第29話 名探偵タクちゃん

 かくして準備は整った。僕はアピスの協力でこっそり牢を出て、待機している。

 時坂たちは今さっき探索から帰って来たばかり。自分たちのスペースに座り、水を飲んで休んでいる。後はタイミングを見計らってアピスが仕掛ける予定だ。

 気分は名探偵。眠りの小五郎ならぬ怒りの拓也ってか。

 ふふふ。ドキドキしてきたぞ……!

 そんなこんなで僕が壁際のでっぱりに身を隠しながら皆の様子を覗き見していると、


「あ、あっあっあのみなさん! ふぎゃっふっふ!?」


 アピスの素っ頓狂な声が聞こえてくる。その後に続く、


「あっあっあっ! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!?」


 気味の悪い笑い声。

 最早お約束だった。

 まったく見ていられない。


 やれやれ。どうやらよほど緊張しているらしい。せっかくこの名探偵様の助手に選ばれたってのに、なんて情けないんだ。


「どうしたの、立花さん?」


 先生が中腰になって、優しく尋ねている。


「そっそっそっ、そのっのっのっ……!」


 ダメだこれじゃ埒が明かない。本当はもう少し皆を待たせてからカッコよく登場するつもりだったけれど、予定を早めて今すぐ出るか。


「アピス。後は僕に任せて」


 そう決めた僕は靴底を高らかに鳴らし、みんなの前に歩み出る。牢屋に居るはずの僕が姿を現した事で、途端に皆の顔色が変わった。えっなんで? って顔だ。それがおかしくってつい口元が緩む。


「タクちゃん……!?」

「どうして!?」

「すっすっすっ! すみませぇん!!」


 まだ誰からも何も言われていないのに、早速アピスが謝り出す。


 やれやれ。

 この僕がついているんだから、そんなに狼狽えなくっていいのに。

 まあいい。

 後は僕に任せろ。


「立花さんに頼んで出して貰ったんだ。それより、皆に大事な話がある。会長を殺害し、僕を牢屋に閉じ込めた真犯人がこの中に居る」

「なんですって……!?」


 みんな案の定驚く。

 ザコの女子どもは勿論、先生や奉日本まで驚いて言葉が出ない様子だった。

 スッゴイキモチイイ。


「どういう事なんだ。タクちゃん」


 そんな中、この場で唯一落ち着いてる時坂が言う。


 いいね。

 そうやって訊いてくる辺り、いかにもお前が悪役っぽいよ。


「今明かすよ。そのためには先にやってもらいたいことがあるんだけれど……アピス」

「え……あっあっ、はいっ! みんなさん、その……手荷物検査をさせていただきたいんですぅっ!」

「手荷物検査?」

「そう。真犯人は凶器と証拠を隠し持っている。今からそれを暴くよ」


 そう言って、僕はアピスに視線を送る。

 このバカは数秒後にようやく僕からの視線に気付くと、慌てて時坂の寝床に向かった。


 おいこら全員の持ち物を検査するって言っただろうが。

 ホント使えねえ奴だな!


「みんな、自分たちの荷物を見せて。この場に円陣を組んで、その中で一人一人確認するんだ。確認作業はアピスと、誰か別の一人にやってもらう。それと絶対にこの洞窟から出ないで」


 僕は即座に言った。


「どうしてそんな事しなきゃいけないのよ」

「こんな奴の言う事信じられない」


 すると、女子の何人かが呟く。


「待ってくれ。荷物検査してみよう。ただしタクちゃん。何も見つからなかった場合は、大人しく牢屋に戻って貰えるかな」


 時坂が遮るように言った。


「もちろん」


 僕は自信たっぷりに答える。すぐさま荷物が持ち寄られた。皆の持ち物は大半がリュックサックで、リュックが流された人は手製の編みバッグ等を使っていた。他に寝具等も全部持ってきて貰う。


「これでいい?」


 先生が疑うような目で僕を見て言う。


「ええ。ではもう一人は先生にやってもらいましょう。早速お願いします」


 手荷物検査が始まった。アピスと先生が二人がかりで、一人ずつ荷物を調べていく。先ずは自分たちの荷物。女子たちの荷物。奉日本。佐々木。そして時坂の荷物。僕が確認したとき、奴のリュックに大したものは入っていなかった。下着の他はボールペンと小さなノートだけ。僕のネタ帳サイズの。だけど今は……!


