第37話 拓也の理想宮
それから一ヶ月が経った。
僕はもちろん生きている。化け物も。そして16名の女子生徒も僕と一緒に暮らしている。僕が今居るのは『宮殿』の『浴室』。そこにお気に入りの女子5人をはべらせ、一緒に浸かっている。
現状については、少し説明が必要だろう。結局僕が洞窟に帰還したあの日の内に、生き残っていた女子どもは全員僕の下に戻ってきた。
どうやら全員で話し合い、僕に服従することを決めたらしい。『民主的で実に素晴らしいことだね』と僕は拍手で讃えてあげた。何よりも平和が一番。
ただし服従の条件として、奉日本に対しこれまで僕にしてきた悪事を土下座で謝らせる事にした。今生き残っている女子の中では彼女が一番僕に悪辣だったからね。仕方がない。
すると、奉日本は悔しそうに眉根を何度も何度も何度も持ち上げた後、ようやく僕の前に跪いた。
そして、
『……花蜜くん…………今まで散々イジメてきて、ごめんなさい……これからは心を入れ替えます……』
言った。
寛大な僕はもちろんとっくに許してあげている。だけど、今後の彼女の事を考えれば、僕は一言付け加えてあげなければならないだろう。人は過ちを犯した時、謝るだけではなくその行為自体を深く反省し、その反省を活かすことによって初めてよい人間足り得る。
『だったら謝ってよ。お前の恋人の分まで』
『……っ!!!!!!!!??!?』
僕がそう言ってあげると、奉日本は握った小石が砂になるくらいまで地面を握りしめた。
ほら、やっぱり納得してない。
『うん。申し訳ないけど、今キミがしている事は余りにも酷い。なんでか解る? それはね、余りにも自分勝手すぎるんだ。そういう風に自分でも思ったことはない?』
『……っ!!』
僕がズバリ指摘してあげると、図星だったのか、奉日本が一瞬硬直する。
『そういう所だよ、奉日本。いい? 他人の事を考えるということはだね……?』
僕は以前泉で会長から言われた言葉も使って、優しく彼女に説教してあげた。いかに時坂が悪辣で卑劣で卑怯者のクソ野郎だったか。そしてそんなクソ野郎に入れ込んでしまった自分自身がどれだけ愚かだったかを徹底的に教え込む。そうしながらも僕は、彼女の綺麗にまとまったポニーテールを何度も撫でてやった。これは決して叱りつけているわけではない。世の中の道理を完璧に正しく理解している僕が、残念ながらそうではない彼女に言って聞かせてあげているんだ。これが啓蒙活動って奴なんだねえ。自分がなんだか偉い宣教師にでもなったような気がするよ。
そうか。主の御教えを説くというのは、こういう気持ちなんだ。非常に崇高な気持ち。この身のまま天国の門を素通りできそう。ふむ、世の聖人たちが主の御教えを説く時というのは、こういう気持ちになるものなんだ。
その時僕はなんでも許せる気がしていた。時坂のクソ野郎も、最期まで頭が悪かった春奈先生も。会長も。全員等しく愚かで醜い。この世界で僕だけが唯一正しいんだ。
『……』
僕がそんな気持ちで恍惚としている一方、奉日本は返事をしない。黙ったまま、ずっと顔を地面に向けるだけ。息すらしているか怪しい。
おーい、生きてる?
なんて思ってたら、やがてポタポタと涙を流した。
きっと感激したんだねえ。
僕も感激のあまり股間がフル勃起しているよ。
あはは!
