ニコの戦い
トレニア王国ベルモニア空域の空。
「チッ、空に上がりすぎたな。このままじゃ避難船が喰われるぞ」
空に上がったニコはドラゴンとの接敵にまだ少し余裕があると踏まえ、まず現状の把握に勤めた。
眼下の先、四方に広がる雲海を壁にしながら5隻の飛行船が隠れながら航行していた。
一隻の大型輸送船を護衛する様に、ニコが出撃した航空戦艦を含む4隻が円陣を組み全方位からのドラゴンの襲撃に備えた防衛陣で飛行していた。
大型郵送機の足に合わせたノロノロとした進行スピードにニコは苦虫を潰した様な顔になる。
「足の遅いアガレスト級じゃいずれ見つかると分かっていたのに、あのボンクラ船長いったい何を考えているんだ!」
思い浮かぶは小太りで見た目が小悪党とした顔の男だった。一週間前のその日、その男は自分が傭兵を率いる船長と名乗りこの地域の空に詳しいライダーを探していると言って、ニコに道案内役の仕事を依頼してきた。
最初は胡散臭くて断ろうと思ったニコだったが、報酬の良さと仕事の内容それに目的地が何度も行ったことのある場所だった事を踏まえ、問題があったとしても解決出来ると思っていた。 行きは良かったただ目的地に飛んで行けばいいだけ、だが帰りが最悪だった。
出先で待っている航空船を護衛して帰ってくるそれは良いよくある護衛の仕事だニコも、何度も経験した仕事だ。問題はその航空船が人を大勢乗せた輸送船だった事に問題があった。
ニコ達が護衛している物資と人員を運ぶために大型に設計されたアガレスト級輸送船は、輸送という能力においては此処ぞと頼れる機体ではあるが、その反面とにかく足が遅いのが難点である。
普通であればその運用は大規模航空艦隊にあってこそ万全と能力を発揮する船なのだが、たった4隻の航空戦艦ではドラゴンの襲撃から守り通すのは厳しい。
それにあの輸送機に乗っている人間は怪我をして血を流している。
人間の血の匂いに敏感なドラゴンが大気中に流れる血の匂いを放っておく訳もなく、案の定奴らに捕捉されニコとニコに遅れて出撃してきた他のライダー達が出張ってくる羽目になった。
こうなる事を予見してニコの雇い主である船長に、高度の高い空路ではなくここいらで浮遊する幾百の浮島で形成され入り組んだ航路を飛ぶよう助言をしたが、結果はどうやら聞いて貰えなかったようだ。
「まったく高い報酬には厄が付いて回るってか。……仕方ない、ババ引いた分はあの船長に払わせるとして、仕事に取り掛かるか」
命を張った分の代金をしっかりと請求するとして、ニコは目を瞑り一呼吸いれ気持ちを切り替える。
何故だか今日はいつも以上に狩りの前の興奮が収まりやまない。あの夢で思い出した自分の過去の出来事の所為なのかハンドルを握る手が強張っている。
まるであの時ドラゴンに初めて遭遇した時以来の恐怖感がぶり返したようだ。
奇しくも状況もあの日と似ている。
忘れたくても忘れられない母を殺され幼馴染を失った過去と、背に控える数百人という命が生きるか死ぬかという現状に、皮肉げにニコは笑った。
ライダーとして今を生きる自分と、幼く何の力も無かった昔の自分とでは持ち得なかった決定的な違い。それはやはりニコが乗るドラグーンの存在に他ならない。ドラゴンを殺す為に生み出されたドラグーン(竜を屠し)それに乗るニコというライダー(狩人)。
ドラグーンライダー(竜を屠し狩人)大人になったニコはそう呼ばれる様になり、今その力を全力で振える。
吸った息を吐き、両手でハンドルを力強く握り込む。
あの時の恐れを力に変え、ドラゴンに対する殺意を増幅させる。
足元のペダルに徐々に徐々にと力を加えていくとドラグーンの動力源である心臓炉(ハートリングエンジン)が唸りを上げる。
心臓炉が唸りを上げるごとに、ドラグーンが加速していく。
進むは遠巻きに見えるドラゴン達の影がある方向だ。
『おいッ待たんか! 案内人風情が独断専行など許さんぞ!』
目標を見据えていると、遅まきにやって来た傭兵ライダー達が、ようやく自分のいる高度もで上昇してきた。
ドラゴンの攻撃から身を守るため着ている、装甲耐火服の一部であるヘルメットに備えられたインカムから通信が入る。
『悪いがお前達のやり方じゃ、如何にもこうにも守りたいものが守れないからな。俺の戦い方でやらせてもらう!』