「……そ、そんな……!?」


 驚いたのはアピスだった。アピスはノートを取り出した格好のまま唖然としている。


「どうしました?」


 時坂が優しく尋ねる。

 アピスは質問に答える代わり、


「こ……こんなものが……!」


 パンツと赤いものの付着した石ころを取り出し、それをみんなの前に置いた。


「な……!?」


 他ならぬ時坂が一番驚いている。


「これ……明らかに女性用ですよね……?」

「それに、何この赤黒いの」

「ひょっとして、会長の血液、とか?」


 僕は何でもないように呟く。


「バカな。そんなわけ……!」


 言いながら、時坂が確認しようとして円陣の中央に近づこうとした。


「待ちなよ」


 僕は片手でそれを制する。向かいでは奉日本さんが立ち上がって同じように近づく。そっちはアピスが阻んでくれた。いい動きだ。


「みんな、アピスが出したものを良く見て。それが何かよく確認するんだ」

「……」


 時坂は呆然としている。何が起きているのか、解らないといった様子だ。

 当たり前だろう。僕が仕掛けたんだから。


「「……」」


 皆も黙っていた。


「まさか……時坂くんが犯人だったとはね」


 誰もを語ろうとしないので、代わりに僕が真実を告げる。さも残念そうに。


「そんな……!」

「時坂さんが、犯人……!?」


 すると、いい具合周りの女子たちが僕に追随してくる。


「待ってくれ。仮に俺が犯人だとしたら、こんなものを持ってるはずがない」


 すると時坂が冷静に言った。


「た、たしかに」


 奉日本が一番に頷く。彼女の顔色は明るい。希望の光が差したようだった。

 この流れは修正しないと。


「それは、他人に見つかるのが怖かったんじゃないかな。こんな状況だし、一人で行動する機会ってそんなにないでしょ。どこか遠い所に行けば、なんで行ったのってなるし」

「そんな……! 征四郎くんが犯人みたいな事言わないで!」

「い、いや、僕はあくまで自分の意見を言っただけなんだけど……!」

「そんな訳ないし! どうして征四郎くんが会長を殺すの!? 動機がないじゃん!」

「た、た、例えばだけど、自分がリーダーになりたかったとか……」

「はあ!? そんな事ある!?」


 奉日本が珍しくキレてる。こんなのいつ振りだろう。初めてこの島に来た時以来か。

 でも僕は退かない。不自然にならないように、あくまで怯えた口調で話を続ける。


「だだ、だって会長がリーダーなのに、でしゃばるような事を何度も言ってたじゃない……アレって、自分が会長に成り代わりたいって欲求があったからやってたんじゃないの……?」

「そんなの単に意見したってだけでしょ!? そんな酷い人間な訳ないじゃない!」


 そうね。そう思ってたのは他ならぬこの僕だから。まあでも悪い奴って大抵そうでしょ? 自分が覇権取りたいんだよ。取れば正義だから。


「い、いやでも実際リーダーシップ取ってたし……それに僕、森で時坂くんが会長と二人で話してるところ見ちゃったんだよね。なんか感情的だったけれど、あれってどうなんだろう」


 言って、奉日本を見る。会長が時坂くんにこっそり頼っていた事を知っているのは、僕と時坂と奉日本の三人だけだ。この辺りの事は余り話されたくないだろうから、奉日本は反論しにくいはず。


「それは……! 関係ないでしょ!!」


 やっぱり。

 よし、この辺りを使って攻めるか。


「会長から相談受けてたんだよ。この島で生き残っていく上でどうしたらいいかってね」

「……そ、その割には抱き合ったりしてたけど……あれってなんだったのか……」

「だ、抱き合う?」


 アピスが吃驚して言った。

 驚いたのは彼女だけじゃない。女子たちほぼ全員が時坂を見た。奉日本も時坂が会長と抱き合っていたことまでは知らないみたい。


「いや、あれは……!」


 いちおう事実なので、時坂も否定はできない。


「本当なの……?」


 奉日本が尋ねる。


「……ああ」


 時坂は頷くしかない。


「だけど関係ないよ。あれは会長が取り乱していただけで、あの場限りの事さ」

「ふうん……あの会長が取り乱すのかな?」


 僕はすかさず訊いた。


「どういう事?」


 奉日本がキツい目をして僕を睨む。


「うん。これはあくまで僕が考える話なんだけど……時坂くん、こっそり会長と付き合ってたんじゃないの? それで会長の事が邪魔になってきて、例えば捨てるつもりだったとか。その時に事故が起きて……」


 言ってる最中から楽しくてしょうがなかった。だって、みるみる内に奉日本さんの顔色が青くなるんだもの。その一方で、時坂はもうどうしたらいいか解らない様子。そのくせ反論しないところを見ると、奉日本も内心は時坂の事疑ってたんだな。浮気してるんじゃないかって。まったく人間って醜い。


「い、幾らなんでも、そんな……!」

「でも、証拠はここにあるよね?」


 先生が異論を挟もうとしたけど、そうはさせない。僕は先生が持っている血染めの石とパンツを指差し言った。みんなもすっかり黙り込んでいる。


「タクちゃん……本当に俺がやったと思ってるのか?」

「僕だって思いたくはないさ……でも思うんだ。仮に不意を突いたとして、会長を殺せる人なんてここにはそんなにはいないんじゃないかって。もしもそんな事ができるとしたら能力者の奉日本さんか、さもなくば男の僕……それか、時坂くん。キミぐらいなんだ」

「と、時坂くんが……犯人……!」


 佐々木が呟いた。そんな彼女の呟きを聞いて、以前に佐々木が勝手に蜜を貰っていた事がバレた下りで彼女の味方をしていた女子三人が時坂から離れる。それに釣られる形でみんなも自然と時坂から距離を取った。離れないのは奉日本と先生とアピスだけだ。


「そういえば私、時坂くんの事怖いって思ってたのよね……」

「そうそう。いっつも一言多いし」

「全然優しくしてくれないんだ」


 中には愚痴り出す女子まで出る始末。

 今や完全に形勢は逆転していた。さっきまで犯罪者扱いを受けていた僕の身の潔白は証明され、会長殺しの疑惑は時坂に集まっている。見事真犯人を捕まえたことで、僕の株も上がる事だろう。ゆくゆくは僕がこの集団を率いる。


 ふふふ……!