『人間、誰でも間違いは犯す。だからこそ、そこからの立ち直り方ってのが重要なんだ。そういう訳でね奉日本さん。キミは残念ながら道を踏み外してしまった。だけどそれはキミが悪いんじゃない。他ならぬキミの彼氏がクソ野郎だったんだ。だから、これからはこの僕が彼に変わって教育してあげる。一度道を踏み外してしまったキミが、再び清く美しくこの白日の下で生きられるように』。
僕はそう言って説教を締めくくった。彼女の頭を踏み潰して。
『返事は?』
『……………………はい………!!!!!!』
とまあ、こんな具合であの奉日本も僕に完全服従した訳なんだけれど、それからがまた大変だった。
何しろ僕たちはこの島で生きていかなくちゃいけない。
だから僕は、次の3つの事を行った。
まず1つ目は組織作り。やっぱり集団には規律が大事だからね。中身は僕がネタ帳に書き留めた架空の帝国『大日本自由帝国』を参考にしてある。最高権威はもちろんこの僕。『大拓也自由帝国』の初代皇帝にして、軍(といっても今の所化け物だけだけど)の最高指揮官。同時に国の政治を司る内閣総理大臣でもある。僕の決定には絶対に逆らえないことが帝国憲法の第一条に記されている。
『第一條 大拓也自由帝国ハ清廉潔白ニシテ公明正大ナル皇帝花蜜拓也ガ之ヲ統治ス』
『第二條 帝国皇帝ハ其ノ全知全能ノ力ヲ尽クシテ帝国臣民ヲ幸福ニ導カナケレバナラナイ』三條からは後ほど。
その次が奉日本恋夏。彼女は僕の皇后だ。そしてみんなに僕の行政命令を伝達させる『行政長官』でもある。彼女の下に財務や農政、建設や法政といった省庁があり、それぞれに女子を1人ずつ長官として任命している。全員そこそこスペックが高くて見た目もまあまあ僕好みの女子だ。なお行政執行部の『警察庁長官』も奉日本が兼任しているので、万が一にも誰かが僕の命令に逆らったり反逆した時は彼女が全力でこれを鎮圧しなければならない。
次にやったのがルール作り。さっき話した帝国憲法に記されているんだけど、要点だけ言えば次の通り。
3、下位に割り振られた人は、上位の人の命令には絶対服従すること。また己の任務に責任をもってあたる事。
4、上位になるに連れて、より多くの食糧や生活スペースの確保などが可能になること。雑役等も徐々に免除されるということ。
5、人事権はもちろん僕にある。
今の所これだけだけれど、残りは様子を見て付け足していこうと思う。それに反した場合は恋夏が責任をもってその人を捕らえて罰する。その際の罪状や法的根拠、定刑は全部僕が決める。
そして最後が、住まいづくり。僕は今、自分が立っているこの宮殿を建てる事を決定した。その名も『雀蜂宮殿』。僕の母校にあやかった名前だ。
宮殿を建てる理由は様々あるけれど、やっぱりこれも権威。皇帝が洞窟暮らししているようじゃ箔が付かないからね。さっき割り振った長官職以外の連中を使って建てさせてる。
宮殿の概要だけど、場所は洞窟近くにあった泉。それを取り囲むようにして現在建築中だ。
幅約50メートルで、南北が40メートル、高さは10メートル近くある。完成すれば、二階建ての壮麗な宮殿となる予定だ。そこに僕と化け物、そして皇后である恋夏と各長官、見張りの女子2名が暮らしている。奉日本は僕と同室。当然雑役等は免除されている。仕事が忙しいからね。各長官もそう。宮殿に割り振られた4つの部屋にそれぞれ暮らしている。彼女たちも雑役免除。食糧も優先して与えられる。他には2名の体育会系女子が常時見張りに就いている。こいつらも食糧に関してはきちんと与えられる。
そして残りの有象無象は全員僕の所有する奴隷。メンバーはアピスをはじめ、障害者や顔面崩壊してる連中7名。
