敬重の形見
目的に付近に到着したらしい。
あれから山田さんとは全く会話をしていない。
が、ここで山田さんが口を開く。
「お疲れさまでした、こちらに敬重様の形見が保管されております」
目の前には、少し古びて見える葬儀場のような建物があった。
・・・多分ここは福島だろう。
あの電話番号の土地か?
そして、勝手な推測だが、元炭鉱だったのではと思う。
これまでの経緯からそんな事を連想させる土地、としか言えない。
だって、どこだか知らないし。
山田さんの案内で、施設入り口まで向かう。
こういったときは、大体運転手が下りてきて車のドアを開けてくれるものだと勝手に思っていたが、あの私服な運転手はこちらも見る事なく、車から一度も降りる事もなく、我々が下りると無言のまま走り去っていった。
俺、帰れなくなったんじゃなかろうか?
と、走り去る車を見送ってしまう。
「あ、ご心配なさらず、帰りは別の車を手配しておりますので」
別の車が来るのかよ・・・。
施設の中は、やはり葬儀場っぽいと言うか、博物館にも思える重厚感と言うか、もの悲しさと言うか、生活感の無い、無駄に天井の高い殺風景な作りだった。
そして、誰も居ない。
受付もなければ、案内も来ない。
足音など、物音もしない。
怖い、非常に怖い。
一人で来てはいけない場所であると警告されている様な場所だ。
そもそも、一体何の目的で作られた建物なんだここは?
「こちらで少々お待ちください、係りの者が迎えに参りますので」
メインエントランスホールとでも言うべきか、この無駄に天井が高くだだっ広いこの空間でたった二人立たされるこの息苦しさよ・・・。
せめて椅子ぐらいあれよと。
そして山田さんよ、何か喋れよと。
アンタ歳幾つなの?
チン
機械音が鳴る。
お?
あそこの壁はエレベーターだったのか・・・。
カバンを持った人が一人おりてきた。
やけに表情の明るい男性で、すぐにでも握手を求められそうなテンションを感じる。
「どーもこんにちは、初めまして、荻原と申します!」
予想通り握手を求められる。
「初めまして、山田と申します」
え!?
アンタたち初対面なの!?!?
山田さんも握手を求められている。
んで、ちょっと照れる山田さん、かわいい所あるじゃねえか。
「どーも荻原ですー、本日はご苦労様です!」
え、いや、ちょっ・・・
ドユコト????????
「まあ、困惑されていらっしゃると思いますので、本題含め下でお話をさせていただきますねー、どうぞー」
なんだ、何なんだ、俺は一体なんに関わっているんだ?・・・。
エレベーターは1階と地下1階の2つしか階のボタンが無い。
行先はもちろん地下1階だ。
エレベーターが開くと目の前は広い廊下が真っ直ぐ、両サイドに小部屋がいくつかある。
左側2つ目の部屋に、俺は通された。
もちろん、山田さんも入る。
何もない部屋。
入り口の対面に大きめの扉が別途あり、横にインターホンがついている。
恐らく、この両開き扉の向こうから、形見とやらが出てくるのだろう。
たいそうな事だな・・・泣きそうだわ。
「ここからは、まず事情をお知りおきいただいてから、敬重さんの形見をお見せする事になります」
荻原と名乗ったこの男が俺達の方へ振り替えると、俺のモヤモヤを取り除くかの如く、話し始めた。
自分達は弁護士のような組織で、こういった案件を主に取り扱っているという事。
その案件とは石川家だけでなく、他の「何か」も取り扱っているがその内容と件数は口外できない事。
山田さんは上司からの指示でここにきている事。
そもそも山田さんは、特殊な案件の案内だけを専門に行う組織の方だという事。
山田さんの組織へは、荻原さんが依頼したとの事。
本件の継承がいつから行われているかは、荻原さんも山田さんも知らされていない事。
この辺で係の人が、椅子を持ってきてくれた。
ほかにも人いたのか・・・と思い、係りの人を見て見ると、
「え?・・・」
白い帽子と、清掃員のような白い作業着の女性がそこにいたのだが、なんとその服が透けているのだ。
それが解ったのは相手の胸部を見た時で、乳輪が見えてしまっている。
下着もつけていないのだ。
もちろんショーツも履いていなかった。
「・・・」
荻原さんは、その女性が準備し終わるまで無言である。
山田さんは既に知っているのか、事が終わるまでやや下に顔を向け、女性から視線を外していた。
女性は椅子を並べ終え「ドウゾ」と手を椅子にかざした後深くお辞儀をし、部屋から出て行った。
廊下に響く女性の足音が消えかかる頃、荻原さんはまた口を開いた。
「刺激的な服装ですよねー、解りますよー、でも盗難などがあると普通じゃ考えられないような騒ぎになる事もあるので、徹底しているらしいですよ」
らしいですよ、ですか。
予想するに、荻原さんの所属している組織内でも、この施設の全貌を知らされていないという事だな。
・・・で、どう言う事ですか?
