第3話 ヴァンパイア
弱点属性である光属性をもろに二発喰らったヴァンパイアは少し体勢を崩していた。
特異体質ということで、圧倒的な強さを持つかもしれないという推測はあったが、この様子だとそれはなさそうだ。
いや、むしろヴァンパイアにしては弱すぎる。
ヴァンパイアは高い魔力量を武器とした様々な魔法のレベルの高さが恐ろしい点である。
高い魔力量を生かした高威力の魔法、それをつぶすために接近戦を挑むと身体強化を付与した剣戟戦。
その強さは普通の魔法使いでも苦戦するほどである。
それに、暗闇では更に身体能力や魔力が跳ね上がるという性質から『闇の帝王』とも称される。
そのヴァンパイアが初級魔法二発でああなるだろうか?
おかしい。胸の中でその疑問がどんどん膨れ上がっていくのを感じる。
「ねえ、あのヴァンパイア。何かおかしくない?」
俺が考え続けているとシェフェリーナが話し始める。
やはり、シェフェリーナも同じことを思っていたようだ。
「同感だ。不利な昼間だからといっても『闇の帝王』と言われるほどのヴァンパイアがこんな弱いとは考えられない。それに、ここはグランデリアだ。魔物の奇襲なんて考えづらい」
「そうね。使役されている魔物だとしても、グランデリアに放ったのならもう魔法界を敵に回したも同然。そんなことも分からないとは考えられませんからね。後は、グランデリアの入学式のイベントの可能性も考えられます」
シェフェリーナが言った入学式のイベント(?)というのはよく噂に聞くものだ。
入学式当日に歓迎の意を示す初級魔法を使ったイルミネーションが行われたり、上級生による派手な模擬戦など毎年様々なイベントが行われているというのは有名だ。
それにしたってこんな敵意むき出しのイベントは全然嬉しくもないのだが...。
「イベントにしてもそうじゃないにしても、対処しないことには始まらないだろ。まだ逃げれていない人もいる。もうちょっと時間を稼がないと被害が広がって大変なことになるぞ」
「そうね。もうちょっとだけ牽制を続けないといけないわね」
改めて会場を見渡してみる。
ホールの中央付近は瓦礫が落ちてきており、その付近から出口にかけては逃げている新入生が大勢見える。
逆にその流れに逆らうように立っている者なども少なからずいる。
眺めていると、その中に一人だけ異彩を放つものがいた。
女性にしては高い身長で、夜空のような美しい黒髪をポニーテールで止めている。
少し漏れている魔力からは、人間の魔力とは少しだけ異なり違和感を感じる。
しかし、人間とはわずかに違うということが分かる彼女だが、違いは魔力だけだ。
つまりフォルンやシェフェリーナと同じようにローブを羽織っているということであり、それは同じ新入生であるということだ。
「グ...グウァアアア」
俺がよそ見をしていると、突然うなり声が会場に響いた。
うなり声がした方向を見ると、先ほどまで膝をついていたヴァンパイアが体制を立て直し立ち上がろうとしていた。
致命傷にはなっていないだろうが、いいダメージにはなっているはずだ。
そう思っていると、立ち上がったヴァンパイアがいきなり両手を胸の前に突き出した。
そして、ヴァンパイアの身体が一瞬光ったかと思うと、青白かったあいつの身体は少し赤みを帯び始めた。
「なんだ...?あいつは何をしている...?」
詠唱をしている間にも、会場に残った生徒たちから魔法を喰らい続けているが、それでもなお、その行動を止めない。
なんにせよ、相手が立ち止まっている今がチャンス。そう思って、俺も魔法を発動しようとする。
『フォス!』
そして、異変に気付く。
ヴァンパイアに放たれた光属性の魔法。
攻撃魔法において最速と言われる光属性の魔法は五十メータはある距離を一秒にも満たない速さで駆け抜けヴァンパイアに肉薄する。
「「!?」」
一瞬で肉薄した光属性の魔法はヴァンパイアに当たる前に減速したように見えた。
減速したとは言え、しっかりと被弾したはずだ。しかし、先ほどまでとは違いヴァンパイアにはダメージが入っている様子はない。
そして、俺はあの現象を本で読んだことがある。
「赤くなった肉体...被弾前に一瞬の減速...まさか、ヴァンパイア特有の能力か...?」
「ヴァンパイア特有の能力...?まさか、魔法結界ですか...?私も少し本で読んだ程度ですが...」
「ああ。魔法をほぼ無効化するような使われたら魔法使いの天敵のような能力だ」
魔法結界。
その名の通り、攻撃魔法に対する結界を自身の身体にまとわせる魔法だ。
原理としては、透明な壁をまとわせ自身の身体に展開する。
そして、飛んできた魔法の魔力を透明な壁がそのまま吸収し、魔法そのものを維持できなくするもの。
「対処方法は物理攻撃か一度に吸収できる魔力量を上回る魔法を使うことなんだが...」
実質一択だろう。
一年生になったばかりの俺達がそんな強力な魔法を撃てるわけがない。
そんなことは分かり切っているのか、俺の話を聞いたシェフェリーナはため息をつきながら話し始める。
「はぁ...。それはもう一択みたいなものですね。私がやりますよ」
「無茶だ。危険すぎる」
「私を誰だと思っているんですか?私にも誇りはあります。魔法剣士の名門であるシェフェリーナ家としての誇りが」
