第31話 不敗のアルフレッド


王子アルフレッドは、ロタリンギア王の次男である。とあるよんどころない事情で王太子を名乗っているが、それはあくまで、暫定・臨時・一時的・今だけの措置だ。


戦場でこそ、彼は生き生きと活躍することができた。なぜなら、人殺しが大好きだったから。

気兼ねなく人が殺せるのは、そこが戦場だからだ。

木の葉は森へ隠せというではないか。死体は戦場へ隠せ。いや、戦争だから、隠さなくてもいいのだ。なんと素晴らしいことだろう!


だが、平時にこれをやったら、犯罪である。彼は王族だから、国民の手前、逮捕されることはないかもしれない。しかし発狂したことにされ、高い塔に幽閉されてしまうに違ない。そしてある日、毒の入ったケーキだかメロンだかを差し入れされて、暗殺されてしまうのだ。


だから、なんとしても、アルフレッドは、戦場にいる必要があった。軍人でいなければならない。王太子や国王など、やっている場合ではないのだ。



ロタリンギア第二王子アルフレッドは、金髪というには薄すぎる藁色の髪に、蒼になりそこなった苔色の目をしている。

見方によっては、劣化したジュリアン程度のイケメンではあった。劣化といっても、ジュリアンのレベルが高すぎるので、普通にしていれば、アルフレッドの好感度も、相当なものだ。

だが残念なことに、若干額の辺りが後退気味だった。それはそれで、ある種の魅力があったのだが、アルフレッドにはコンプレックスだった。


……後退するのは、額だけだ。


それが、司令官であるアルフレッド王子のモットーだった。


彼の軍は、決して、撤退しなかった。いつだって最後まで戦場に残り、そして、勝利した。なにしろ、司令官自らの相手兵士の殺戮がハンパなかったから。司令官の勇気(と味方は思っていた)に鼓舞され、配下の兵士達も勇猛果敢に戦った。

司令官と麾下の兵士らの鬼気真に迫る戦いぶりに、敵は、最後まで戦い抜くことができず、白旗を掲げるのが常だった。



また、アルフレッドはあらゆる軟弱を嫌っていた。優美さを厭い、品格に背を向けた。

入浴の回数までも減らし、これは、同僚の将校のみならず、部下の兵士達の評判も悪かった。体が匂ったからである。



外見に気を使わない分、彼は、内面的な努力を重ねた。結果、武芸だけではなく、学問においても優秀な成績を収めた。

あまりに優秀なので、国の重鎮たちも、次男のアルフレッド殿下は、長男のジュリアン王子より、遥かに優秀だと認めざるをえなかった。彼らは、次期国王には、アルフレッドがふさわしいと噂するようにさえなった。

たった一人、宰相のエーリッヒを除いて。



もちろんアルフレッド自身は、こうした重鎮たちの噂には、見向きもしなかった。遠回しに即位を打診されても、即座に断り、相手を謀叛人として司法長官に付き出しさえした。

彼は、用心深く過ごした。決して兄ジュリアンを裏切らないように。

兄の代わりに即位させられたら、大変だ。趣味の人殺しに没頭できなくなるではないか。


それなのに、立太子させられてしまうとは。

カエルになったジュリアンの代わりに。


一生の不覚(彼自身のせいではないのだが)だった。

宰相のエーリッヒが反対しているのだけが救いだった。宰相は、アルフレッドの立太子は、「暫定的」な措置だという一文を入れてくれたのだ。


しかし、もし兄が人間の姿に戻れなかったら、と思うと、アルフレッドは、居ても立ってもいられない気分だった。せっかくの宰相の好意が無駄になってしまうではないか。兄には是非、父王が死ぬ前に、人間の姿に戻ってもらわなければならぬ。


つい最近、4人目だか5人目の妃を迎えた父は、まだまだ元気で死にそうもないことだけが、アルフレッドの心の支えだった。



そこへ、のこのこと兄が現れたのだ。しかも彼は、人間の姿に戻っていた。

アルフレッドの喜びはいかばかりだったであろうか。


……つまり兄は、自分を受け容れてくれる恋人を見つけた、ということだ。


遅ればせながらアルフレッドは気がついた。

「ei」の魔法とその解毒法については、義母であるデズデモーナ王妃から聞いていた。その話は非常に興味深かったのだが、アルフレッドには、兄の事情に深入りするつもりはなかった。