ゴミは要らないからね。人間じゃなく家畜として飼ってあげてる感じ。こいつらは宮殿には住んで居ない。洞窟に住んで、僕らのために掃除や洗濯や炊事をしたり、みんなが使う日用品を作ったりしている。基本的に一日平均20時間労働。普通なら2・3日でぶっ倒れるけど、僕の蜜の力があればそこそこ無理させても病気になったりしない。ちなみに今は屋根の完成を急がせてる。夜だから足元暗いけど照明は最低限。薪も無限にあるわけじゃないからね。
そんなこんなで化け物に建築資材を作らせ、家畜どもに20日間ぶっ続けで働かせてこの宮殿はとりあえずの完成に至った。正面門には僕が考えた箴言『正しきものこそ勝利する』が刻まれている。
「拓也様。入浴の準備が済んでおります」
なんて僕が色々振り返っていると、薄紫色の髪をした線の細い女の子、
元ダンス部副キャプテンの彼女は現在財務長官。とはいえ通貨がまだないから、基本的に僕や奉日本の傍仕えをしている。僕の部屋の掃除も彼女が担当だ。
「うん。ありがとう」
僕は再び平伏した日妻に感謝し、先に風呂に向かうように言った。これから楽しい入浴の時間なんだけれど、その前に一つだけやる事がある。それは蜜の入れ替え。
僕は部屋の中央にあるクイーンサイズのベッドを横に押しのけ、更に床板を外して、その下に隠しておいたリュックサックのジップを開けた。中には僕が苦労して掘った木製の『ます』が入っている。このますは長方形に作ってあり、ズボンのポケットに入るサイズで、一つ一つに蜜がたっぷり入っている。これを化け物に与えれば、大体命令一回分の量になる。全部で12個あるうちの『ます』を一つ僕はポケットに入れる。それとは別にもう一つ、キャップに穴を開けて首から提げられるように改造したペットボトルを一つ携帯する。
なんでわざわざこんな事をしているかって、理由は簡単だ。恋夏たちの忠誠心を試すため。時坂が死に、先生も死に、恋夏が完全に僕の所有物になった今だけど、それでも僕はまだ用心していた。
僕にはわかってるんだ。こいつらがなんでこんなに大人しいのかって。だって納得している訳が無い。こいつら顔はいいけど全員悪人だ。だから、裏では僕への反逆を計画しているだろう。その前提で動いた方がいい。
およそそう言う理由で僕はトラップをしかける事に決めた。
僕がこのペットボトルの蜜を使ってあの化け物をコントロールしているところは、ワザと見せびらかすようにしている。だからもし彼女たちに反抗の意志があれば、自然とこのペットボトルを奪おうとするはずなのだ。その時にはこのます……常に一つは蓋をして、ポケットに携帯するようにしている……を使って化け物に命令し、彼女達をブチノメそうってわけ。
そう、殺すつもりはない。
調教するんだ。何度も何度も反逆させ、その反逆を毎回潰す。そうする事で自分たちが間違っている事を徹底的に教え込む。なんだっけ、三国志とかで諸葛孔明が南蛮王の孟獲に対してやった奴だ。七度懲らしめて七度許す。それぐらいやればこいつらも自分の非を受け入れ、心から反省し屈服するだろう。今からその時が楽しみ。
僕は蜜の代わりにただの水が入ったペットボトルを首から提げ、部屋を出た。そのまま宮殿の浴室兼中庭の泉へと向かう。その手前の脱衣室……水源兼お風呂場である泉の前に作った、丸太組みの4畳ほどの空間……では、奉日本たちが平伏して僕の到着を待っていた。こいつらはこれから一緒に入って、僕の疲れを癒してくれる。
「拓也。入浴の準備するね」
言って、恋夏が僕の目の前に歩み出る。
最近彼女は自分から僕の事を下の名前で呼ぶようになった。この宮殿に住み始めた頃までは毎日死にそうな顔していたけど、今ではそれも反転し、いつもニコニコしている。まるで全てを受け入れて心から僕の后になりましたって感じ。まあ十中八九何か企んでいるんだろう。
ふふふ。
こういうバカな女の浅はかな考えを見ているのはとても楽しい。きっと僕のいないところで、皆と一緒になって一生懸命作戦を練ってるんだろう。僕に敗れるためだけの反攻作戦を。今からこいつらの意志を挫いてやるのが楽しみで仕方ない!
