第38話 アピスの怒り
次の瞬間だった。僕の頬にバーナーの火でも当てたみたいな痛みが走って、気付いたら僕は膝を突いていた。アピスが僕を引っぱたいたのだ。
「……!!!」
みんな唖然としている。その中で、僕だけはえつらえつらと微笑んでいた。
ほほう。
この僕に歯向かうだなんて面白い。
そんな僕に向かって、アピスが再度叫ぶ。
「こんなの拓也さんじゃない!! 私が信じた拓也さんは……もっと高潔で素直で真面目で……素晴らしい人だった!! それが、今の拓也さんは、あまりにも可哀想……!!! きっとこの島の生活が辛すぎて、それで人間の心を失ってしまったんだ……!! だから、私が、絶対に……!! アナタを元の、拓也さんに戻して見せる!!!! みんなを幸せにするんだ!!!!!」
凄まじい叫びだった。僕の視界の端っこで、化け物が一瞬ビクッとするくらいの大声。その叫びは僕は勿論の事、こんな惨事に追い込んだこの世界全体に向かって叫ばれている気がした。ふと周囲を見回すと、恋夏も日妻もその他の連中も、それぞれ拳を握ったり、目を熱くしたりしている。どうやらアピスの言ってる事に感動しているみたい。
一方僕は、そんな皆の反応を見て、
「あははははははははははははは!!!!」
笑った。心の底から。
もうおかしくってしょうがない!
それじゃあ、こいつの知ってる拓也さんは、どんな事をするんだろうね!?
例えばこういう事かな!?
「恋夏。僕、女の子のイジメがみたい」
「え……っ!?」
「ガチな奴さ。ほら、恋夏ってギャル系だから、アピスみたいな陰キャのドブス見るとガチで腹立ってきてイジメたくなるんじゃない? だからさあやってよ」
「は……? はあああああ!?」
最近大人しかった恋夏だけど、僕のこの提案には久方ぶりに不服そうな顔をしてみせた。本気で何を言ってるのか解らないといった顔だ。だからこそ容赦はしない。僕は皆が僕みたいに陰湿で卑怯で情けなくしている所が見たいんだ。こいつらの言う崇高な人間様じゃなくて。その方が生き物として自然なのさ。本能丸出しでね。だから、恋夏の頬を引っぱたく。
「いたっ……!?」
「やらないとこの場に居る連中一人ずつ殺していくけど?」
「っ!」
僕がそう脅しつけると、恋夏は赤くなった頬を押さえながら頷く。
「…………うん……やり、ます……」
恋夏は震える声で言った。
「やりますじゃないだろ? お前がやりたいんだろ?」
「……はい……わたし……きゅうに、たちばなさんのこと……むかついて、きたな……!」
僕がそう言ってやると、死んだ目をしてやっと同意する。
ふふ。
お前だってどうせ自分さえ助かればそれでいいって考えているんだろ?自分の手だけは汚したくないなんて卑怯者さ。
所詮僕と同類なのさ。
「うん。じゃあお願い」
言って、恋夏の背中を押す。彼女は一言「ごめん……!」と言ったかと思うと、アピスの頭を掴んで水面に押し付け始めた。
これが女の子のイジメ?
ぬるいなあ。
猫被ってる。
「ねえ、女の子ってさ、嫌いな女子イジメるとき、そいつの処女を適当な男に奪わせるってシチュエーションあるっていうけど、ホント?」
だから僕は言ってやった。恋夏は腕を振り上げたまま固まる。
一方アピスは、歯を食いしばったまま嗚咽を漏らしていた。僕はその泣きっ面にかかった前髪を掴み上げて、頭を持ち上げさせる。
「ばーか。お前みたいな汚物に突っ込めるわけないだろ? 勘違いするなよドブス」
そしてはっきりそう言ってやってから、
「あ、でも恋夏に命令されたら僕、断れないなあ?」
改めて恋夏に言う。
「……!」
彼女は相変わらず固まったままだった。やがて振り上げた手をバシャリ、水面に力なく落として、
「………………拓也、やって」
言った。
「はーい♪」
命令されちゃあしょうがない!
女の子は怖いからねえ!
