第27話 悪だくみ
それから更に3日が経った。
今日の見張り当番なのだろうアピスが棒切れ片手に僕の所にやってくる。
「……た、拓也さん……!……体調は、宜しいですか……?」
そして開口一番、いつもの訥弁で聞いてきた。そんな彼女の心配を他所に、僕は計画を実行する。
「うん……まあだいじょうぶ……なんだけど……っ!」
言いかけて、僕は埃っぽい地面に横たわった。
頭を押さえて丸くなる。
「だっ!? だっだっだだっ……! 大丈夫ですか!?」
途端にアピスの慌てふためく声が聞こえる。恐らく僕の元に駆け寄ろうとしたのだろう、見れば柵の向こうに両膝を突いている。その姿勢で、柵におでこを付けて心配そうにこちらを覗いていた。自分の事でもないのに大げさな奴。
ちなみに体調が悪いっていうのは嘘だ。恐らく蜜のお陰だろう、僕はこんな劣悪な環境に置かれても健康体そのものだった。では何故こんな事をしているかと言うと、勿論女子たちの結束の分断と、現リーダーである時坂降ろしのためだ。僕の味方のアピスに見張り番が回ってきたから、計画を実行する。
「ご……ごめん……ちょっと横になってれば平気……だから……!」
「わ、私、時坂さん呼んできます! さっき探索に出たばかりだからまだ近くにいるはず……!」
アピスは今にも泣き出しそうな顔でそう言うと、立ち上がった。
僕はそんな彼女の手を柵越しに掴む。
「だ、大丈夫……それより申し訳ないんだけど、僕を外に出してくれないかな?」
「え……?」
「外の空気を吸いたいんだ……それに最近便秘で……できればトイレも外で済ませたいし……! お願い、一度だけでいいんだ……それでも、ダメかな……?」
「………………」
アピスはうんともすんとも言わなくなった。
バカだからこれで騙せると思っていたけれど、さすがに僕の事を疑っているらしい。
やれやれ、ちょっと芝居が臭すぎたか。でもアピスの場合、こう言えばいい。
「そんなに僕のこと、信じられない?」
そう尋ねると、アピスの表情にすぐ変化があった。
彼女はハッとすると、何かを否定するように首を左右に振って、改めて僕の顔を見る。
「……いえ……拓也さんのこと、信じます……信じたいです」
アピスは決意したような目で言った。こいつホントバカだな。
僕が今仕掛けたことは、実に単純なことだ。相手の思い込みを利用したのである。
アピスには現実が見えてない。何せ自分が皆を不幸にする魔女だと思い込んでるくらいだからね。僕の本心を見抜けないんだ。それに加え、こういう夢見がちな連中って大抵高い理想を持っている。いわゆる『世界はこうあるべき』みたいな奴。そしてその理想を、当然のように皆が持ち合わせていると思い込みがちだ。だから悪人が反省の意を示せば軽々しく許すし、そのせいで皆の身を危険に曝してしまう。それが好意を寄せている相手であれば尚更。
ふふふ……!
こいつみたいな人間は僕大好きだよ。だって、幾らでも操れるからね。例えば理想を共有するとか。その上で物怖じしない僕を見れば、必ず憧れの目で見てくれる。
「そうか。キミのような素敵な人から信じて貰えて嬉しいよ」
そんな風にアピスの事を見下している僕だから、はっきり言える。照れも何もない真っすぐな顔で、如何にも高潔な一言を。すると、案の定アピスは慌て始める。
「すっ、すす素敵だなんて、そんな……っ! そんな事ゼンゼン、ないです……っ!……それより私たち仲間じゃないですか! 本当はこんな風に誰かを隔離するのなんておかしいんですよ……!」
アピスにしては珍しくはっきりと言った。
自分が褒められて嬉しいのだろう。素敵だなんて他人から言われた事無かったんだな。可哀想に。そして後半は簡単に嬉しくなっている自分を誤魔化すために、話を善い方向に持っていきたがってるって感じか。まったくこいつも醜い。
とはいえこいつの意見には僕も同意している。誰も不当に扱われるべきではない。この僕のように、圧倒的に正しい人間が定めた場合以外は。
僕はそんな事を考えながら牢屋を出た。アピスの肩を借り、二人三脚の形で洞窟の入口へと向かう。久しぶりに出た外は、とても眩しかった。咄嗟に目を瞑ったのに、目の中まで焼かれるような具合だ。それが終わると今度は胸の中が一杯、清々しさで満たされる。
目を開けると、ただの森が陽に輝いて見えた。外の空気も実に美味しい。この世界は僕のものだ。
よし、次の段階に移ろう。
僕はトイレに行くついで、そのすぐ近くの岩の隙間に隠しておいた会長のパンツと血の付着した石を回収しに向かった。これらは時坂を追い込むのに必要な道具だ。アピスは10メートルぐらい離れた木陰にいるけど、この場所は視覚的に見えない。
ん?
僕がパンツを拾おうとすると、表面に何か蠢いている。それは黒くてこまごましたもので、最初は土かと思ったけど違った。それは無数のアリだった。
「わっ!?」
気持ち悪くてつい手から放してしまう。
な、なんでこいつらパンツに集ってるんだ……? ああ、僕の蜜に集ってるのか。
僕はすぐに気が付いた。恐らく会長を疑似レイプした時に僕の汗が付いたんだろう。まったく面倒くさい。
僕はパンツを近場の幹に叩きつけ、うざったいアリどもを追い払った。
僕がトイレにパンツと凶器を取りに行った日の午後、時坂たちが帰ってきた。
牢屋番をしているアピスから聞いたところ、大した成果は無かったらしい。それどころか会長が居なくなったせいで、以前に準備していたソテツ団子も作れず、食糧が底をついているそうだ。それを話してくれたアピスの顔色にも、空腹以上に不安の色が濃く出ている。
きっと不安に感じているのはアピスだけじゃないだろう。他の皆も同じように自分たちの将来に不安を抱いているはずだ。ならば、この不安のぶつける先を探しているはず。後はきっかけさえ作れば情勢は一気に傾く。
「アピス」
そう判断した僕は、げっそりした顔で牢の柵の前に蹲っているアピスに声を掛けた。
「……なんですか……?」
アピスは虚ろになった目で僕に聞き返してきた。やはり空腹が堪えているらしい。そんな彼女に向かって、僕ははっきりと告げる。
「実は……今まで言えなかったんだけど……」
「はい……」
「時坂くんが犯人なんだ。会長殺しの」
「……えっ?……うぇっうぇっうぇぇっ!? どっ、どどっ、どおうゆうことなんですかぁ!?」
みるみる内にアピスの目がひん剥かれる。彼女はバッと膝立ちになり、僕の方を向いて正座で座り込んだ。
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