第6話 楽あれば苦ありというが、『楽』は所詮『苦』の前振りだと思う

 昨夜、アーニャが部屋に来た。泣いてたからドア越しだったけど、少しだけ話した。

 いや、話したというか、ただそばに居てもらった。


『さくと、ありがとう』


 流暢な日本語でそういわれた。


 やめてくれ、俺はお前に感謝されるような人間じゃない。


 あんなことが起こる可能性があることを知っていながら、お前を、お前たちを学校に連れて行こうとしてたんだから。

 アーニャを見せびらかして優越感に浸りたかったとか、そういう気があったのかもしれん。


 何かあっても俺がなんとかできると思っていたし、だからそうした。ただ、相手が食い下がってくるなんて、思ってもいなかった。


 全部俺のせいだ。橋本先生まで泣かせてしまった。俺が不甲斐ないばかりに。


 今日は学校休もう。

『今日だけは、お休みさせてください。すいません。体調は良好です。』


 橋本先生に連絡すると、すぐに返事が返ってきた。

『今日、放課後うちに向かいます。』


「……合わせる顔がねえ」


 先生は昨日泣いていた。先生だって怖かったのは間違いない。でも、ちゃんと学校に行って、先生としての役目を果たそうとしている。


 ……なのに俺は。


 今日一日、なにするかな。とりあえず、ロアの飯は作んないとか。




 昼。回収した食器の底に、紙切れが挟まっていた。ロアが上目遣いで俺の顔と食器を見てたから気づいた。


『ゲームがしたいです』


 何度も書き直された跡のある手紙だった。でも、まだやっぱり汚い……仕方ないことだが。ロアは手紙を読む俺の顔を、不安げにじっと見ている。

 俺も誰かに必要とされている気がして、心にほんの少しだけだが、余裕が持てた。よし、決めた。今日は一日ロアとゲーム三昧だ。


「お邪魔します」


 前回と同じように座布団が敷いてあり、コントローラーも既に用意されていた。二つある。

 今日は二人でするらしい。


 ロアはリーチの長いキャラを選んだため、俺はあえて、相性のいい耐久型を選んだ。


 思ったよりもロアが強い。つい熱くなり気づいたら三時間も経っていた。


「ん……」


 ロアが紙を差し出す。続いて鉛筆を。


「ハロー」


 そう言いながら、紙を指差している。筆談するのかと思っていたのだが、違うらしい。英語を日本語にしろと、そう言ってるらしい。


 『おはよう』日本語でそう書き、下にローマ字をふる。


「おはよう」

「オハヨー?」


 うん、いい調子だ。俺の心のHPがどんどん回復していくのを感じる。

 ロアは本当に一生懸命で、多分根はいい人なんだと思う。たまたま偶然環境が合わず、不登校になっただけで。


 俺の書いた文字を何度も見返し、小声で音読しながら、紙を文字で埋めていく。

 数日前なら信じられない光景だ。俺が隣で日本語を教えてるなんて。


 音読時に、小刻みに動く唇が、妙に色っぽかった。

 先生がキスとかえっちとかいうから、意識したことなかったのに、妙に視界に入る。

 あーもう、最悪だな俺。エロい目で見てるなんて思われたら今度こそ拒絶……


 そういや、ヘンタイクソ豚野郎って言われてたよな……。


「ロア?」

「……ハイ?」

「ヘンタイクソ豚野郎」

「!!」


 かっ、と赤面して、あわあわしだす。

 また距離を置かれるかもしれないからな、今のうちに聞き出しておきたい。


 紙を指差し、書くように要求する。


 俺は信じてるぞロア、お前があんなこというわけないと。多分どっかの誰かに騙されたんだろうと。


 何より……俺はお前の本音が聞きたい。


 しばらくう〜〜、っと唸ったあと、記号のような文字で書き示す。書かれたロシア語の文字を、翻訳にかける。


『ありがとう』


 ロアは真っ赤っかになって俯いている。ありがとう……そっか、そうだったのか。

 ロアは必死で感謝の言葉を伝えてくれようとしてたんだ。


 そっと手が伸びる。行き先はロアの頭へ。


「どういたしまして」

「っ〜〜〜〜?!」


 ロアが目を丸くした。髪の上からでも熱くなって行くのがわかるほど、赤面している。


 小さくてかわいい……


 ばたん!!