「うん」
僕が返事をすると、恋夏は僕の前に跪く。そして、まずは皇帝である僕に土下座で一礼。それから恭しく立ち上がると、再び一礼してから僕の上着を脱がせに掛かった。上着が終わればシャツ。次にズボン。ちなみにだけど彼女は裸だ。そうするように僕が命じた。
『綺麗な肉体というのは芸術だ。芸術は須らく人に共有されるべきものであり、服で隠すなんて愚かな行為は許されない。それが特別なものなら尚更。彼女の他にも、宮殿に住む女子は基本美しいので服は着せていない』
なんて、いかにも邪悪で下品で言い訳がましい時坂辺りなら考えそうだ。だけどそういう建前は僕には正直どうでもいい。とりあえずエロければなんでもよかった。だから、その時々の気分で女どもを裸に剥いたり制服を着せたりしている。後は奴隷に作らせたメイドっぽい服とか水着とか着せたり。
なんて事を考えている間に、恋夏が僕の服を脱がせ終わった。
今僕は裸に、首からペットボトル一本提げた状態で立っている。蜜入りの箱はズボンの中。そんな僕の前に彼女は再度平伏し、僕が言葉を掛けるのを待っている。僕の命令なくして勝手に風呂に入るような事は許されない。
「ありがとう恋夏。じゃあ入ろうか」
言って、僕は彼女を立たせてやった。自然な動作で腰に手を回す。
「……うん、拓也」
彼女は嫌がらない。むしろ積極的に僕の腕を取ろうとしてくる。
いやいや、素晴らしい。
こいつが裏で何を考えているかとかはどうでもいい。今のこの姿を、時坂の奴に見せびらかしてやりたいね。
もういない死人の事を考えて、僕はちょっと満足気に微笑む。そして裸の女どもを従え、僕は浴室へと進んだ。
浴室は中庭とセットにして作られている。泉をそのまま利用した形だ。さっきまで居た脱衣所から桟橋のような形で丸太と板で道が作られており、地面に足を付けずに直接泉に浸かれる。そこからの景色は自然の風景そのもの。天井も吹き抜けで、露天風呂のような解放感に溢れている。
そして、あの化け物もここに居た。泉を取り囲むようにして広がる鬱蒼と茂った木々。その奥に組み上げられた丸太の上に鎮座しており、まるで古代の神みたいに見える。彼はそこでずっとアピスたちが集めてきた果実やカニ等を貪っていた。
こいつはお腹が空いていると危険なので、基本こうやって何か食べさせている。化け物のコントロールは僕の唯一の懸念材料だ。僕の蜜も量には限界があるし、そのうち何かしらの方法で食糧を増産していかなくてはならないだろう。
そんな事を考えながら、泉に浸かる。足先からゆっくり浸かるけれど、相変わらずクソ冷たい。恋夏の尻や胸を触って少しでも体温を上げる。
「たったっ……拓也さぁん!!!!」
なんてやっていると、入口の方から女の悲鳴みたいな声が聞こえてきた。
それはアピスだった。
なんだこいつ、まだ生きてたのか。およそ2週間ぶりに見たけど、相変わらず汚い。洞窟での労働のせいだろう。髪の毛から指先までボロボロで、捨てられてあちこち歩き回った野良猫みたいな見た目をしている。公園とかに住んでる浮浪者の方が百倍マシだ。そのボロ臭い女が両腕でボロ雑巾みたいなものを抱えて、桟橋に立っている。
良く見るとボロ雑巾は人間だった。僕が使ってやってる奴隷の一人で、たしか名前は伊原とか言ったか。顔が三日月みたいに細くてキモいから奴隷にしてやった女だ。
「拓也さん……なんとかしてください……伊原さんが……食糧を集めてる最中サルに襲われて……!!」
どうやら奴隷が一匹ケガをしたらしい。
それがどうしたと言うのだろう?
なんで僕は入浴を邪魔されているんだ?