ニコは傭兵との通信チャンネルを切り、さらに上にあがる。
自己中心的な行動に見えるがニコには、ちゃんとした理由があって単独行動をする事にした。
上がってきたライダーの動きもそうだが、この傭兵達は一貫して待ちの大勢つまりは守備に徹している節がある。
状況によればそれも有りではある。
鈍重な荷物を抱えている状況では打って出て時間を稼ぎ、輸送船とドラゴンの距離を一定に保ちつつ、ドラゴンの数を減らしていく。
そのような戦法の方がこの状況であれば適しているとニコは思った。
それに奴ら傭兵は風を読むのが下手だとニコは思った。
どうにも動きが素人のそれだ。
穏やかな風が流れるベルモニア空域でこの高度まで上がるのに数分も掛かるなんて軍に所属するライダーなら、上官にタコ殴りにされるレベルだ。そんな奴らと連携を組んで戦うなんて、例え大金を積まれても御免被る。
傭兵を置き去りにし、雲に隠れながらドラゴンに気づかれず直上を取ったニコは、見えるだけでもざっと20〜30の小規模な群れを確認する。幸いな事にこの群れはドラゴンの中でも小型に属するステイフルワイバーン種と呼ばれる個々の戦闘力はそれ程でもないドラゴン達である。
ステイフルワイバーンは他のドラゴンよりも弱い分群れを成し数を増やす事で、厄介さがますのだが、この群れは何故か平均よりも半分以下のドラゴン達しかいない。
「縄張りを追われた群れがたまたま襲って来たのか?」
生物である以上ドラゴンも他の種同士で縄張りを争ったりする事はままある。
今回は縄張り争いに負けたステイフルワイバーンが、たまたま餌を見つけて襲ってきた。
獣らしい本能に赴いた行動だとニコは嘲ける。
だがそれをみすみす見逃すほどニコは甘くない。
今も上空からドラグーンに取り付けられた銃火器(ランサー)をドラゴンに向けながら、ハンドルに取り付けられた引き金に指をかける。
腹ペコなドラゴン達が輸送船に夢中になっている今が、虚を突く絶好のタイミングだとニコは判断した。
息を殺し狙いを定める。
狙うは群れの中心ドラゴンは狙わない。
何故なら今から撃つ弾槍(スピア)は、ドラゴンの強みであり、弱点でもある翼を奪う一撃だからだ。
カチャ、と引き金を引き絞り、ランサーから弾槍が放たれる。
重力に逆らわず、ドラゴンに向かって直下していく弾槍は、だが一体にも当たらずドラゴンの上空で爆発する。
眩い光が発生した後、光の中から無数の子弾槍が、ドラゴンに降り注ぐ。
硬い鱗に覆われている体ならともかく、何の防御もされてない飛膜に子弾槍が、爆発の威力も合わさった途轍もない威力と速度で突き破る。
飛膜が破れ、飛行能力を失ったドラゴンが次々と落下していく。
「上手くいった。これで終わればいいがそうもいかないか?」
子弾の攻撃範囲から免れたドラゴンが、ニコの方に飛んでくる。
仲間を殺されて激怒したドラゴンがブレスを撃ってくる。
「来るなら撃ち殺す!!」
ブレスを躱しながら引き金の上部に、取り付けられた凹凸のあるシリンダーを親指で弾く。連動してランサーの薬室が回転し、通常弾槍が入った薬室に切り替わる。
ニコが乗るドラグーンに備えられた銃火器は、6つの薬室を備えておりライダーはドラゴンの種類や状況によって弾槍切り替え戦う。
ニコが今切り替えたのは、先程使った広範囲弾槍(ショットスピア)ではなく通常弾槍(アンチスケールスピア)その効果は、ドラゴンの硬い鱗を貫くドラグーンライダーの主力兵器である。
ニコは、自分に向かって打ち込まれる火球(ブレス)を前進しながら躱していく。
前から飛んでくる8体のドラゴン達とぶつかるスレスレで避けるニコは、すれ違い様の一瞬で一体に狙いをつけ弾槍を頭に打ち込み殺す。
交差後すぐ反転しドラゴンの背後をとる。
ハートリングエンジンが咆哮を上げニコは引き金を引き、前を飛ぶ2体のドラゴンの翼の付け根を撃ち抜く。
飛ぶ能力を失ったドラゴンが重力に逆らえず地に落ちていく。
前ばかりの獲物を攻撃していたニコの横から、ドラゴンが体当たり紛いの突進を仕掛けてくる。だがニコはペダルを踏み込んでいた足の力を抜きハートリングエンジンの出力を下げる。
「残念だったな」
出力の低下に伴いドラグーンは急降下し、突進してきたドラゴンはニコに掠る事も無く、逆に顎下に生える最も脆い鱗である逆鱗を撃たれ絶命する。