 いっつも正論ばっかり吐いてるからそうなるんだよ!!!

 お前は人の心が解ってない!!

 特に僕みたいな心の弱い人間の気持ちがね!!?

 ぐひゃひゃひゃひゃひゃあ!!!!

 これで僕の勝ちだぁ!!!!


 僕は叫びたくなる衝動を押さえるので手一杯だった。明らかにこの状況で笑うのはおかしい。だから、ここは、あくまで、残念そうにしていないと……っ!!


 あああ!!!

 大切な友人が真犯人だったなんて!!

 僕ってなんて可哀想なんだろう!!!

 ギャハハハハハハハハハハ!!!!

 もうウキウキが止まらない!

 頭の中で勝利のファンファーレが鳴り響いている!!


「……」


 時坂は今や完全に黙り込んでいる。彼を支援したい奉日本や先生もすっかりお通夜ムードだった。この流れを続けるべく、僕は次の提案をみんなにする。


「……それで……みんなはどう思う? 彼をどうするかは、みんなで決めるべきなんだと思うんだけど……」

「それって、私たちで時坂くんを裁くってこと?」


 そうだよ。

 僕を牢屋にぶち込みやがった時みたいにね!


「みんな。時坂くんを捕まえて!」


 僕はバカどもに命令した。すると三人組の女子が僕の命令に従い、時坂ににじり寄る。


「ちょっと待ってくれ!」

「この期に及んで悪あがきか。時坂くん、僕は悲しいよ。何よりもキミのためにならない」


 僕は言ってやった。内心大笑いで。


「いや、そうじゃないんだ。これを見て欲しい!」


 言って、時坂が突然走り出し、会長のパンツを掲げた。


 なんだこいつ、とうとう頭おかしくなったか?


「エッチ!!」

「そんな汚いもの見せないで!!」

「違うんだ!! よく見てくれ! 彼女の下着に蟻の死骸が付いてる!!」

「蟻の死骸?」

「それがなんだってのよ……?」


 蟻の死骸は、以前に集ってたやつが残ってたんだろう。


 でも、そんなものが何の証明に……?


「俺の推理が正しければ……」


 言いながら、時坂が洞窟の隅を歩くアリの隊列のすぐ傍に置く。


 ……?

 そうか!?


「見苦しいぞ時坂! 今更何を企んでる!!」


 一瞬で時坂が何を企んでいるのか看破した僕は、大声で叫び、洞窟の隅に置かれた会長のパンツを奪おうとした。だけど奉日本さんに行く手を阻まれる。彼女は物凄い力で僕の肩を掴んで離さない。


 く、くそ……っ!?


「ありがとう恋夏」

「うん。当然なにかあるんでしょ?」

「ああ。みんなも少しだけ待ってくれ。これで真実が解るから。それ次第によっては、俺はどうなってもいい」


 時坂がそう言っている最中から、既に兆候は出ていた。アリの一匹が偶然会長の下着に登ったかと思うと、ピタリ止まったのだ。クロッチ部分に頭を擦り付け、やがて来た道を戻ると、仲間の前でお尻を何度も地面に擦り付ける。フェロモンを出しているのだ。それに反応した仲間が一匹、また一匹。クロッチ部分に登り出す。その数は次第に増え、数分しない内にパンツはアリで真っ黒になってしまった。グロキモい!


「あ、アリ……?」

「なんで会長の下着に集ってるの……?」

「いみわかんない……」


 僕はアリの事などそっちのけで、この後どうすればいいか考える。だけど動揺が先行してしまい、物事を深く考えられない。


 まずい……!

 まずいぞ……!

 考えろ……!!

 この場を切り抜ける方法を……!!!


「あっそうか! 蜜がついてるんじゃない!? だってアリって甘いもの好きでしょ!?」


 しかし、僕が考えつくよりも先に奉日本さんが言った。


「そ、そうか! だからアリが集ってるんだ……!」

「でも、どうして……? なんで会長の下着に甘いものなんて」

「それは、恐らく……」


 言って、時坂が僕を見る。


 そう。会長の下着には僕の蜜がついてる。

 蟻はその証拠になる。そして蜜がついてるって事は、つまり僕があの下着に触れたというこれ以上ない証拠になる。だってこの島に甘いものなんて無い。チョコも飴も桃もとっくに食べきってしまったのだから。残る甘いものといえば即ち、僕の蜜しかない。


 く……くそっ……!?

 ここまでせっかくやってきて、こんな……こんなアリ如きに足元掬われるなんてあってたまるか!!!


「こっ……これは罠だ!!! 誰かが僕を陥れようとしているんだ!!!!」


 咄嗟に僕は叫んだ。

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