第40話 脱出

 僕は自室へと駆け込んだ。浴室からここへ来るだけでも、数十秒は掛かってしまった。宮殿を無駄に広く建ててしまった事を今更悔やむ。しかも、さっきまで雷が落ちるような音が何度も聞こえていたんだけれど、今は音がしない。

 恐らく戦いが終わったんだ。十中八九、化け物の勝利だろう。今頃は恋夏たちの死体を貪っている頃だ。奴のエサがなくなる前に、さっさとこの島を脱出しないと!

 僕は、そんな事を考えながらクイーンサイズのベッドを動かし、床板を外す。そしてリュックサックを拾い上げ、中身を床にばらまいた。大量のますの中から一つ、チェーンのついた黒い鍵が一本落ちる。


 あった!!

 鍵だ!!!

 これで僕だけ逃げられる!!!


 そう思った時だ。


 バッシャアアアアアンッ!!!


 僕の間近で雷が落ちたような爆音がし、同時に部屋の壁の一部が吹っ飛んだ。爆風によって僕の体は吹き飛ばされる。


「よくもやってくれたね……!!!!」


 そして、崩れた壁の向こうから現れたのは、あろうことか恋夏だった。彼女は右肩から胸にかけて、爪でざっくり切り裂かれている。血と泥水塗れとなったその姿は、まさに鬼のようだった。物凄い目つきで僕を睨みつけていた。背後には木の棒を杖代わりにして立っているアピスの姿もある。「拓也さん……!」彼女も僕をキッと睨みつけている。


 そ、そんな……!?

 まさか、あの化け物がやられたのか!?


 僕には到底信じられなかった。あの時坂を殺し、サメの大群にも勝ったあの化け物がやられるなんて!?


「拓也さん……! 他の人がみんな、やられて……! 生きてるのはもう私と、恋夏さんだけなんです……!! どぉしてくれるんですか、拓也さん……っ!!」

「もう終わりだよクソ野郎!!! タダじゃ済まさないから!!!!!!」


 二人が両拳を握り叫んだ。一瞬で恋夏の金色の髪が逆立ち、4つの球電が爆風を起こしながら浮かんだ。それらの球電はとても大きい。さっき化け物と戦う時に出したものと同じくらいのサイズがあった。


 し……信じられない!?


「しゅしゅしゅっ!! しゅみましぇええええんでしたああああああ!!!」


 万策尽きた。少なくとも、真っ向からこいつらと戦って勝つ手段はもう無い。そう判断した僕は、咄嗟に両手を上げて恋夏の前に膝を突いた。そして額を地面に押し付けながら、


「あああ謝りますぅうううう!!! なんでもいう事聞きます!!! ですから、どうか命だけはあああああ!!!」


 叫び散らした。


「ぜんぶぜぇんぶ僕が悪かったんですううううう!!! あの化け物をコントロールできると思ったら、つい魔が差して……!! みんなの人気者になりたかったんですううううう!!!」


 この際理由なんかどうでもいい!

 とにかくこの場だけは無事に切り抜けないと!

 まだ僕の手の内には船の鍵がある!

 バカなこいつらを出し抜いて、なんとか船で逃げ出すんだ!!


 なんて僕が思って再度顔を上げると、


 ズッパアン!!!


「汚いそのツラ見せないで!!!」


 恋夏にアゴを思いっきり蹴っ飛ばされた。女とは思えない物凄いローキック。僕の体は宙を舞い、ゴロゴロと木片だらけの床を転がって床下に落ちた。


 ぐへえええ痛いいいい!!?!?!


「みんな、こんな奴に殺されたんだと思うと、ほんとやりきれなくなるね……!!」


 恋夏の呆れたような声が聞こえる。

 僕が顔を上げると、そこには、やりきれない表情で僕を見下ろす恋夏と、両手で顔を押さえているアピスがいた。


「命だけは助けてあげる! だけどただじゃ許さない!! お前が今までやってきたことを全部反省するまで蹴り続ける!!!」

「ぐへえっ!?」


 そう言って、恋夏がツカツカと僕の前へ歩み寄り、「これは征四郎の分!!」また僕を蹴っ飛ばす。アゴを強烈に蹴り上げられ、僕の意識が一瞬飛ぶ。


 く、口の中がじゃりじゃりするぞ……!?

 前歯が吹っ飛んだみたい……!!?


「や、やめてよ恋夏……! 僕とキミの仲だろ……!?」

「気安く呼ばないでくれる!?!?!?」


 僕が制止を呼びかけるが、彼女は聞かない。その白くて長い足で何度も僕を蹴っ飛ばそうとしてくる。僕は両腕を使い必死でガードした。


 やばい……っ!!

 このままじゃ僕、マジで殺される!?!?


「あっ、あっあっ、アピス!! 助けて!!? 僕死んじゃう!!!」

「もういやぁあああああ!!!!」


 僕がこんな可哀想な目に遭っているっていうのに、アピスは助けてくれない。ただ両耳を手で塞いでその場に泣き崩れるだけ。なんて酷い奴だ!!!


 バヂヂッ!!


