第2話 混乱の入学式

視界には、一つの城のような巨大な建物が広がっている。

そう、ここが世界最高の魔法使い養成機関、グランデリア魔法学園。

魔法界には序列や権力といったものが存在しているが、そのルールが適用されない数少ない世界と言える。

互いが互いを高め合えるよう、権力や家柄といったもので優遇はされず、完全な実力主義の世界だ。

それ故か最低限の秩序しか設けられておらず、事故や怪我は日常茶飯事なのである。

世界でもトップクラスの無法地帯に続いている道の両端には桜が咲いており、これから待っているであろう未来を祝福しているように感じられるだろう。

人が十人は通れるだろう大きな道は今日が入学式ということもあり、まだ慣れないローブを羽織った新入生で埋まっている。

そんな俺もその中の一人なのだが。


「それにしても、人が多すぎるだろ...。気持ち悪くなってきた...」


あいにくだが俺は人混みが苦手なのだ。

かれこれ十分はこの状態なのだ。湧いてくる気持ち悪さを我慢するのも辛くなってくる。

会場に入るまではまだ少し離れているが少し休憩を入れる必要がありそうだ。

左手に着けている腕時計は九時半を指している。


「入学式は十時開始だったな...。十分ぐらい休憩しても大丈夫だろ」


人混みから抜けるために左の方に逸れる。

道の両脇には一定の間隔でベンチが設置されているので、手近なベンチに腰を掛ける。

座ろうと思っていたベンチの方を見ると、そこには透き通るような長い銀髪を持つ女の子が座っていた。

他のベンチに行こうかと一瞬考えたが、周りを見渡してもあいにく空いているベンチは見当たらない。

相席になってしまうが、仕方がないだろう。


「すみません、隣いいですか?」


俺がそう一声かけると、彼女は肩を少しびくっと震わせた後、こちらを向く。

そうして俺を認識すると、いきなりベンチを立ち上がろうとする。


「ん?ああ、すみません。いいですよ。というか、どきましょうか?」


「いやいや、大丈夫ですよ!それでは、隣失礼しますね」


俺がそう言うと、彼女は上がりかけていた体をまたベンチに降ろす。

たったそれだけの動きなのに、彼女の動作には何か気品を感じざるを得ない。


「私はシェフェリーナ・グレッティアル。ここで会ったのも何かの縁。あなたの名前を聞いても?」


「グレッティアルって...。あの魔法剣士や数々の魔法についての論文を上げている名家のか...?」


「知ってるんですか。そのグレッティアル家です。」


「知ってるも何も...」


グレッティアル家とは魔法界においても多大な力と権力を持つ名家である。

数々の魔法論文を残し、圧倒的な功績を持つ魔法剣士を輩出している、魔法界に多大な貢献をしてきている。

魔法使いとして生きているなら知らないほうがおかしいと言える。

道理で所作の一つ一つに気品を感じたわけだ。


「まあ、気を取り直して...俺はフォルン・イエスターだ。これからよろしく頼む」


俺がそう自己紹介をすると、彼女は唐突に黙りだす。

彼女は顎に手を当て、ぶつぶつと何か呟き始める。


「イエスター家...どこかで...」


「ん?どうかしたか?」


「いえ、なんでもありません。これからよろしくお願いしますわ。っと...もうこんな時間ですか。そろそろ会場に入らないと間に合わなくなります」


腕時計を確認するともう九時四十分を回っていた。

周りを見渡すともう新入生の姿は少しずつ減ってきており、急がないと間に合わなくなるだろう。

歯切れの悪そうな彼女は気になったが、今は聞く時間はない。


「もうこんな時間か。じゃあ俺は急ぐわ」


「そうですわね。またどこかで」


そう言って俺と彼女は立ち上がり、少し広くなった道を小走りで過ぎ去っていった。


会場に入ると、精巧な模様が壁一面に施されているホールには新入生がぎゅうぎゅうに詰まっている。

前の方は既に埋まっているので、後ろの方に座るしかないだろう。

少し歩いて、それとなく空いている席を見つけるとまだ開始までは少し時間があるが座ってしまう。

会場を眺めると、新入生でごった返しになっているが、人の数に反してそこまでうるさくは感じない。

強いて言うなら話し声が少し聞こえてくる程度だろうか。

ホールには硬質化を始めとした防御力を上げるような実戦向きな魔法から、温度調節のような便利な魔法もかけられていると聞いたことがある。

それだけ様々な魔法がかけられているのなら騒音対策の魔法が付与されていても何ら不思議はない。

しかし、それだけではないだろう。緊張で喋る人が少ないのもあるだろう。

それも仕方がないのだろう。

これから始まる五年間の生活は、決して楽な道ではないのだから。

ぼんやりと考え事をしていると、空いていた隣の席に一人の女性が座ってくる。


「あら、またあなたですか。奇遇ですね」


隣を見ると、隣には先ほどであった銀髪のお嬢様が座っていた。