残り4体となった所で、流石に観念したのかドラゴン達が散り散り逃げ去っていく。
「……終わった」
ドラゴン達が完全に視界から消えニコは息を吐く。
文字通り命をかけた狩りを無事終えたニコが、航空戦艦に帰投しようとした時だった。
SOS音が、ヘルメットのインカムから鳴り響いてきたのだ。
続いて全方位オープンチャンネルで、通信が入る。
『メーデーメーデー!! 此方は輸送船ハース号ドラゴンの襲撃を受けている! 繰り返すドラゴンの襲撃を受けてる!! 至急助けを求める!!』
「なッ、また襲撃だと!? クソッ、傭兵達は一体何をしている! なんで誰も応答しない!」
何度か傭兵達と連絡を取ろうとするが、ノイズ混じりで何も返答がこなかった。
痺れを切らしたニコは傭兵ではなく、輸送船との通信を試みる。
『此方ニコ・ウェルトランド傭兵に雇われたライダーだ。ハース号状況を教えてくれ。傭兵達はどうした? ドラゴンにやられたのか?』
輸送船とチャンネルを繋げたニコが聞いたのは、想像していたよりも最悪な出来事だった。
『ち、違う奴らはドラゴンを前にして逃げやがった!』
『なッ、どう言うつもりだ奴ら!! ハース号、ドラゴンの数や接敵までの距離なんでもいい教えろ!』
逃亡した傭兵達に罵声を浴びせたくなるが、時間が惜しいニコはぐっと堪え強い口調で状況を問いただした。
『数は50より上! 距離はあと10kmで接敵する!!』
「……そんなの、俺だけじゃどうにも出来ないぞ」
圧倒的戦力差にニコはどうしようもない絶望感に苛まれる。
また、上を取って奇襲を仕掛ける? いや無理だ、時間が無さすぎる。上がったその頃には輸送船はドラゴンの餌食になってる。
では、突撃して近距離で広範囲弾槍を打ち込む? これもダメだ。正面では効果が薄い、倒せても精々数体を道連れにするだけだろう。
じゃ、どうする? どうすればいい。
ふと、悪魔の囁き声が聞こえた。
逃げろ逃げてしまえ。大丈夫だ全ては先に逃げた傭兵達の責任にしてしまえばいい。
そうすれば、これまで通り評判も落とさず仕事を続けられる。
何より、生きてマーニャに会えるぞ。
マーニャ、母さんと父さんに託された愛しい妹。
両親に守ると誓った大切な妹と、輸送船に乗った赤の他人の、何方を優先するかと問われれば、当然ながらニコは妹と答える。
知らない奴らの為に、命を貼るほどニコは善人でもヒーロでも無い。
なら、何を迷う。
逃げろよ、逃げればいい……のに、なぜ前に進む。
悪魔の問いに、ニコは荒い呼吸で叫び声を上げる。
「五月蝿いんだよ!! 約束しただろう。なるって、全てを守るライダーになるって、約束したんだろうがよッ!」
それは、古い記憶の中の誓い。
幼い頃、幼馴染に誓ったニコのライダーとしての原点。
父の様なカッコいい、全てを守るライダーになる。
失えない、失っちゃいけない大切な約束の為に、ニコは突き進む。
「君との約束必ず守ってみせる! そして、絶対にマーニャの下に帰ってやる。さぁ、獣共、未練たらしい男の意地に付き合ってもらうぞ」
ギリギリ、で船がドラゴンに襲われる前にたどり着いたニコは、50体以上のドラゴンを前にしてそう吠える。
『じゃ、その意地に私も参加させてよ』
気の抜けた声が聞こえた次の瞬間、輸送船に襲いくるドラゴン達が悲鳴を上げ、一斉に空を羽ばたく力を失い落下していった。
「ッ、どこから!」
一瞬の出来事だったがニコの目には上空から、ドラゴンに向かって弾槍が撃ち込まれるのが見えた。
輸送船を襲おうとしていたドラゴンがあっという間に壊滅し、船の上空の雲から青を貴重としたドラグーンライダーが現る。
ぽかんと状況に置いてかれ、呆気に囚われるニコのインカムから、先ほど聞いたおっとりとした戦場には、似つかわしくない女性の声が流れる。
『助けが間に合ってよかったよ』
『……誰だアンタ?』
雲から現れた謎のライダー達の先頭を飛び、ニコに手を振るライダー。
ニコは彼女を見上げながら名を聞く。
『ハロ〜私はアルマ。初めまして意地っ張りな狩人さん』
これがニコの運命を変える出会いの一幕であった。
DRAGOON LIDER 迦楼羅 @karura1224
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