あー、かえりたいよー。
じいじい、何やってんだよアンタホント勘弁してくれよ・・・。
じいじいも不可抗力だったんだとは思うが。
続いての話はこの家紋のような物の話だった。
荻原さんはポケットから写真の物と同じ「家紋のような物」を取り出した。
これはじいじいが用意したもので、これ自体はどう言ったものなのかじいじいしか知らないという事。
何故2つあるかは、1つは見本、1つは継承候補者が所持し、この2つがそろった時に正式な継承の行事が行われるという事。
そのルールはじいじいが決めたという事。
そこで俺は疑問に思った。
俺たち家族が、これをなくしていたらどうなっていたのかという事だ。
この家紋のような物は、文房具箱と化していた俺の道具箱の中でずさんに保管されていたモノであり、決して重要視されていたものでは無いから。
それを荻原さんに質問してみた所、
「もし片方がなくなり、ルール道理遂行されなくなった場合は、継承はそこで終わったという事になるんですよー」
ちょっと意味が解らなかったので深く追求すると、答えはこうだった。
継承の終了とは、定められたルールが維持できなくなった際におこる言わば「期限」のような物で、その際形見を別の価値があるものに変えられ、最終継承者の遺族となる方々へ分配される手筈になるらしい。
別の価値のあるものとは、つまり「金」だろう。
これは最終継承者が亡くなってから20年以内に継承該当者がいない場合にも適応されるということ。
じいじいが死んでからまだ20年はたっていなかったため、第2親等である俺に権利が飛び越えてきたのだ。
パパの遺産を放棄をしたあの件、あの代襲相続の様に。
本来、俺はじいじいの実子ではない為、ここで終わらせる話し合いにもなりかけたが、過去の方々が続けてきた風習を勝手に終わらせるくらいなら理由をこじつけてでも続けることが彼ら(荻原さん達)の使命でもあった為にこうなった事も話してくれた。
そして組織の決まり上、1世代前の継承者の情報までしか話せないという事。
それは、「石川のおじちゃん」が何者だったのかは伏せられてしまうという事であり、結局俺は今から何のために何を拝まされるのか全く分からないという事なのだ。
だがよく考えれば、駄菓子屋を営んでいた石川さん方も、俺やじいじいの様に何もわからず誰かから継承した可能性だってある。
可能性と言うか、恐らくそうなのだ。
駄菓子屋の石川さん夫婦は、話によれば実子がいなかった様子も伺える為、只単に養子を迎え入れたかっただけなのかもしれない。
その延長線上に、この「行事」と言われている「継承騒ぎ」がじいじいに降りかかっただけなのかもしれない。
だとしたら、俺達は一体何の思惑の元で踊らされている事になるのか?
形見を見れば、解決する事なのだろうか。
いや、ありえないだろうな。
理解とか解決とか、そういうものじゃないのだろう。
これはもう、亡霊に取りつかれているとしかたとえようのない事態なのかもしれない。
そして最後に、荻原さんは俺にこう言った。
「もう予想しているとは思いますけど、これからお見せする形見は世の中で認知されていないものですので」
・・・そんな気はしていた。
ので、で切られた言葉には「暗黙の了解」が含まれている。
口外するなよ、そう言う事だ。
「では、お見せした後でもう一度ご質問は受け付けますが、準備の方はよろしいですかー?」
逆に何の準備をしろと?
今の俺に何ができると言うのかね荻原さんよ。
そう考えたら、思わずニヤッとしてしまった。
そしてあの家紋のような物が必要であろうと思いポケットから取り出して見せた。
それが合図となったのか、荻原さんも笑顔になり
「では、持ってこさせますねー」
この家紋のような物は・・・
こんだけ思わせ振りな迫力を出しておきながら、たったコレだけかよ・・・。
たったこれだけの為に・・・マジで意味解んねぇ。
マ ジ 意 味 解 ん ね え ! !
荻原さんがインターホンに近づきどこかへ合図しているようだった。
その数秒後、「ゴロゴロゴロゴロ」と、何かが転がされている音が聞こえてくる。
何が・・・登場するのか・・・。
誰でもそうするのだろうが、この時ばかりは唾をのまざるを得なかった。
その「音」は、インターホン横の扉の向こう、で止まった。
そしてノック音がすると、荻原さんが扉を片方づつ開く。
先程椅子を持ってきてくれた女性が、あの時の格好のままそこでお辞儀している。
その横には、デカい台車に乗せられた「救援物資」のようなサイズの木箱が乗せられている。
い、インディージョーンズでこんな感じの箱見たことある気がするよ・・・。
開けたら幽霊とか出てきたりしないよね?
台車の後ろにはもう一人女性がいて、例の女性と全く同じ格好をしている。
この空間・・・どう言う状況なのか、誰か説明していただけませんか?
ほぼ裸体の女性二人が、俺の前にアークを持ってくる。
止め終えるとその二人は、俺へお辞儀をし、俺と山田さんの後ろへ周った。
・・・監視と言う訳ですか?
そんな恰好で??
「これが形見です」
荻原さんは形見を指さしながら扉を閉めに行く。
「開けてごらんになっていただいて結構ですよ、貴方の物ですから」
扉を閉め終えると、こちらに戻ってきた。
すると次に荻原さんは、その箱の上を掌で撫でてこう言った。
「すごい・・・ホコリ一つついていない」
あぁ、荻原さんもこのような経験は初めてなんだな、と思った。
山田さんもそのセリフを聞き、箱に寄ってきた。
「私も拝見してよろしいですか?」
俺は何も言わずに頷き、箱に手をかける。
すると荻原さんは「あ、忘れてた」ともう一度喋り出した。
「すいません、中身をここから持ち出す事はできない取り決めですので、ご理解を」
は!?
俺がこれを継承するのに、持ち出せないとはどういうことか?
「そうなんですよ、ですので、どうしてもお越しいただく必要があった訳です」
山田さんが「これでわかったか」と言わんばかりの口調で俺に言った。
山田さんの言っていた「簡単に持ち運べるものでは無い」と言うのは、そもそもその物の大きさであるとか貴重性であるとかではなかったという意味である事がようやく分かった。
来て、良かった・・・。
なんてなる訳ないだろ! いい加減にしろ!!
どこまで意味不明なんだよと、俺にどう消化しろと言うのよこのキモチを!
もういい、せめて中身だけ確認して帰ってやる。
俺はアークに、手をかけた。
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