何もない


 その箱を開けようとするが、イマイチ開け方が解らない。


 俺が箱の左右をきょろきょろと確認していると、



 「あ、すいませんおねがいしまーす」



 と、荻原さんは俺の後ろにいるであろう女性に向かって手を挙げた。


 椅子を持ってきた方じゃないハダカ作業着さんが箱を何やらトントンと叩き始め、その後多少強引な感じで上蓋であろう箇所をバコっと開けた。


 メチャメチャおっぱいが気になる。


 すんごく揺れるし、絶対に目の毒でしょコレ。


 股間にも目が行ってしまうが、今日はそれを見に来た訳じゃないので我慢する事にする。


 箱は半開きの状態で、ハダカ作業着さんはお辞儀をし、俺の後ろに戻った。


 どう言う気持ちでそれやってるの?


 貴方たち俺におっぱいとかおしりとか見られてるんだよ?


 とか目で追っていたら、椅子ハダカ作業着ちゃんと目が合ってしまった。


 お辞儀されて、多分俺赤面。


 箱に意識を戻す。




 その中身は、継承と言うにふさわしい物が入っていた。


 生まれて初めて見るその数々。


 装飾されているものも上に乗っていた。


 それが何であったのかは俺もさすがに怖くてここには書けないのだが、読者が想像しているものの50%は正解だと思う。


 そう、それがパレットのような物の上に大量に並べられていた。


 それが箱の中で3段はあるのを確認できた。


 ・・・俺は誰がどうみても裕福ではない。


 母親も珍しい職に付けたおかげで楽な生活ができるようになってはいたが、決して裕福な方ではなかった。


 これがあれば、これがもっと早くに手に入っていて、換金できていたなら・・・。


 もしかしたらじいじいをもっと延命させてあげられていたかもしれないのに。


 母親をもっと楽させてあげられていたかもしれないのに。


 自分の事もそうだ。


 俺は生まれてから、脳の手術を何回も受けている。


 それのせいでまともに仕事なんてできなかったし、世の中からも誤解されて生きてきた。


 親友も、親ですら俺の苦しみを理解してくれていなかった。


 でもこれがあれば、何かしら緩和される材料になり得たはずなのに。


 そう思うと、無言のまま涙が出てきた。


 結局、これには何の価値もないから。


 俺は持ち出す事も、これを操作する事もできないから。


 これを見て、俺はどうすればいいんだ。


 何のための継承なのか、教えてくれよ山田さん。


 せめてこの起源はどこなのか教えてくれよ荻原さん。



 「三波海人さん、改めてこちらをご覧いただきたいのですが」



 荻原さんがカバンから取り出したのは何かの書類だった。


 その内容を簡単に訳すとこうだ。


 山田さん、荻原さん、後ろに立っているハダカ二人含めこの施設とその管理者等「この行事にかかわる者」は慈善事業で無い事と、その支払いをする義務が継承者にはあると言う内容だった。


・・・この中身で支払えと?



 「お察しの通りです」



 荻原さんは、笑わない。



 「中身2つで十分です、それで全員が養われます」



 荻原さんはそう言うとカバンから手袋と鉄製の箱を取り出した。


 手袋を俺に渡した後箱を開け、



 「2つだけこの箱に入れていただければ、それで我々の主な務めはほぼ終わる事になります」



 荻原さんは、目を合わせない。


 じっと自分の開けた箱だけを見つめている。


 ずっとそうさせているのも申し訳ないので、俺は箱の中身を取り出し、荻原さんの持つ鉄箱へ移した。


 厳格な意思を取り扱っているようで、想像の3倍くらい重く感じた。



 「これで、私の務めはほぼ完了しました」



 パコっと蓋を閉める荻原さん。


 相当な重量のはずだが、よく持てるな・・・。


 何かにサインしたりしなくていいのかなと思ったが、例の言葉を思い出した。


 荻原さんの言った「世の中で認知されていないものですので」


 ・・・・。



 「こちら側のメダルは、引き続き我々が管理致します」



 荻原さんが家紋のような物を見せる。



 「海人さんが継承者であられる証である為、そちらはそのままお持ちください」



 そう言うと、荻原さんは深くお辞儀をした。


 すると、山田さんも同時にお辞儀をした。


 恐らく後ろのハダカもそうしているのだろう。



 「俺は、この家紋みたいなやつを決めなくていいんですか?」



 すると荻原さんが顔を上げてこういう。



 「そのルールは敬重さんが決められたものですが、継続なさいますかー?」



 継続・・・


 これを俺の息子にもやらせるのか。


 俺には別れた妻と養子の長男、二人の間で産まれた次男がいる。


 また・・・複雑な事になるな。


 前妻と前妻の長男はこの事実を知らぬまま生活し、実子である次男がこの行事と言われる厄災を引き継ぐことになるのか。



 「いや、そのルールは一度廃止します」



 すると荻原さんは姿勢を正し、



 「了解いたしました」



 と、再びお辞儀をした。


 この後この形見がどうなるのか聞いたところ、新しい入れ物が用意され、詰め替えられるのだそうだ。


 その後は、ここにいる全員が「アークがどうなるのか知る事は無い」らしい。


 ・・・。



 「では、よろしいですか?」



 山田さんが久しぶりに口を開く。


 よろしい事なんて何もない。


 これが結局何なのかもわからないし、継承した俺も何も知らされず何もできないとは何が起こったのか解らないレベルだ。




 結局、




 何もなかったに等しいじゃないか。




 後は、どうでもいい会話をして、迎えの車を待ち、また地元へ帰るだけだった。











 帰りの車の中で、山田さんに答えられるはずがないであろう質問をした。



 「敬重以外の人は、このメダルみたいなルールを行わなかったと思いますか?」



 行きの時と同じくらい大きく息を吸い、山田さんは返事をする。



 「個人的な見解では、敬重さんが決めたルールと言う言葉だけでの判断として、敬重さん以外にこのルールで継承を行っていなかった事は事実あったという事でしょう」



 ごもっともなご回答で。


 では、何でじいじいはそんなルールを設けたのか。


 実は荻原さんのセリフに答えがあったのかもしれない。


 あの「ルール道理遂行されなくなった場合は、継承はそこで終わった」と言う解説。


 じいじいはもしかしたら、自分の代で終わらせたかったんじゃないのか?


 俺がこの家紋のような物をなくしていたら、じいじいの思惑が発動したんじゃないのか?


 だとしたら、俺はとんでもないマヌケだぞ。


 じいじいがやってもらいたかったことを廃止し、俺はさらに結末を延長させてしまったのだから。


 俺の息子も、同じ思いをするのかと思うと何とも言えない感情がこみあげてくる。


 こんな怖い体験、誰が好むというのだろう。




 ・・・結局の所、この継承で得られた事は何もなかった。


 かと言って、何か損をした訳でもない。


 無駄になったのは1日と言う時間と、俺の寿命だけか。


 まぁ、その程度なら、パチンコや競馬で金をすった程度だろう。








 が、結局の所、石川家は一体何がしたかったのだろうか・・・。





おしまい

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石川家の継承 三波海人 @minamikaito0111

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