「奇遇だな。さっき離れたからもう会えないと思ってたんだが」


「空いている席を探していたらあなたが見えたもので。やはり知り合いが近くにいたほうがいいでしょう?」


「それはもう奇遇じゃないと思うんだが」


「細かいことは気にしないほうがいいですよ?ほら、もう始まります」


「あんたなぁ...」


ついていた照明が少しずつ消灯していき、真ん中の教壇にスポットライトが当たる。

ステージ上の右の方からいきなり一人の男が現れ、会場全体から驚きの声が上がる。


「...今の、空間移動の魔法か。それにしては魔力の乱れとかは感じ取れなかったんだが...」


「あなたも気付きましたか...。恐ろしいほどの魔力制御ですわね...」


通常、空間を移動するような魔法は魔力消費量が他の魔法と比べても格段に多い。

つまり、魔力の制御も他の魔法よりも格段に難しくなる。

それに、失敗すれば腕の一本をなくすような大怪我も普通にある。

そんな魔法を当たり前のように使ってくるなんて、世界最高の魔法使い養成機関の名は伊達じゃない。


「ああ。噂に聞いていた通り、ここは魔境だな」


「そうみたいですね」


そんな神業を見せてきた男は、会場の反応を見て少し笑いを浮かべる。

その後、一言小さく呟き魔法を発動させる。

恐らく声を拡散させるような魔法を使ったのだろう。

会場を改めて見渡した男は、少し息を吸って話を始める。


「まず、入学おめでとう。ここに来ている諸君らはどう感じているだろうか。世界最高の学校に入れて嬉しい、魔法をしっかり磨いていきたい、友達ができたらいいな、感じていることはそれぞれあるだろう。

だが、一つ覚えておいてほしいことがある。この場に来たからには、命の保証というのはないということだ。事実、ここ数年でも学生の死亡事故というのは何件も、何十件も発生している」


泣きそうになるもの、覚悟を決めたような表情をするもの、何も感じないもの。その反応は様々だ。

隣のお嬢様も何か感じているのだろうかと思い、彼女の方を見る。

しかし、その予想に反して彼女は特に先ほどと表情は変わっていなかった。


「お前は、特に何も感じてないんだな」


「そうでもありませんよ。少しでも死ぬ可能性があるというのは誰だって怖いでしょう。だけど、私はこんなところで止まっていられませんから」


そう言い放った彼女はどこか先ほどまでとは雰囲気が違うような気がして、茶化すようなことはできなかった。

名家の出身で、こういうことも経験してきたのだろうし、色々な事情があるのだろう。

そうして少し時間が経ち会場のざわめきが落ち着いてきたタイミングで、再び男は話を続ける。


「授業の迷宮探索でトラップに引っ掛かって死ぬ。新しく学んだ魔法を制御できずに死ぬ。現れた魔物に対処できずに死ぬ。魔法使いとして生きていくなら危険性はたくさんあります。

その危険にどれだけ冷静に対処していけるか。あなたたちならできるはずです。そして、この五年間を有意義に使い、魔法使いとして成長していってほしい」


そう言って礼をし、男の話は終わる。

まだらに拍手が鳴り響き、つつがなく入学式は進行していく。

少し退屈とも思える入学式はもう終わりを迎えようとしていた、その時。

入学者代表が誓いの言葉を言い終わり、席に戻っている途中、事件は起こる。

突如、天井の一部分が崩れ落ち、少し開けたスペースに落下してきた一匹の魔物。


「あれは、ヴァンパイアか...!?それに、今はまだ昼だぞ!」


「おそらくは特異体質持ちなのでしょう!あんなところで暴れたら、まずい...!」


まだヴァンパイアは落下の衝撃からか動いてはいないが、もうじき動き出すだろう。

混乱に陥った会場は我先にと逃げる生徒と悲鳴であふれかえっていた。

落ちた地点を見ると、まだ逃げれていない生徒や動けなくなっている生徒もいる。

それを見て、俺は真っ先に動き出した。

ヴァンパイアは闇に潜む魔物。

光に弱い、と本で読んだことがある。

引っ張り出してきた知識を活用し、一発の魔法を放つ。


『フォス!』


隙だらけの魔物に向かって光属性の魔法を放つ。

一発飛ばした直後、もう一発の光属性の魔法が俺のすぐ横を通り過ぎて行った。

俺が驚いていると、後ろから声を掛けられる。


「置いていかないでくださいよ。それに、あなただけじゃ厳しいでしょう?」


後ろを振り向くと、シェフェリーナが短杖をもって立っていた。

少しだけ髪が乱れていた。すぐ走り出してきた俺を追ってきてくれたのだろう。


「悪い。つい動いてしまった」


「本来なら逃げて救助を待つのが正解なんでしょうけどね。でも、人が傷つくのを何もせず見てるというのも後味が悪いですから。ほら、行きますよ」


そして、俺と彼女はヴァンパイアに向かって走り出していった。

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