車する予定だったバスが到着する。ラッキーだ。ここのバスは本数が多くて助かる。
バスに乗ること約40分。西嶺高校の学区からかなり離れた駅で、僕は下車した。
古くに建てられた家以外、これといった店や施設もなく、人通りの少ない殺風景な町。そこに、僕の家はある。
そして、さらにバス停から歩くこと約15分。人目につかない裏路地を抜けると、そこに見えるのは、大きく構えられた、瓦屋根付きの和風の門。両側に長く続く塀は、そこに面した通り一帯を囲っているのではと思えるほど。
最近では珍しい、荘厳な和造りの建物。墨色の入母屋屋根に白い石造りの外観は、周辺の住宅とは一線を引いた威圧感を放っている。しかし、この建物の近くをうろつく住民は、ほとんどいない。
それもそのはず。この建物は、何十年も前から関東で勢力を拡大し続けているヤクザの組織、「
本来ならば、普通の高校生が
門の扉がゆっくり開かれる。何の
僕の姿が見えた瞬間、ヤクザ達は一斉に僕の方へと体を向け、頭を下げる。世間で恐れられるヤクザが、高校生に向かって深々と腰を折り曲げている姿は、何ともシュールな光景だろう。
「お疲れ様です、若!」
庭園中に挨拶が響く。そして、列から抜け出し、僕の元へ駆け寄った坊主頭の大柄な男が、僕が肩に下げていた鞄を両手で大事そうに抱える。
「西澤」
僕は坊主頭の名前を呼んだ。はい、と西澤が反応する。
「明日から出迎えと挨拶は控えるよう、皆に伝えとけ」
「承知しました、若」
──白鳥智也。これが僕の本名。
父は「白鳥組」の全組織トップである三代目会長で、僕はその若頭だ。
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