「あの……蜜を与えてやれば、ひょっとして治るのでは……?」
なんて僕が内心憤っていると、僕の隣で泉に浸かっていた女子がふざけたことをぬかす。僕は吃驚してしまった。だって、アピスの次はこのゴミまで僕に何か言ってくるから。
「は? お前なんで僕に命令してるの?」
僕は率直に怒りを露わにした。僕に意見してきた女子はビクン、と身を竦める。以前にも言った通り、この宮殿では僕の許しが無い状態での意見は一切許されていない。
「僕はキミに意見を求めたかな? 求めていないよね? じゃあ、どうして求めてもない意見をキミ如きが口にできるんだろう。今目の前で起こっている事が僕は信じられないよ」
僕はギロリと恋夏を睨む。
こういう部下の失態は上司が責任を取るものだ。
「奉日本。これは明確な反逆だね?」
「た、拓也、その……ごめん……!……あたしのせい……!」
さすがにこの異常事態を察したのか、恋夏は腰を九十度折り水面近くまで顔を下げて僕に謝ってきた。きっと自分が責任取るから、許せというのだろう。その申し出自体傲慢だが、恋夏だから特別に許す。
だけど、そんな謝罪程度では足りない。僕のこの残念な気持ちは、少しも癒されないのだ。
そう思った僕は、下がった恋夏の頭を上から押した。彼女の頭が耳の手前まで水に浸かる。彼女は苦しそうにジタバタもがき出したが、息継ぎはさせない。
「苦しいか? 苦しいよね? でも僕は今の一言でもっと傷ついたんだ。くだらないゴミ共のくだらない意見を聞かされて、もう耳がもげそうで。死ぬかと思ったんだ。だからお前も死ぬかと思ってもらう」
「もっ……! 申し訳ございませんでした申し訳ございませんでした申し訳ございませんでしたああああああ!!! ですからどうかご慈悲をおおおおお!!!」
そんな具合で僕が恋夏に責任取らせていると、さっき僕に意見してきたバカが再び何か言ってきた。
「慈悲? なにそれ。僕に許せって命令してるの?」
「ち、違います! 決してそんな愚かな事は致しません! 全て私のせいで……!!」
「何が違うって? へえ、キミは愚かなメスの分際でこの僕のやってることが間違いだって言うんだ? 今こうやって恋夏に責任取らせてるのも全部間違いだって? へええ?」
言いながら恋夏の頭から手を離し、「ゆっ……ゆるして……!?」今度はバカな女子の頭を手で押さえつける。
「死ね!!」
言って僕は女子に思い切り膝蹴りを食らわした。結構気持ちよく入ったので、女子は九の字に頽れて水中に沈む。ガバガバと起き上がろうとする女子の顔面を更に蹴った。鼻か何か切れたのか、水面に血の花が咲く。
おもろい。
「拓也! やめて!!!」
すると、今度は恋夏が僕に意見してきた。幾らこいつでも二度目は許せない。
はあああああああ……!!!
ストレスが溜まる!!!
まったくどいつもこいつも解ってない!!!
そう思って僕は恋夏をブチノメそうと思ったけれど、拳を上げたところで止める。殴るよりもいい方法を思いついたのだ。
「奉日本、これはキミの責任だ。だから僕の代わりにこいつを処罰しろ」
「え……!?」
いい反応。
恋夏はプライドが高いし自分の事を善い人間だと思いたがっているから、僕が直接打つよりもこうして責任取らせて処罰させた方が堪えるはず。
「なに? お前も僕に反逆するの? だったらしょうがない。あの化け物を使ってこの反乱を鎮圧してもらおうかな」
言って僕は首から提げたペットボトルに触れた。このキャップを外して中身を化け物に与えれば、彼はなんでもいう事を聞いてくれる、という事を暗に示すためだ。もちろん中身はただの水なので、僕が実際にそうするためには脱衣所にますを取りにいかなければならない。
「……!!!!」
恋夏は深刻そうな顔で深いため息を吐くと、僕に粗相した女子の所に向かった。そして、
「………ごめん……っ!」
何故か謝りながら、やっと水面に足を付けて立ち上がろうとしていた女子の顔面を思い切り引っぱたく。派手な打擲音と水しぶきが上がり、女子は再び水中に沈んだ。だけど恋夏は許さない。「立って!!!」叫んで女子の肩を掴み引き上げ、怯え切ったその頬を再度ぶっ叩く。
おー、いいねえ!
