マジにはならない程度の

「これ――」

 そう言って、彼は服のポケットの中からオレンジ色の透明なハート型の棒付きキャンディーを渡した。

「これは?」

「飴です」

「見れば分かります。どこからこんな物が?」

「ポケット」

「見てました。不思議なポッケですね」

「そうだね」

 意味をさない会話を二人は続ける。

「原賀太玖って言います」

「え?」

「俺の名前」

「はぁ……」

「君は?」

桑崎妃咲くわざきひさです」

「桑崎さん」

「はい」

「最近、何か良い事ある?」

「え?」

 不意の質問に言いよどむ。

「俺にはない。結婚を申し込もうとした矢先、彼女が海外に行きたい! と言って、別れてそれっきり。生きる希望だったみたいだ……」

 だから、この人は自殺しようとしていたのか、こんな所で――と妃咲は原賀を見る。

 ちらっと原賀がこちらを見た。

「だから今は何もしてない」

「はい?」

「仕事も恋愛も何もしてない。ただ生きてるだけ」

「死のうとしてましたよね?」

「あれね……」

 そう言って、彼は笑った。また軽く。

「君はそういう時ってない?」

「え? ……ありますけど、死のうとは思いません」

「そうだよね、俺も思わない」

 けれど、彼は死のうとしていた、何故?

「それ、あげるよ」

「え? 飴?」

「そう、棒付きのキャンディー、甘いよ」

 そう言って、彼は歩道橋を後にしようと歩いて行く。折しもそちらは妃咲が帰る方向だった。だから、付いて行くわけではないのだが、そんな形になる。

 別にこの人に興味はないのに、そういう形が仇となったのか。

「いつまでも付いて来るね」

「いえ、本当にこちらが私の帰るべき方向なので、別にあなたには興味ありませんから」

「そう」

 そう言ってまた原賀が先になって歩く。

 それはずっと続かない、知っている。

 だから彼は言ったのかもしれない。

「人は何で幸せになるんだろうね、理想の恋をして愛を育んで、そしてそれを形にする。それがゴール。でも、そのゴールを果たせない人はどうすれば良いんだろうね」

 傷心男のこの人はそう言って赤信号の横断歩道で歩き止まった。妃咲も同じように止まる。車は来ない、それでも止まっている。じれったい。

「人は幸せになんて簡単になれないと思います。だから、努力するんだと思います。少なくとも私はしませんけど」

「え?」

「私は、大学出たのに就職活動に失敗して、それでも縁あって働けて、今こうしています。原賀さんの存在意義は何ですか?」

「存在意義……」

「はい、私には分かりません」

「分からない、俺にも今は分からない」

「だから、存在意義、原賀さんに託しても良いですか? 私の」

「え? 存在意義……桑崎さんの?」

「はい」

「どうして?」

「恋があれば、原賀さんは立ち直りそうだし、私も何とかなるかもしれない。今よりは幸せになるかもしれない。そういう可能性を利用して何かを残したいわけでもないですが、また死なれると困るので」

「俺はそんなに死んではいないよ、まだ一度も」

「じゃあ、何で死のうとしてたんですか?」

「親切な人を探していたから」

「え?」

「親切な人が必要だったんだ。俺の家みたいにさ」

「はい?」

「まあ、どうなるかも分からないのに俺と付き合うということで良いのかな? かなり強引な話に感じられるけど」

「はい、私、死んでほしくないので、あなたと付き合います。悪い人には思えないし、まあまあ普通の人には見えます、変だけど」

「そうだね、確かにそうだ」

「だからこそです、私の存在意義を託せそうですね」

「そうかな? まあ、良いや……それでお互い、幸せになれそうならそれで良いか、もう。恋なんてのはいつできるかも分からないし、始まりなんて突然で意味を成さない、こんな会話みたいにね、重要なのはその気持ちだけど、生憎、俺にはまだその気持ちってのがあんまりないから、徐々にね」

「そうですね、私にもありません!」

 言い切った。

 この奇妙な関係は新たな恋となり得るのか、二人はまだよく分からないまま、それを突き進むことにした。それしか今を脱する事はできなさそうだったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

理想の恋を利用して 縁乃ゆえ @yorinoyue

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