第28話 真犯人

「時坂くんが犯人なんだ。会長殺しの」

「……えっ?……うぇっうぇっうぇぇっ!? どっ、どどっ、どおうゆうことなんですかぁ!?」


 みるみる内にアピスの目がひん剥かれる。彼女はバッと膝立ちになり、僕の方を向いて正座で座り込んだ。

 アピスって割とリアクション過多な方だけど、いつも以上に酷い。それを見るに、どうやら時坂の奴は僕が思っていた以上にみんなから信頼されてるらしい。ムカつく。

 まあそれはそれとして、僕は彼女が落ち着くのを待った。

 きっちり彼女を騙す。


「僕、見たんだ。森で彼が会長に酷いことをする所を。それで吃驚して帰って来ちゃったんだけれど、真犯人は恐らく彼なんだ……」

「し、信じられません……!」

「僕だってそうさ。だけど、真実なんだ。真実は疑いようがない」


 僕の迫真の演技に、アピスは暫く黙っていたけれど、やがて顔をこちらに向けて、


「でも、急にどうして……! どうして今までそのこと黙ってたんですか……?」


 尋ねてきた。

 その質問は想定済み。


「本当は、言うつもりなかったんだ。だってあの時坂くんだ。まさかって思ったし、彼は僕の幼馴染で親友だ。だから事情をきちんと知るまではって思ってた。でも今アピスの顔色を見て思ったんだ。このままじゃいけないって。だってアピス酷い顔をしてる。このままじゃキミまで死んじゃう。これ以上は黙っていられない」


 他ならぬキミのため。こう言われれば悪い気はしないだろう。実際アピスは再び黙り込んでいる。


「だからアピス、すまないけれど、僕に協力してくれないかな。そしてみんなのためにあいつを捕まえて欲しい」

「……」


 アピスは難しい顔をしていた。

 多分だけど、事の真偽について考えているんじゃないか。まあ障害者程度の頭で僕の嘘は見抜けないけどね。


「しょ、証拠は、あるんでしょうか……?」

「勿論ある。まだ僕がここに捕まる前、彼がリュックに隠すところを見ちゃったんだ。だからきっとまだリュックの中に入ってると思う」


 そのために僕は昼間トイレに行った。午前中に取ってきたパンツと凶器の石は、時坂が置いていったあいつのリュックサックの一番底に仕込んである。

 それが見つかればアイツの人生は終了。晴れて時坂は牢屋行き。そして僕は自由になる。

 その後は蜜の能力を使って、こいつらを支配してやろう。僕の帝国の完成だ。今日明日中にも起こるであろう勝利を脳裏に描きながら、僕は胸に手を当ててアピスに訴える。


「僕はね、牢屋でずっと考えてたんだ。もし時坂くんが捕まればって。当然彼は裁きを受けなければならない。少なくとも今僕が居るこの牢屋には入れられるだろうし、それでみんなが納得しなかった場合、最悪処刑される可能性もある。もちろんそんな事にはならないように僕は立ち回るけれど、皆が僕に対してやった事ってそういう事だ。リンチは常によくない。今この場に居る誰にも人を裁く権利なんてないからね。それにそもそも時坂くんは無二の親友だ。今までずっと彼に助けられてきた事を思えば、このまま僕が犯人にされたって構わないとすら思っている」


 そう言って、僕はハアと溜息を吐いた。

 いやはや、自分の高潔さに思わず溜息が出てしまったよ。演技でも何でもない涙が目の端っこに溜まる。僕って尊い。


「え……!? い、いい、いけないですよ、そんなの……! だって拓也さんがやったんじゃないのに……!!」


 僕が敢えて自己犠牲的な話をすると、案の定というかアピスがまた引っかかった。彼女は必死になって僕の弁護をしようとする。


 よしよし。

 いい具合に頭悪いぞ。

 もっと頭悪くなれ。


「解ってるよ。だから僕は今さっき考え直したんだ。アピスの顔色の悪いのを見た時に。本当に時坂くんのためになる事ってなんだろうって。それは僕が彼を匿うことではなく、むしろ彼にきちんと罪を償ってもらう事こそが、その人のためを思ってやる行為なんじゃないかって」

「……っ!!!! 拓也さん……そこまで時坂さんの事を……!!」


 何故かアピスがめっちゃ驚いてる。


 ん?

 どうしてそこで驚くんだろう。

 僕が時坂に対して悪い印象持ってる事バレてたのか。

 だったら注意しないと。


「私……協力したいです……!」


 よし。

 何はともあれ自分から協力したいと言わせた。他人から強制されるよりも、自分からやると言わせた方が何倍も効果があるっていうのは、僕も良く知る所だ。なぜならよく学校とかで先生が僕に反省を促す時とかに使ってくるからね。学校教育なんて世間に出たら無意味だって思っていたけれど、意外と役に立つものだ。


「僕を信じてくれて嬉しい。それなら申し訳ないのだけれど、彼のリュックを調べてくれないかな」

「りゅっりゅっ、リュックを調べるだけでいいんですね?」

「うん。僕に言われたって言っていいよ。もし万が一何かあったとしても、非難は全て僕に向くから」

「そっ、そんな事は決して言いませんけど……!!」


 それだけ言うと、アピスはそっぽを向いてしまった。急に黙り込む。


 けど、なんだよ。

 ここまで来てどうした。


「……私……拓也さんを信じられません……!」


 何故か僕に言ってくる。


 まずい。

 何か気に障る事でも言っただろうか?

 それとも話に矛盾が?

 なぜこのバカに解ったんだ?

 落ち着け。

 ともかくここは落ち着いて説得すべき。


「そうだよね。僕は今捕まってる身だから。牢屋から出たい一心でこんな事を言ってるのかもね。だからアピス、キミに考えて欲しい。キミは僕と時坂くん、どっちが正しいと思う?」


 僕は尋ねた。


 アピスは再び黙り込む。時間にして恐らく1分は経っただろう。長い長い沈黙の後、アピスは、


「私……拓也さんを、信じたいです……!」


 怯えたような目つきで、ただそれだけをぽつりと言った。


 よろしい。

 僕だけを信じろ。

 死ぬまでこき使ってやる。


「ありがとう。みんなが無事に生還出来たら、キミのおかげだ」

「…………でも、どうするんです?」

「やり方は考えてある。皆の前で、時坂くんにリュックの中身を見せてもらう。ただそれだけさ」


 僕は必要な指示をアピスに伝えた。具体的には皆の前で時坂が真犯人って話をする事。

 推理モノとかでよくあるシーンだ。これは僕がやる。アピスの役目は、僕を牢から出す事と、時坂の持ち物検査をする事。更には、


「でも、結果がどう出ても焦っちゃいけない。大事なのは誰が犯人なのか、きちんとした正解を出すって所だから。僕やアピスの独断だけで犯人を裁いちゃいけない。どんな結果が待ってるにしても、必ずみんなの同意を得て行う事。いいね?」


 この一言を付け加える。

 アピスはコクリ頷く。

 ここは大事なところだった。全員で時坂を裁いたって事実が欲しい。そうなればその場の全員が共犯者だ。人は誰しも自分は正しくありたいって願望を持っているから、一度共犯者にしてしまえばかなりの確率で僕を支持してくれる。

 わざわざこんな手を打つのは、奉日本とか先生辺りが時坂の味方をしそうだからだ。そうなってもいいように味方を増やしておく。こういう所は手を抜かない。万が一負けた場合を考え、先んじて手を打っておくのだ。


 ふふふ。

 時坂を牢屋にぶち込むまでもう少し。

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