第26話 対立
果たして、僕が期待した出来事は2日後に起きた。
「時坂さん!! 佐々木さんが、こっそり花蜜くんから蜜を貰ってました!!」
僕がそろそろ眠ろうとしていた時、洞窟全体に響き渡るような声が轟いた。振り向けば洞窟の入口の方で、女子三人が固まって何やら訴えているのが見える。対面に居るのは時坂だった。奉日本の姿も見える。今彼女の後ろに隠れるようにして移動したのは佐々木だ。
「人殺しかもしれないのに!! どうしてそんな事をするの!?」
「でっ、でも無理なんです私、お腹空いて……!!」
佐々木が訴える。だけど、そんな自分勝手な理由じゃ皆は納得しないみたい。
「皆もお腹空いてるのに……!?」
「我慢しなさいよこのデブ!!!」
続けざまに彼女を非難する声が聞こえる。
「ちょっと。そんな言い方なくない?」
その情け容赦のない言い方に、佐々木の友達である奉日本が目を吊り上げて庇った。
どうでもいいけど、この世間によくある美女とデブ女の組み合わせって、よくできてるよな。デブ女は圧倒的格上である美人とつるむ事によって自分の地位を高める事ができるし、美女は美女で、デブと一緒にいる事で自分の美しさがより輝く。更にはデブの面倒を見てやることで『優しい女』である自分をアピールでき、人を助ける事で自己肯定感も高まる。一石三鳥のやり方だ。こういうのって割と僕は好き。だって効率が良いから。
ちなみにだけど、道徳心なんてものは基本的に要らない。必要なのは、外から見た時に最低限道徳的である事。それは僕個人への非難回避及び人心掌握のために必要となる。もっとも、そんな最低限すらも力さえ手に入れれば必要なくなるけれど。僕が他人に媚びたり葛藤したりするのも全て、力がない事が理由だ。今の僕には蜜がある。
「で、でぶって……酷い……!!」
なんて僕が遠目に見て考えている内に、佐々木さんが泣き出してしまった。それを見て、また別の女子が二人、佐々木さんの傍へと歩み寄る。
「みんな、佐々木さんをイジメすぎじゃない?」
「そうよ! 自分たちがお腹空いてるからって! 佐々木さんが可哀想よ!!」
二人の女子が庇うように言った。恐らくだけど、あの二人は佐々木さんから僕の蜜を分けて貰ってた連中だろう。佐々木さんのためと言うよりは、自分のための行動に見える。人間って醜い。
「「「はあ!?」」」
「なんでそんな事言うのよ!!!」
「みんなで決めた事なのよ!? それを守らないなんておかしいじゃない!!!」
佐々木さんを訴えた女子たちが叫ぶ。
「みんなの言い分は解った。でも、佐々木さんが蜜を貰ってしまった事は事実だ。それは明確なルール違反だから見逃すわけにはいかない。だけど僕たちは違反に対する処罰を決めていない。という事は、何か佐々木さんに対して制限したりする事も正しいとは言えない。だからこの場は厳重注意に留めておこう。そのうえで、改めて罰則を設けるかどうかの話し合いをするというのはどうかな?」
すると時坂が両手を上げて言った。
まあまあ冷静な判断に思える。そもそも僕から蜜を取らないって選択肢がバカげてるけどね。バカどもが決めたルールなんて守る必要ないんだ。佐々木も佐々木を非難した三人組も納得してないみたいだし。
「そんなの! 納得できないです!!」
「そうですよ!! 貰った蜜の分何かしなさいよ!! 私たちにも蜜分けるとか!」
「それじゃ意味ないじゃん」
奉日本がボソリ呟く。
「意味ないってなによ!?」
「私たちだって欲しいの必死に我慢してたのに!!!」
「時坂さん酷い!!! 佐々木さんに罰を与えてよ!!!!」
すると、奉日本の一言が癪に障ったのか、女子たちが更にヒートアップして言い出した。バカどもの不満が、いい具合に時坂に向かって爆発する。
「そういうわけにはいかないよ。さっきも言ったけれど、僕らは明確な罰則を定めていない。罰則を定めていない以上は、どんな処置をしたってそれはリンチだ。彼女の罪を罰する事はこの場の誰にもできない」
「「「酷い……!!」」」
そして、とうとう女子最後の必殺技が決まった。泣き落としだ。三人は揃って自分の顔に両手を突けて、スンスン泣き出す。これにはさすがの時坂も何も言えない。
一方同じ女子の奉日本は、泣けば意見が押し通せるとでもいった女子たちの態度が許せないのか、僅かに眉を顰め憤っている様子だった。先生も困った顔をしている。
ふふ。そろそろ頃合いかな。
この状況で会長殺しの犯人が時坂と解れば、情勢は一気に僕に有利に傾くだろう。
次のチャンスを待って、僕は計画を実行する事に決めた。
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