 大きな音がし、振り返ると、ほぼ全裸の美少女が立っていた。真っ白な雪の小丘に、申し訳程度のピンク色が二つ。

 裸を見られたのが先か、俺がロアを撫でているのを見たのが先か。


 思考の結果、0:100で、俺が撫でているのを見たのが先と判断したらしい。


「ヘンタイ、クソ豚野郎ーー!!!」


 やばい! また殴られる!!


「…………えっ」


 痛くない、といえば嘘になるが、殴られるよりはよっぽどマシな、『ほっぺたぐりぐり』をされていた。


「いたい、いたい……」

「アーニャ、学校、いった! さくと、いった! ない!」

「それは……」


 俺は今朝、アーニャを一人でいかせてしまった。落ち込む俺に『さくと、行く』と、カバンを押し付けられながら一緒に行こうと誘われていたのに、俺は断ったのだ。


「ごめんなさい……」


 最低じゃねーか。

 アーニャの誘いを断っておいて、昼からロアと遊んで、


「罰として、明日のお休みはショッピングモールに連れて行ってください!」


 どこで覚えたんだか、日本に来て数週間とは思えないほど、流暢な日本語で要求してくる。明日から週末で学校は休み。それで罪滅ぼしになるのなら喜んで行ってやるさ。


 このあと、思い出したかのようにタコ殴りにされた。自分が裸同然の格好をしているのを忘れていたらしい。ロアはその間……というかアーニャが入ってきてからだが、頭を押さえて丸くなっていた。


「ていうか! 『ありがとう』を『ヘンタイクソ豚野郎』って教えたのお前だろ! 謝れ!」

「イヤ!!」






 世間的には『デート』と呼ばれるものなのだろうか。昨日タコ殴りにされた相手と、羨望の眼差しを浴びながらの外出は、複雑な感情だ。


 俺たちが来ていたのはショッピングモール。

 服を見たいらしい。

 俺は洋服とかには疎いが、ついて行くくらいなら努力する。


「コレ!」


 しかし、さっきからアーニャの選ぶ服が、俺でもわかるくらい、あからさまにダサい。変な生き物がデカデカとプリントされてる服だったり、ご当地キャラみたいなのがプリントされていたり。


 その度に俺が棚に戻すと、プクッと膨れるのだ。


 だめなんだよ。うちでそんなダサい服着られたら、ギャップで耐えられなくなるだろ。

 しかもこいつ、自分じゃなくてロアに渡すだろうしな。なおさら無理。


 アーニャがこんなセンスなら、今日来ているこの胸元にフリルのついた、上品なシルクのワンピースも、ロアが選んだものなんだろう。麦わら帽子までかぶっちゃって。


 DMTだな。Dってたら、Mジ、T使。


「ゲームセンターに行きたいのか?」

「はい!」


 特にバッティングマシーンに興味を持ったらしい。

 流石にパンツが見えるかもしれないから、ズボンを履くことを提案(もちろんパンツとか言ってない。いったら昨日のこと思い出して殴られる)したが、下にデニムの短パンを履いてた。


 さすがに、服屋で急にスカートたくし上げるのは勘弁して欲しかった。めっちゃ変な目で見られたんだからな……。


 しかし、意外とアクティブな奴だ。120キロを5本やって1本だけ当てやがった。


「次はカラオケか」

「うたいます! あ〜、あ〜」


 知らない歌ばかり歌っていたが、思わず聞き惚れてしまうほど上手かった。耳が良くて、声帯を操るのが上手なんだろう。だから日本語も発音だけならすぐに覚える。


「またいこうな、今度はロアも連れて」


 通じなかったのかキョトンとして、今日のデートは終了。結局クソダサ服は2着買った。

 この時点で、カップルの男の方から受ける羨望の眼差しとか、アーニャの可愛さとかでHP全快していたのだが……


 うちに帰って、まずは食器を回収しに行った。いつもは呼べばロアがドアから渡すシステムなのだが、今回はドアの前に置かれてあった。


 一言声を掛け台所に持っていき、洗おうとしたとき、食器の裏に手紙が敷かれていた。


『Ты сделал это со мной вчера』


 何通りか訳が出てきたが、その一文が、


『昨日あんなことしたくせに』


 頭からさぁーーー、っと血の気の引くような感じがして、俺はその場に手をついた。

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俺ゲーマー。親父の再婚相手の連れ子がロシアン双子だったんだが、なぜか三人で暮らすことになった。 @サブまる @sabumaru

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