「……これが……っ! 人間のする事ですかああああああっ!!?!?」
すると今度はアピスが物凄い顔で僕を睨んで言った。これまで一度も見たことのない表情だ。いつも塞ぎがちな彼女の両目は開かれ、血でも吹き出さんばかりに張り出している。
その必死過ぎる顔が、僕はおかしくってしょうがない。
アッハハハハハハハハハハハハハ!!!
いい顔しやがるなあこいつ!!!
「これが人間のする事じゃなくて、ナニが人間のする事なんだよ!!!?」
アピスの横っ面を張り飛ばして、僕は言い返してやった。
僕の在り方こそが人として正しいんだ!!!
そう思った僕は、改めて女子二人にアピスを押さえつけさせた。アピスは精一杯抵抗するけど、所詮逃れられない。僕はそんなアピスの背後に回り、両足をがっちり僕の両脇で固定して思うさま腰を彼女の中に打ち付ける。
やはりというかなんというか、大して気持ちよくもない感覚が僕の股間を中心に広がった。女の体なんて所詮こんなもの。化け物の口の方が一万倍はキモチイイ。ただ、胸を突き抜けるような爽快さだけはあった。バカで無能な女をねじ伏せる事で、僕の支配欲が十全に満たされている。
「ははは!!! どうかな!? 少しは思い知った!? いや、キミみたいなお花畑の頭じゃ理解できないかなあ!?!?」
一連の動作の後、僕は笑顔で尋ねてやった。
アピスの体は血だらけ。その顔も汗と涙でぐちゃぐちゃになっていた。すっげえ汚い。会長の死体とヤッた方がまだマシなくらい。ウケる。
「か……必ず元の拓也さんに戻して見せます……!!!」
物凄い顔で、まだそんな事を言ってくる。
それを聞いた僕は、
「アハヒャッハハハハハハハアハハハハアハハハハハハアハハハハハハハハアハハハハハハハ!!!!!!!!!」
もう、笑いが止まらなかった!!?
あーあーあーあーあーあー!!!
どうしてこいつはこんなにバカなんだろうな!!?
あんまりバカ過ぎて股間滾る!!!!
「そうかいそうかいそうかいそうかい!! この期に及んで僕を改めさせようだなんて、アピスはホント恐ろしいなあ!! だったら今の内もっと痛めつけておかないとね!!!?」
言いながら、僕は何度もアピスの股間に蹴りを食らわした。何度も何度も何度も何度も蹴りを入れる。その度に小さな嗚咽と涙が宙に散った。サンドバッグにすることで、初めてアピスが可愛く愛おしく思う。
暴力って楽しい!!!
それも相手が無抵抗であればあるほど楽しい!!!
後で部屋戻ったら奉日本も使ってスッキリしよ!!!
ボッコボコに嬲り殺してやる!!!!
ウワッハハハハハハハハハハハハアアアアアアア!!!!!!!
「もう……!!! 止めてよおおおおおおおおおおお!!!!!!」
すると、また誰か女子が叫んだ。それは薄紫色の髪をした元体操部副キャプテンの日妻だった。奴は僕が首に提げていたペットボトルを奪い、桟橋に上がる。そしてそのまま化け物の方に向かって走った。
「動かないで!!! 動いたらあれ使って化け物にお前を殺すよう命令するから!!」
それを見て恋夏が叫んだ。日妻ではなく恋夏がそう告げた事で、僕は全てを察した。
たぶん二人して僕の隙を伺ってたんだろう。いやいや、僕もちょっと油断し過ぎた。あんまりにもアピスが面白いから。
しっかしバカだなあこいつも。
ペットボトルは罠だと知らないで。中身はただの水なのに。
とりあえず痛い目見てもらおうか!
僕は二人に構わず走った。向かう先は脱衣所。蜜の入ってる『ます』は僕のズボンのポケットに入っている。あれを確保すればそれで終わりだ!
そう思って、僕がズボンに手を伸ばしたその時、
「ぐあっ!?」
ビリビリと、凄まじい痛みが僕の全身を襲った。
な、なんだこれはああああっ!?
「なるほど。これに入れてたのね」
気付けば目の前に恋夏が立っていた。その周囲には、サッカーボール大の球電がふよふよと浮いている。
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