大切なのは、彼が帰ってきたこと。

人間の姿で。

この上は、是非、無事な姿で、王都ローレンへお帰り頂くことだ。前衛基地で戦死などさせたら、全ては水の泡だ。



「兄上。王都では、兄のお帰りを、今や遅しと待ち焦がれておりまする。馬を進呈しましょう。それに乗って、麗しのローレンへお戻りください」


引きずり込むようにして兄を自分のテントへ連れ込むと、アルフレッドは申し出た。

馬はもう、用意してある。一刻も早く兄を父王の元へ送りつけ、自分の王太子位を取り消してもらわなくては。


「いいや。そういうわけにはいかないよ」

ところが、ジュリアンは強情だった。

「僕は、戦友たちと共に戦う」


「なら、戦友たちもつけますから!」

悲鳴のような声でアルフレッドは叫んだ。

「とにかく、ローレンへお戻り頂いて、」


「だが、お前はどうするのだ、アルフレッド。スパルタノスは、強大だ。今は、一兵卒の手も惜しいのではないか?」


「兄上……」


兄は、随分しっかりとしたしゃべり方をするようになったな、と、アルフレッドは思った。この分なら、ロタリンギアの重臣たちも、兄の立太子に何の異議も唱えないだろう。なにしろ連中は、ジュリアンはお馬鹿だと思っているのだ。


ついさっきまでは、アルフレッドもそう思っていた。


「スパルタノスのことなら、ご心配は無用です」

改まった口調で、アルフレッドは言った。


撃てば響くように兄が答える。

「だが、スパルタノス軍本体が、こちらへ向かっているのだろう? 彼らの目的は、ロタリンギアの首都、ローレンだと聞いた」


「レメニー河渡河地点のシューヴェンに敵が築いた要塞は、モランシー公が包囲を始めました。略奪目的で要塞の外にいた別動隊は、ばらばらに河を渡って、スパルタノスへ逃げ帰りました」


「それも、知ってる。西へ逃げる前に、別動隊は、要塞の連中と接触したようだぞ」


レメニー河のカエル達の伝言リレーによる情報だった。シューヴェンのカエルが鳴いて、それを少し上流のカエルが受けて鳴き、それを……という具合に、モランシーまで伝わってきたのだ。


さすがのアルフレッドも、そこまでは知らなかった。彼に、カエルの情報網はない。弟は兄の知識の確かさにますます驚き、威儀を正した。

これは、以前の兄じゃないな、と彼は思った。

誰だかわからないが、兄を元の姿に戻してくれた令嬢(だと信じる)は、兄の本質まで変えてしまったのだ。有能なロタリンギアの王子へと。



「ですが、本国からの補給は不可能です。同盟国の経済封鎖のおかげで、その本国も疲弊しきっている。ローレンへ向かっているスパルタノス本隊軍は、進めば進むほど、弱っていくだけでしょう」

「彼らは、現地調達が得意なんだぞ」


それも知っているのか。

アルフレッドは驚き、畏敬に近い念さえ、兄に抱いた。


「焦土作戦です、兄上。進路に当たる地区の住民は、住居や厩を焼き払い、退避を開始しました。スパルタノス軍は、何も手に入れることはできないでしょう」


「しかし、別ルートを通って、本国から補給があったら?」


「手は打ってあります」

にやりと、アルフレッドは笑った。










◆───-- - - -  

アルフレッドのモデル(?)は、私の小説「負けないダヴーの作り方」のダヴー准将(当時)です。「負けないダヴーの作り方」は史実に則ったフィクションですが、ダヴーは実在の人物です。後にナポレオンの元帥となり、「不敗のダヴー」の異名を取ったあの方です。


◇「負けないダヴーの作り方」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218559266837




なお、史実のみをチャットノベル形式にした「ダヴー、血まみれの獣、あるいはくそったれの愚か者」もございます。(タイトルや設定した性格はアレですが、私はダヴーが嫌いじゃありません)


◇「ダヴー、血まみれの獣、あるいはくそったれの愚か者」

https://novel.daysneo.com/works/24ea4f2c084bcbecba7f3e2831304bba.html










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