「ああっ!?!?」


 そんな風に僕が思っていると、突然電球の弾けたような音と、恋夏の苦し気な声が聞こえた。

 気が付けば目の前に恋夏が居ない。見回せば、すぐ傍のベッドに寄りかかるようにして、ぐったりしている恋夏の姿がある。彼女のきめ細やかだった肌のあちこちは黒焦げ、ブスブスと煙を上げていた。


 これは……球電!?

 ってことは……もしかして……!!?


 僕は部屋の外を見た。この部屋にはさっき恋夏が打ち破った等身大の穴がある。

 そこに姿を現したのは化け物。半身が焼けこげており、右腕が肩の辺りから千切れている。そのために、3メートル近かった巨体もだいぶ目減りして見える。その満身創痍の体で「フシュルルルル……!」と、苦悶と怒りが混じったような息を吐いていた。


 しぃぃぃめたぁあああああ!!!!!!

 化け物が生きてやがったんだ!!!!

 これでぎゃくぎゃくぎゃぎ逆転んんんんんんぬっふううううううッ!!!!


 僕は内心で快哉を叫び、恋夏を見た。


「こいつ……! もう一発、食らわせて……!!!」


 恋夏は今立ち上がったばかり!

 バチバチと球電を浮かべているけれど、完全に化け物に気を取られている!

 殺すなら今がチャンスうううううう!!!


「恋夏あああああ!!! 死ねえええええ!!!」

「ちょ……っ!?」


 僕は恋夏に向かって突進した。恋夏は能力こそ恐ろしいものの、体格勝負なら僕に分がある。思い切り体当たりをブチかまし、辺りに落ちていた壁の木片の先で何度も恋夏を突き刺した。


「死ね!! 死ね!!! 死ね!!!! 死ね死ね死ね!!!!!! 死ねよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」


 木片がバキリと折れる。何かないかと辺りを見回して、今度は壁の内材に使っていた手のひらサイズの日干しレンガを見つける。

 それで思い切り恋夏を殴った。恋夏がぐったりしている。構わず僕は殴り続けた。奴は顔中血塗れ。美少女の顔面がどんどん崩壊してブサイクになっていく様はウケるし股間がギンギンに滾ってくる。


「僕の言う事を聞かないから、こうなるんだああああああ!!!!!!」

「拓也さぁん!!!!!!!!!」


 僕がトドメを差そうとレンガを振り上げると、アピスが駆け寄ってきて僕の腕を押さえた。


 邪魔すんな!!!


 僕が今度はアピスを殺そうとした、その時だった。急に爆風が僕に吹き付け、僕は再び部屋を転がった。


 め、目が痛い……!

 返り血が入ったんだ!

 痛くて開けられないよおおおおお……!


 僕が痛みに呻きながら漸く目を開けると、化け物がぐったりしている恋夏に食らいついていた。その耳まで大きく裂けた口が開く度に鮮血が辺りに飛び散る。恋夏の姿は化け物に隠れており、まだ白い足だけがビクンビクンと跳ねているのが見えた。


 よっしゃ一匹死んだあああああああ!!!

 奴が恋夏食ってる間に僕だけ逃げるるるるるるる!!!!


 僕は今こそ勝利を確信した。そしてポケットに手を突っ込み、逃げるために必要な船の鍵を確認した。


「「「キッキッキッ!!! キイイイイイ!!!!!」」」


 その時、何かの鳴き声がした。化け物の声よりも一オクターブは甲高い。しかも集団で聞こえる。

 気付けば僕は囲まれていた。子ザルから巨ザルまで、沢山のサルたちに。大小合わせて30体近くは居る。


 ふ……ふへ……?

 か、囲まれてるうううううう!!!???

 でもなんでえええええええ!?!?!?


 思っている間にサルが動き始める。


 僕は正直もうお終いかと思ったけれど、サルの群れが向かったのは僕ではなく化け物。


 そ、そうか!!

 こいつらずっと化け物を殺す隙を窺ってたんだ!!!!!


「グギュアアアアアアアアアア!!!!!」


 化け物はまだ食べ途中の恋夏を捨ててサルに向かって吠えた。凄まじい吠え声で鼓膜が破れそうになる。

 だけどサルたちはひるまない。最初の一匹が化け物に飛びつくと、続けざまに何匹も飛びつく。一匹が化け物の巨大な爪で引き裂かれるけれど、それでも後から後から飛びついていった。やがて化け物の巨体が前のめりに床に崩れる。


 ダメだ……!

 今の化け物じゃ奴らには勝てない!!!


「にっにっ、逃げるおおおおおおおおおおお!!!」


 僕は遮二無二走った。


「待って!!!!!」


 アピスが必死になって僕を追いかけて来る。僕はその貧弱な足を蹴って、アピスを床に転ばした。


「僕の身代わりになれ!!!! アピス!!!!!」

「ま……待ちなさいこの卑怯者おおおおおおおお!!!!!!!」


 グギョオオオオオオオオオオオッ!!!!


 化け物の断末魔の叫びと重なるようにして、アピスの怨嗟の声が宮殿中に轟く。


 卑怯とかどうでもいい!!!

 僕さえ助かればそれで!!!


 僕は必死で半分崩れた宮殿を駆け抜けて行った。


 目指す先は研究所の港!

 船に乗りこの島を脱出する!

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