そういう彼女からは、何か自分と似たようなものを感じた。
偉大な魔法使いの両親から生まれたのにも関わらず、魔法には愛されなかった俺の人生と。
才能などと一人ではどうしようもないものを相手にして抗っているかのような、そんな重いものを背負っていると。
「...分かった。だけど、俺もできるだけカバーに入る。危ないと思ったらすぐ退くぞ」
「承知してます。それじゃ、行きますよ」
そして、「ドンッ」という音が鳴った後に俺は風を感じた。
見ると、五十メテルはあるヴァンパイアとの距離を彼女はもう半分以上詰めていた。
「速すぎだろ...」
呆れと驚きがこもった声が無意識に出てしまう。
そんな声もほどほどにし、一時的な相棒を支えるために、俺も走り出す。
「ハァッ!!」
踏み込みの勢いそのままに大きく振りかぶった愛用の長剣をヴァンパイアに向かって振り落とす。
詰めるときに付与した『身体強化』のブーストと、完全には体勢を整えていなかったヴァンパイアは一瞬の鍔迫り合いの元、すぐに後ろに吹き飛ばされる。
そのままヴァンパイアは席を何台も壊しながら十メテル以上後ろで止まる。
シェフェリーナは周りを見渡し、逃げ遅れている学生に声をかける。
「あなたたち、ここは危険です!すぐに下がりなさい!」
ヴァンパイアを吹き飛ばす際に後ろに人がいないことを確認していたからか、幸いにも怪我人は出ていないようだ。
逃げ遅れた人たちもすぐに安全なところまで下がっていく。
さっきは周りに人がいたから全力を出すことができなかったが、周囲の人が下がって、周りにいるのは私とヴァンパイアだけ。
「追い付いた...。移動するの早すぎだろ!」
やっと全力で...と思っていたところでフォルンが追い付いてきた。
「すみません、全力ではないのですが」
「ああそうか!ほら、やるぞ!!」
ここ最近は強い魔物と戦ったりしてはいなかった。
名門の魔法剣士として血気盛んな家の血を継いでいるせいか、どうしても血の気が騒いでしまうのだ。
やっと戦える、と思っていたので止められるのは少し悲しかった。
そんな思いを少しでも伝えるべく、皮肉も少し込めた冗談を言ったのだが彼は特に気にしていないようだ。
「それでは、私が前衛を務めます。あなたは後ろから...っ!?」
横に並んでいた二人めがけて放たれた一発の魔法。
二人とも横っ飛びをすることでなんとか回避したが、後ろに散らかっていた椅子に当たる。
辺りには砂埃が立ち、周囲が見えづらくなり、一瞬反応が遅れる。
「...っ!『アネモス』!」
拳よりも大きな破片が飛んでくるのが見えた瞬間、咄嗟に風属性の魔法を使う。
びゅんっ!っと一瞬強い風が吹き私たちに牙をむいてきた破片と砂埃が吹き飛ばされ視界がクリアになる。
クリアになった視界を頼りに、ヴァンパイアを探すが、見える範囲にはいないようだ。
どこにいったのだろうか。
「いない...?あの一瞬で逃げたとは考えられないのだけど...っ!?」
いきなり視界の右上からかぎ爪が振り下ろされる。
何とか振り下ろされる前に剣を挟み防御することができたが、振り下ろされた一撃で膝をついてしまいどうしても体勢不利になってしまう。
「『フローガ』!」
私に向かって人を容易く殺められるだろうかぎ爪を振り下ろして空いている側面にフォルンが火属性の魔法を撃ち込む。
ヴァンパイアがそれに対処しようとした瞬間、フォルンはばれないように右側から回り込む。
残り数メートルとなったところで、フォルンは急に小さく呟き、その瞬間に加速する。
「ハァ!」
風属性魔法で自分の身体を押し出して加速させると、ヴァンパイアは一瞬反応が遅れる。
人間であると心臓がある場所に綺麗に放たれた突きの技だったにヴァンパイアは何とか反応するが避けきることができない。
その鋭い一撃はヴァンパイアの右肩を貫き、確実にダメージを与える。
その一撃だけでは終わらせず、踏み込んだ右足を軸にし、身体強化の魔法を使って岩のように固くした左足で回し蹴りを放つ。
左足はヴァンパイアの顔面を的確に捉え、そのまま蹴り飛ばす。
「大丈夫か?ほら」
ヴァンパイアを蹴り飛ばして、追撃に行きたいところだが膝をついたままのシェフェリーナに声をかける。
「ええ、ありがとうございます。少し油断していましたわ」
「気をつけろよ。相手はあのヴァンパイアだ」
ヴァンパイアは知能の高い魔物としても有名であり、先ほどのような戦い方をしてくるのも特徴だ。
そう改めて認識した彼女の顔にはもう油断の二文字は存在しておらず、雑念を取り払ってものすごく集中しているのが分かった。
─不覚にもその顔が美しいと、一瞬思ってしまった。
「...ッ!」
「あら、どうかしましたの?」
いきなり固まった俺を心配してか、シェフェリーナが声をかけてくる。
この思いを感じ取れないように、俺も雑念を取り払うために深呼吸を行う。
「すぅー...はぁー...。いや、なんでもない。さっさとあの野郎をぶっ倒して気持ち良く入学させてもらおうぜ」
革命の魔法使い すうぃりーむ @suuli
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