第30話 名探偵タクちゃんⅡ

「こっ……これは罠だ!!! 誰かが僕を陥れようとしているんだ!!!!」


 咄嗟に僕は叫んだ。


「そんな訳ないよね。だってあたしら蜜貰ってなかったし」


 それに異を唱えたのは、時坂ではなく奉日本。


「そうだね。もし他にできるとしたら、蜜をこっそり貰っていた佐々木さんなんだけど……」


 言って、時坂くんは佐々木を見る。彼に釣られて、皆の視線も彼女に集まった。佐々木は元々醜い顔を更に醜く歪めながら、必死そうに何度も首を横に振って自分じゃないと訴えている。


「そ、そうだ! 僕じゃないんだから、佐々木さん、キミが犯人だ!」

「え……?!」


 僕はこの機に乗じようとして叫んだ。


 佐々木、お前が犯人だ!!

 とりあえずそういう事にしておけ!!


「でも千奈せなって清四郎くんのリュックに下着が入っていること知らなかったよね? だって見つかった時にめっちゃ驚いていたもん。あれがもし演技なんだとしたら、せなはものすごい女優だよね」


 う……!?


「た……確かに。で、でもたまたま演技が上手だったとかって線はないかな? 今もこの臆病そうな笑顔の下で恐ろしいこと考えてるとか……!」

「それ、あたしとせなは中1からの付き合いなんだけど、その頃からずっとそんなこと考えてたってこと? 今この時のために? マジで?」


 奉日本が長いまつ毛をパチパチさせながら僕に訊いてくる。


 うっうっ……!?


「となると、佐々木さんも違うわね。つまりこの中で、冴月さんの下着に蜜を付けられるのは花蜜くんだけってことになるけど」


 言いながら、疑い深そうな目で僕を見てきたのは春奈先生だった。


 クソ……!

 佐々木のデブといい、奉日本といい、こいつといい、どいつもこいつも女のクセに僕をバカにしやがってこのクソメスどもあああああ!!!


「タクちゃん。もしキミが犯人じゃないというのなら納得のいく説明をして欲しい」


 そして、トドメを差してきたのはやっぱりこの男、時坂だった。彼の一言で、既に僕に突き刺さっていた皆の視線がどんどん鋭くなる。言い逃れは最早できそうにない。

 そうなると、もう僕に残されている手段は2つしかなかった。

 1つはこの場で罪を認め、少しでも僕に対する非難や処罰を抑えること。

 もう1つは何が何でも逃げることだ。

 僕が選ぶのは、当然。


「ふざけるなああああああああ!!!!!!!!!!」


 僕は叫んで駆け出した。

 大声を出したのは、みんなの気を逸らすため。腹の底から声を出したので、案の定みんな驚いている。その隙に、僕はまっすぐ向かい側に居るアピスに向かって走る。途中、円陣の中央部分で偽の凶器に使った石を拾うのを忘れない。


「タクちゃん! なにを!?」


 時坂が呼びかけるのも聞かない。そのままの勢いでアピスの背後に回り込む。そして彼女のか細い腕を捩じり上げ、盾にした。もう片方の手で握りしめた石を彼女の側頭部に突きつける。


「いっ……いたっ!……た、拓也さぁんっ!?」

「黙ってろ!!」


 アピスはすっかり怯えている。何が起きているのか解らないといった様子だった。みんなも大体似たような目で僕のことを見ている。


「お前らそれ以上こっちに来るな! 来ればこいつを殴り殺す!!」


 その間抜け共に僕ははっきり言ってやった。


「う、う……うそ……! 拓也さん……そんな……!! アヒャ……ヒャヒャヒャックッ……クギャッ!?」


 ストレスで笑い出そうとするアピスの側頭部を石で小突く。


 黙ってろウジムシ!

 少しは僕の役に立て!!


「させません!!」


 なんて僕がアピスに気を取られていると、いつの間に移動していたのか春奈先生が後ろから僕に追突してきた。先生が身を低くして、ラグビーでいうリアタックルみたいな調子で僕の足を掴み引きずり倒そうとしてきたのだ。不意を突かれた僕はバランスを崩し、足を掬われて肩から地面に落っこちてしまう。


 痛ええええええ!?!?!?


 僕はなんとか先生を蹴っ飛ばして立ち上がるも、今転んだ隙にアピスに逃げられてしまっている。形勢は完全に不利だった。


「今です時坂くん!!」


 地面に倒れ伏したまま先生が叫ぶ。


 こ、こんのクソババアああああああああ!!!

 余計な事しやがってええええ!!!!!


「くっそおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 僕は咄嗟に砂を掴んで時坂に投げつけると、その場から駆け出した。

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