第30話 社交と寄付金集め


「フェーリア様、コルデリア様。いえ、公女様方。本日は、お願いの儀があって、参上いたしました」

改まった口調で言って、尼僧長が膝を折る。



「尼僧長、貴女には大層世話になっている。なんなりとおっしゃるがいい」

話も聞かぬうちから、フェーリアが安請け合いしている。


彼女は、普段は修道院暮らしだ。尼僧長との付き合いも長い。便宜を図って上げたい気持ちも強いのだろう。


尼僧長の目が光った。

「公女様方もご存じのように、モランシーでは、民による義勇兵が戦地へ向かいました」


「おお、勇敢な民たちよ! わたしは彼らを誇りに思う」


うっとりとフェーリアが両手を胸の前で組む。尼僧長が頷いた。


「中には、よんどころない事情があって、急ぎ戦地へ赴いた者も多くおりました」

「よんどころない事情?」

「盗聴、ストーキング、かっぱらい」

「は?」


フェーリアが首をかしげる。わたしも話についていけず、呆気にとられた。だって、高潔な民には、あまりにふさわしくない言葉だから。


「つまり、ですね。モランシーの民たちは、犯を犯した者が、率先して、義勇軍に参加したのです。従軍したいと言えば、牢から出られますから」

「苦役への参加か。オウムがコルデリアの家庭教師を務めることで、罪を減じられたのと同じ理屈だな」

「さようでございます」


「ちょっと! わたしに魔術を教えるのが苦役だというの!?」

わたしは抗議したが、全く相手にされなかった。


「それで、ですね。彼らは、母国に置いて行ってしまったわけでございます」

「置いていった? 何を?」

「からころむ裾にとりつき泣く子らを、でございますよ」

「ああ、なるほど!」


なるほど? わたしにはさっぱりわからないわ!


「親が、子どもを置き去りにして戦地に行ってしまった、ということだな」

フェーリアが言い、尼僧長は頷いた。

「しかも、彼らには、保護者がいません」

「今までどうしていたのだ? 親は、収監されていたわけだろう?」

「修道院で引き取って育てていました。尼僧院とは別棟の」


「ああ、あそこね」

フェーリアは頷いた。それから、なぜか大慌てで付け加えた。

「確か、補助が出ていた筈だろう?」


「補助は、無収入の親の子に限って支給されます。しかし今や、彼らは、義勇兵。給料だってちゃんと支払われています。補助金は打ち切られ、修道院では、大変、困惑しています」

「そういうことなら、親からむしり取れ」


フェーリアは逃げ腰だ。彼女には、話の行く先が見えたようだ。

一方、尼僧院長はびくともしない。


「ただでさえ、戦地とは連絡が取れませぬ。また、たとえ取れたとしても、彼らに、子どもの養育費を支払う気があるかどうか……」

「なぜ? 義勇兵には、充分な給与が支給されているはずだ」


「はい。ですが、親たちの申すには、戦地というところは、とてもお金がかかるそうで。洗濯屋や酒売り商人にも支払わなければならないし、文字の書けない人は、手紙のあて名を書いてもらうだけで、お金がかかると。とてもじゃないけど、子どもの分は捻出できないと、こういうわけです」


「酒は、買わなくてもよいではないか」


尼僧長は、眉間に皺を寄せた。

「わたくしは存じませぬが、戦争にはお酒が必要なのだそうです。それから、異性との交遊や、ちょっとした娯楽も。戦地ゆえ、それらは、大層、高価なのだそうです」

「……、」


何か言いかけたフェーリアを、尼僧長は素早く遮った。


「もちろん、モランシーが貧乏なのは、この尼僧めも、身をもって存じておりまする。ですから……、」


「急用を思い出した!」

尼僧長の話の途中で、フェーリアが立ちあがった。


ちょっと、フェーリア? それ、失礼なんじゃないの?


「尼僧長。あとは、コルデリアに申し付けるとよいぞ」

「いえ、フェーリア様、わたしは、あなたにお願いしたいのでございますよ。コルデリア様ではなく!」


慌てて尼僧長が縋り付く。


「いや、コルデリアの方が良い。妹には、学園時代の学友がたくさんいるからな、……そのはずだ。一方、わたしの方は、長いこと修道院で暮らしている。社交というものから、すっかり縁遠くなってしまった」


膝に取りすがった尼僧長の体を、ソフトに優しく足蹴にしつつ、フェーリアがわたしを見た。

「コルデリア? 話の筋はわかっているな?」


「もちろんですわ」

自信を持ってわたしは答えた。

「そりゃ、裾が長ければ、からんで転んだっておかしくありませんもの!」


「なんて?」

しつこく絡み付いてくる尼僧長を引き離そうと躍起になっていたフェーリアが、呆気にとられたように静止した。尼僧長の方も、ぽかんとしている。


「だから、からころむなんとかですわ!」

「お前、そこからわかってなかったのか……」


ええと?


「ですから、わたしは、貴女様に、フェーリア様!」

「ええい、うるさい! コルデリア! お前には、親しい友達がおろう?」

「誰それ?」

「誰それじゃない! 寄付をしてくれるような友人はおらんのか!」

「いないわ!」


だって、唯一の友人、イヲは、領邦を奪われ、逃げ回っているし。彼女が馬車に積んでいる財産は、母国再建に必要なものだわ!


「即答するな!」

フェーリアは頭を抱えた。

「尼僧長、そういうわけだ。われらは、社交というものが苦手でな。その上コルデリアには、知恵もない」


「まあ! フェーリアまでわたしをディスるの!?」

「事実だろうが!」


一喝し、フェーリアは付け加えた。


「社交とか寄付金集めとか、それだけは堪忍してくれ。代わりに、公妃義母を紹介するから」

「公妃様! 初めからそう言って下さればいいのに、もう、フェーリア様ったら、イケズ~」


ぽろりと、フェーリアの膝から尼僧長が離れた。


「公妃様なら、親戚筋も裕福だし、3人の公女様方のママ友や習い事関連など、お友達がたくさんいらっしゃいます」

「あ、ああ、そう聞いている」


フェーリアは引き気味だ。反対に、尼僧長は、イケイケだ。

「寄付金集めは、貴婦人の嗜みですものね! ぜひとも、紹介してくださいませ!」


知らなかったわ。

そうすると、社交術も人脈もなく、寄付金を集められないわたしとフェーリアは、貴婦人じゃないのかしら。

あ、わたし、公女だったわ! だから、いいのよ。お金を集められなくても。

だって、貧乏は、モランシーの伝統ですもの。そうそう簡単にお金集めができるわけがないわ!








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