女同士の諍いは見ていて楽しい!
ああ、会長もここに居たらなあ!
たっぷり調教してやったのに!!
「たっ……たったった……っ!!」
なんて僕が思っていると、ずっと端っこで黙り込んでいたアピスが僕の前にやってきて言った。
なんだこいつ、とうとう気でもおかしくなったか?
まあいい。言いたいことがあるなら聞いてやる。もちろんその後でブチノメすけれど。
「何? 言いたい事があるなら聞くけど?」
「ぎゃ……ぎゃふっ……ギャハハッ……!!」
僕が尋ねるとアピスは、興奮しているのだろう、発作のせいで込み上げてくる笑いをを一生懸命堪えながら何か伝えようとしてくる。
「ギャッ……ギャフッ……こっ……」
「こ?」
「こっ……これでいいんですかああああああ!?!?」
アピスが顔中真っ赤にして叫び散らした。みんなも一斉に振り返る。遠くで寝そべりながらエサを喰ってる化け物もこっちを見た。
「……?」
僕もあっけに取られていた。アピスが何を言っているのか解らなかったからだ。
「これでいいって、何が?」
「拓也さんの皆に対するふざけた態度です!! こんなのは……こんなのは、人がやっていい事じゃない!!!!!……拓也さんだって人間の心があるんだ……!! だって、以前私にあんな優しい言葉を掛けてくれたんだから……!!!」
僕が問うと、アピスが即答した。
あの時?
優しい言葉?
ああ、ウジウジしてるこいつがムカついて、つい本音を言った奴か。だってこいつウケるんだもんな。クソゴミナメクジの分際で自分を悲劇のヒロインだと思い込んでいるんだもの。
「拓也さんは言ってくれたんです! みんなに迷惑かけてばかりで、私が一人で悩んでいた時に、キミは『他人を不幸にもするけど幸福にもする』って……!!! それなのにどうして……!!! どうしてこんな酷いことができるんですか!?」
「あー、あれウソ。僕、お前が居るだけでめちゃくちゃ不幸だわ。ホント存在しないで欲しい」
僕は正直に本音を言ってあげた。
ニッコニコして。
人を傷つけるのって楽しい。
「僕の事を信じろって言ったじゃないですか!?」
僕の事を信じろ、か。以前牢屋を出るときに、こいつを勘違いさせるために使った言葉か。こんなに利いてるとは驚きだな。すっかり僕の気持ちを読み違えている。そこの所を少し教えてやってもいいだろう。
「そんな事も言ったかもね。全てはバカなお前を利用してやるためさ。おかげで僕はうまく牢屋から出られたんだ」
もっとも、その後はずる賢い時坂の奴にしてやられたけれど。
ちなみに万が一だけど、この後僕が負けた場合、また土下座して謝ればいい。どうせこいつらは許してくれる。
だって、こいつも恋夏もみんな僕が悪人だと思いたくないんだもの。人間がそこまで性根が腐っている存在だなんて思ってるんだ。だって同じ人間だから。自分の中に僕みたいな存在が居るかもしれないって事実を認めたくないんだ。だから僕が本気で『罪を償いたい』って言えば、どうせ許すに決まってる。それが人としてあるべき姿だとかなんとか勝手に思って。ホントこいつらバカ。僕に使い尽くされるためだけに居る存在。
「アナタって人はあああああああ!?!?!?!?」
僕がそんな風にアピスを嘲笑ってやると、アピスが拳を握りプルプルしながら叫んだ。そして、
パアンッ!!
次の瞬間だった。僕の頬にバーナーの火でも当てたみたいな痛みが走って、気付いたら僕は膝を突いていた。
アピスが僕を引っぱたいたのだ。
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